「ハンス、戻ろう」

相変わらずレイダードは僕を責めない。責めてくれたほうが楽なのに。ただ、何事もなかったかのように迎えに来た。
どうして責めないんだろうか。自分も悪いと思っているから責めれないのだろうか。

レイダードも責めないし、戻ってきた僕に、義両親も変わらずに接してくれていた。
僕は黙っている。
魔法のせいで僕は嫌われている、と知ってから、たいして話すほうではなかったけれど、余計に無口になっていた。けれど、何も口にしないと言うわけでもなかったのに、今は何も言えない。

悪い事をしたと自覚しているからだ。

レイダードは戻ってきてすぐに僕をベッドに寝かすと、その横に陣取って僕をただ見ていた。その視線に居た堪れなくなる。

「元気そうになった……実家は楽しかったか?」

「……そんなことあるはずないって分かっているだろ…なのに、あんな所に置いていきやがって」

「ハンスの死にたがりの原因はあそこだろう? 俺のせいでご両親と上手くいかなかったんだ。ああ、分かっている、ハンスは俺が原因じゃないって言いたいんだろ? でも、やっぱり50%くらいは俺のせいにさせてくれ。だから……少しでも良いから、ご両親と蟠りが無くなれば……死にたがることが少なくなるか?……と思ったんだが」

「無駄な事だな……僕は……結局何も変わらなかった」

「そうか? 随分顔色良くなったし、少なくても自傷行為はもう二度としないように見える」

子どもがいなくなったから……僕の契約の魔法によって、僕の命を脅かす行為はできないけれど、異物を排除することは出来る。でももうその異物が無いから自傷行為もできない。ただそれだけだ。

「レオが……僕が死んだら悲しむだろうから……死にたいけど、死なない」

僕がそういうと、滅多に驚かないレイダードが目を見開いて、僕を凝視していた。

「それは……悲しむだろうけど。びっくりしたな、ハンスの口から、死にたいって言葉は何度も聞いたけれど、死なないと言う言葉を聞ける日が来るとはな」

「レオに……悪い事をした」

「何を?」

「……あんなに僕なんかの子を楽しみにしてくれていたのに、殺してしまった…」

「………さっきから、ハンスの口からレオしか出てこないな。死なないって言ってくれたのは嬉しいが、死なないのは俺のためじゃなくってレオのためか。レオにハンスを取られたみたいで、ちょっと悔しいな」

「……お前にも悪い事をした」

レオの弟(甥)になるはずだった子だけど、それだけじゃない。

「お前の子なのに……お前の子を殺した……レオだけじゃなく、お前だってきっと愛してくれたのに……一時の激情で……可哀想な事をした……と、思っている」

好きでもない男の子を産みたくなかったのも事実だし、母親にもなりたくもなかったけど、けど、だからと言って殺しても良いというわけじゃなかったのに。

「僕にとって要らない子だったけど……僕が愛せなくても、レイダードもレオも義母君たちだって大事にしてくれたはずなのに、僕は僕と同じように皆に愛されないと思って………僕が、母親としてしてやれることは生まれる前に殺してあげることだと思って……」

「……今だったら、ちゃんと産んでくれたか?」

「そんな仮定無意味だ」

もう、お腹の中は空っぽなのに。

「じゃあ、あの時に戻れたとしたら、もう殺そうとは思わないか?」

「……レオが楽しみにしているから……」

「……またレオか、じゃあ、また子どもができたら今度こそ産んでくれるか?」

ここにレイダードと戻ってきたからには、また夫婦生活が再開されるんだ。そしたらまた妊娠するかもしれない。

「駄目だ……殺さないけど、妊娠したくないっ」

僕になんかまた母親になる権利なんて無い。
人を愛せない僕が、子どもを殺した僕が、また母親になんかどうやってなれるんだ?

