「お父様……反対されるのは分かっています。けれど、結婚を許してください」

私は侯爵家の跡取りとして、そしてたった一人の息子としてこの家に生を受けた。

国でも有数の名家として、また広大な領地を治める跡取りとして、それなりの結婚をしないといけないことは幼い頃より言い聞かされていた。自分でも分かったつもりでいた。
この魔力社会で私が自由に選んで良い恋愛相手は、それなりの人ではないといけないということも。

しかし分かっていても恋に落ちる相手は違う。

結婚相手に選んだ男性は、貴族ではない平民で勿論魔力もなく、しかもこの家の下働きをしていた。認めてもらえるはずがないことは分かっていたが、しかし愛の無い結婚など考えられない私は、何度も説得すれば認めてくれるかもしれないという僅かな可能性を信じて父に告白した。

「ミレイ、お前はこの家の跡取りという立場をどう考えているのだ? 平民で魔力のない妻を娶れば、魔力のない子どもしか生まれないだろう」

「私が当主の間はこの家のために何でもします。跡取りは……親族の中から相応しい方を」

「馬鹿を言うな! 我が家は代々直系の血筋で繋いできたのだぞ! お前の次の跡取りはお前の子でなければならない! そうずっと言い聞かせてきたはずだろう?」

こう言われるのも分かっていた。
勘当されても良い。むしろ認められないと分かっているから勘当されて、この家を出て、彼と小さな家を持つ。何のしがらみも無く、生きていこうと思っていた。

「認めてもらえないことは分かっています。けれど、もう私と彼は結ばれました。他人ではないんです」

「なんということをっ……」

父の絶望したような声が響いた。婚姻前の性交渉があればすぐにでも結婚しなければならない。それは平民も貴族も変わらない。

「認めてくれなければ、出て行きます。親不孝で申し訳ありません」

これまで育ててくれた両親には本当に悪い事をしたと思っている。
ちゃんとした貴族の令息を結婚相手に連れてこればよかったのに。そしたら反対などされずに、歓迎されただろう。
でも、心だけはどうしようもならない。

「待て!……出て行くことは許さん。お前は私たちにとってたった一人の息子だ……もう良い。どんな子が生まれても、魔力の高い婿を迎えれば良い。そのくらいのコネはある。お前がいてくれなければ、私も母上もどれほど寂しいか。いてくれるだけで良い。出て行ってくれるな」

「お父様……ありがとうございます! 妻に関しては意に添えませんでしたが、他のことなら何でも従います」

父の意に沿わない結婚を許してもらったのだ。だからこの家のためなら、他に何でもしようと心に誓った。
彼も私が勘当されず、両親に許された事にホッとしたような顔をしていた。彼はずっと自分のせいで私が廃嫡にされたらと、なかなか結婚に頷いてくれなかったが、これで私たちは幸せになれる、そう思った。

結婚は吉日を選んで行われた。父からは相手が平民なので盛大な式は出来ない、入籍するだけで我慢して欲しいと言われたが、彼も貴族たちが来る結婚式などをしたら緊張すると思い、私たちにはそのほうがありがたかった。

私が先に婚姻届にサインをし、彼に手渡そうとした。

しかし父がそれを取り上げ、一瞬でその手から無くなった。

「……お父様?」

「心配せずとも良い。婚姻届はすぐに出しに行かせよう……ああ、今受理されたそうだ」

「どういうことですか? 私しかサインしていませんが……」

私と彼とのサインが婚姻届には必要だ。私だけでは絶対に受理をされないのに。

「私がサインをして提出したのですよ。私の花嫁ミレイ」

突然現れた青年、レザードに彼が驚いて震えていた。
私はレザードを知っているが、彼は勿論知らない。見知らぬ上位貴族が現れ、しかも身に覚えも無いのに物凄い目で睨まれていたら怯えるのも当然だろう。

「意味が分かりません!……どういうことですか? 何故レザードが……」

私だけのサインが書かれた婚姻届。
片方は空欄のまま。それをレザードが書いて提出してしまえば、自動的に私がレザードの伴侶と言う事になってしまう。結婚届けのサインは誰も強制が出来ない。だが、こうやって片方だけが記入した婚姻届を手に入れれば、望まぬ結婚ができてしまうのだ。

「ミレイ、頭の良いあなたなら分かるでしょう? 父君はそのみすぼらしい平民をミレイの妻などと認めていない。その男を妻にするくらいなら、婿に来る事を拒否された私を迎えいれるほうが余程マシと言ってくれました。従って私が貴方の夫です、ミレイ」

大貴族の貴公子そのもののレザードが微笑むと、好青年そのものだ。しかし、レザードがそんな人間じゃないことは明らかだった。

「お父様!」

レザードは一人息子の私が嫁に出れないため、婿に来ると父に求婚しに来た事を覚えている。
父は良い話ではあるが、私が当主になるため婿は必要ないと断わった経緯がある。私には普通に妻を迎えて欲しいと考えていたのだ。

しかし、彼と結婚するよりは、レザードを婿に迎えたほうが良いと判断したのだろう。

「お父様! どうして騙すような事を!……彼と結婚するのが駄目なら、廃嫡してくれれば良かったのにっ!」

「魔力のない孫など必要ない。レザード殿となら間違いなく魔力の高い子が生まれるだろう。もうこの際、婿で構わん。レザード殿、ミレイが何を言っても聞くことは無い。早く孫を作ってくれ」

「畏まりました。さ、ミレイ行きましょう……私たちの初夜へ」

「嫌だっ!!! お父様っ!! 私をレザードに強姦させるのですか? それでも父親なんですかっ!!」

「父親だからだ。お前みたいな箱入り息子が廃嫡にされて、生きていけると思っているのか? それに、私はお前の父である前にこの家の当主だ。魔力の強い当主を用意する必要がある。お前にはもう当主として強いることは無い。全てをレザード殿に任せ、子どもを産みさえすれば良いのだ」

父のその言葉にもう私は救われる術がないと悟った。私の意志なく記入できない婚姻届は、もう出されてしまった。戸籍上は間違いなくレザードの妻になってしまい、拒絶する事もできない。魔力は間違いなくレザードのほうが高い。父公認でレイプされることが決定されているのだ。

私がここから連れ去られたら、彼はどうなってしまうのだろうか。お互い純潔を捧げた彼は、もう私以外と結婚できないのに。

彼を最後に見ようと視線を彼に向けた瞬間、レザードに魔力で絡められ彼しか見えないようにされた。

「ミレイ……あの男を見るな。見たら殺してしまうかもしれない。あの男を抱いたと聞いて、殺さないように精神を制御しようとすることがいかに難しかったか」

瞬きもレザードから視線を逸らす事もできず、レザードの怒りのまともに見ることになった。
私が悪いわけではないのに、レザードの憎悪がはっきりと分かる。

「魔法で動けなくすることなど容易い。ですが、それでは強姦しているみたいで、可哀想で……興奮しますが……できれば合意で抱き合いたい。ミレイ……あの男を生かしておきたいのならどうするべきか分かるでしょう?」

何時の間にか、私の部屋に転移していた。父も彼ももういない。
いるのは私の夫になったレザードだけだ。

「……レ、レザード…私はっ」

嫌だと言えない。レザードの妻になんかなりたくない。そう言えたら。
でも、はっきりとレザードは言った。生かしておきたいのなら……婿入りしてでもと求婚してきたのだ。そのレザードからしてみれば、彼を生かしておけるはずはない。

「……こ、殺さないと約束をしてくれる?」

返事はしてくれなかった。ただ笑っただけだった。

「私の怒りがおさまるかどうかは、愛するミレイ次第だ」

私は何も悪くない。レザードと結婚の約束をしたわけでもなく、恋人でもないのに。

だけどそんな事を言っていても始まらない。私が否定的な行動をすれば、私は無理強いされた挙句彼を殺されるだろう。

だったら私のすべきことはただ一つしかない。

「レザード……貴方の妻になります」

私は自分で服を脱ごうとし、レザードが自分が脱がしたいといって全裸にさせられた。

そして、私は二度目の純潔を失った。




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