「母親に愛されない子どもなんか、作るべきじゃないっ……」

「愛せるだろう? だって、レオのことは愛している。レオを愛しているのに、自分が産んだ子を愛せないわけが無いじゃないか?」

「僕はっ……」

レオを愛しているのだろうか?
可愛いし、僕を純粋に慕ってくれていて守ってあげたいとは思っている。けれど……

「愛しているよ。ちゃんとハンスは人を愛せる。子どもだってすぐに愛せなくても良いんだ。俺がその分、ハンスの分まで愛すようにする。だから心配するな」

「でもっ……僕は人殺しでっ」

「ハンス、俺がお前にかけていた魔法は? お前が怪我をするとすぐに察知できる魔法をかけていたのを忘れたのか?」

覚えているけど……

「だから……腹をちょっときっただけですぐに駆けつけたし、すぐに治療した。数秒腹を切っただけで、赤ん坊は死んだりしない」

「……え?」

「だから……まだハンスの腹には、子どもがいる。死んでない」

「………ええ?」

意味が理解できない。
僕が呆然と、お腹を見つめていると、レイダードが弱り果てたような声で、まだ妊娠しているんだと宣告してきた。

「ハンスの精神状態を思うと、一旦はおなかに子どもがいないことにしたほうが良さそうだったし……」

「嘘をついたのか!!??」

「嘘はついてない。実際に俺は一度も子どもが死んだとは言わなかったぞ。ハンスが勝手に殺したと思い込んでいただけだ。俺はどうしてそう死にたいんだ?と言っただけだ」

そうだけど。でも、子どもが無事だとも言わなかった。
この家では誰も僕の子が死んだとは言わなかったけれど、実家では流産していた事になっていたし、だから僕は子どもが死んだものだとばかり思っていた。

「実家に戻ってご両親と和解すれば、もう俺たちの子を殺そうと思わないだろうと思ったが、実際はレオのお陰か……」

「でも……えっと、え? まだ、いる?」

「あとは、兄がいれば鬱陶しくって、こっちに戻ってきたくなると思ったんだが」

「ハンフリーは確かに鬱陶しくて、ウザイから……こっちのほうが良いといえば良いけど……え? でも、殺した分際で戻れないと思っていたし……ちょっと混乱している」

殺していなかったのか?
まだこのお腹の中に生きているのか?

「ハンスが混乱しているのは分かっている。もういないと思っていたのに実際はまだ妊娠中だったと分かったら、どうして良いか分からなくなるのもわかる。でも、レオに可哀想な事をしたと思っていたんだろう。ついでに俺もだったか? だったらレオのために産んでくれ。ハンスの準備も出来ていないのに無理矢理妊娠させたのは悪かったと思っている。けど、もう殺したくないし殺せないんだろう? だから、俺の子を産んでくれ」

「………自信が無い」

「今はただ産むだけで良い。無理に愛そうとしなくて良いんだ。俺が愛するって約束しただろう? 全部俺が責任を持つ。ハンスは何もしなくて良いんだ。ただ、少しづつレオみたいに可愛がってくれれば良いんだ。10年かかっても良い」

「レイダード……」

僕なんかが、僕に似たらどうするんだとか、そう言いたいけど、そう言ったところでもう殺すことは出来ない。物理的にはレイダードが阻止するだろうし、心理的にはもうそんな気力は無い。

「それで、できれば……10年かかって俺の事も愛するようになってくれると、嬉しいんだが」

「それは無理だ」

「誰も愛せないって言っていたけど、一年でレオのことを愛するようになっただろう? だから10年くらいあれば俺のことも」

「お前は所業が悪すぎるから無理だ」

こんな僕が本当に子どもを産んで、母親になんかなれるのだろうか。そう思ってもこのまま7ヶ月もすれば生まれてきてしまうのだろうけど。

僕はハンフリーを殺そうとした時から、生きようとする事を止めて、何も望まず、レイダードの妻として生きるしかなかった。
親になるとか未来とか誰かを愛することなんか考えた事も無かった。

「怖いんだ……」

「分かっている。ハンスは何も考えなくて良い。ただ俺の腕の中でいてくれるだけで良いんだ。幸せになるなんてきっと考えた事も無かっただろうし、なりたいと思っていないことも分かっている……けど、何年かかっても良い。絶対に生きていて良かったと、幸せだと思う時が来るようにしてみせる……償いじゃなくて、愛しているから」

僕が幸せだなんて思う日が来るとは思えない。
クズにはクズに見合った人生があるんだ。

でも……僕が産む子は、僕に似ずに、愛されて育って欲しいとは思う。

僕はレイダードが僕を愛していると言う言葉を疑ったことは無かったけど、何とも思っていなかった。けれど、今は……僕を愛しているんだったら、同じくらいの愛をきっと注いでくれるんだろう。

僕は今日始めて、レイダードに愛された事を感謝した。



END
長らくお付き合いありがとうございます。一応これで終わりです。
悪役から始まったハンス君、長くなった〜
でも、大好きなキャラになりました。
何かコメントあると喜びますw



- 285 -
  back  






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -