妊娠したと分かった時は酷く狼狽したし、絶望もした。
普段からレイダードと話もしたくなかったが、黙って何も返事をしなくなった。
けれど、僕が嫌がっても、何をしてもどうしようもない。僕に出来る事は何も無かった。

ただ産むしかない。

「僕ね、いいお兄ちゃんになるの」

「そうかあ、レオ君ならいいお兄ちゃんになるんだろうな」

何故かあの夜会からブライアンはよく侯爵家に訪れるようになり、レオと遊んでいくようになった。
僕の顔を見に来るというよりも、レオニードの相手ばかりしている。ブライアンいわく、レオと結婚しても良いそうだが……年が離れすぎているだろうと嗜めたが、レオはブライアンお兄ちゃんのお嫁さんになると懐いているので、黙ってみている事になった。
義母はお嫁先が決まってよかったねと、喜んでいたが、ブライアンが義理の弟になる未来なんかごめんなんだが。


「冗談で言っているだけなら良いんですが、ブライアンの家は僕と同じ子爵家ですよ。侯爵家から嫁ぐにしては格下すぎる気がしますが」

レオニードは魔力が低いが、伯爵家くらいだったら貰ってくれるだろう。ブライアンの実家は決して悪い家ではないが、もっと良い縁談がいくらでもあるだろう。冷遇されているのならともかく、レオニードはこれほど可愛がられているんだ。

「そうだね。でも、下手に格式の高い家に嫁がせると辛い思いをさせるかもしれないし……子爵家なら絶対に冷遇される事も無いだろうし、やっぱり望まれて嫁がせるほうが良いと思うんだ」

確かに、侯爵家から子爵家に嫁がせるのなら、相手は絶対にレオニードを粗雑に扱う事などできないだろう。レオニードの魔力も侯爵家にはそぐわないだけであって、子爵家レベルならそれほどミスマッチではない。

お互いの家格が違う事や魔力が低いことは結婚後、不幸になりうる原因の最たる物だ。レオニードは子爵家から歓迎され、魔力もブライアンとお似合いだ。

そう考えるとレオとブライアンの結婚はそれほど悪いものじゃないかもしれない。

「まあ、本当に結婚するなんて決まったわけでもないんで良いですが……」

「レオにはね、幸せになって欲しいんだ。辛い思いは絶対にさせたくないから」

これが母親と言う物なのかもしれない。子どもに絶対の幸せを願って、そのためには何でもしてやる。
僕はそんなふうにはきっとなれない。

「僕は……そんなふうには、きっと思えない……母親になんかなれない」

人を愛せない僕が、子どもなんか産むべきじゃないのに。レイダードはきっと愛せるというけれど、誰からも愛されなかった僕がどうやって愛せるのだというのだろうか。今も怖くてたまらないのに。

「できるよ、きっと、できる……誰でもね、子どもは可愛いものなんだよ」

「僕の両親は、僕のことは可愛くなかったんですよ……ああやって、子どもを愛せない親も存在するんです。親が、そうだったんです。だから同じ血を引く僕も愛せるはずがないんです」

「違うよ!……ハンスのご両親だって、絶対にハンスを愛していたんだよ! 子どもを愛さない親なんかいないんだから!」

そんなことはない。僕の血筋はきっとどこか欠陥があるんだ。
僕の母方の家は貴族とは名ばかりで困窮していたという。母の年の離れた兄は家のために平民に売られていくことになったらしい。魔力があるため平民に嫁ぐには魔核を破壊するしかない。僕の祖父母に当たる人は自分の子どもの魔核を破壊して、売ろうとした。血の通った親ならそんな酷い事ができるわけはない。下手をしたら死ぬことさえある。生きていても元の体のようにはいかない。

母の兄は結局身分の高い貴族に見初められ、不幸な運命からは逃れれた。母もその兄のツテで、父に嫁ぐ事ができた。そうでなければ、それなりの身分である子爵家当主と、魔力も弱い爵位もない家の出の母が結婚できるはずがない。

そういう関係上、僕は母方の親族には会ったことがない。母の兄の嫁ぎ先は、実家と絶縁させており、子爵家とも交流がない。気持ちは分からないでもない。そんな血も涙もないような実家とは縁を切らせたいだろう。そんな鬼畜の血を引いている僕が、自分の子どもを愛せるはずがない。両親や祖父母ともに愛が無い血筋なのだ。

「いいえ、皆が皆、義母君のような方たちばかりじゃないんです。それに、こんな僕を愛せないのは当然でしょう? 両親が悪いんじゃなくって、僕の品性の問題なんです。ハンフリーのように素直な馬鹿だったら良かったんでしょうね」

「違う、違うよ!」

「ああ、でも、両親は愛することを知っていたんだ。だから結局僕が欠陥商品だっただけなんです。でも大丈夫です……僕が愛せなくても、代わりにレイダードが愛するって言っていたし、レオも義母君や父君たちも」

可愛がってくれるはずだから、僕は大丈夫だと言おうとしたら、義母が涙を流していて僕の視線に気がつくと顔を覆って泣き出していた。前から思っていたが何故僕のことなんかでこんなに泣くんだ。関係ないのに。

「何で泣くんですか?」

「……君が、自分の事を嫌いなのが悲しい……」

それは仕方がない。僕は僕のことが嫌いだから。

「君がそんなに自分のことを嫌悪するのが……耐えられないんだ」

「……分かりました。もう言わないようにします」

確かに僕が自分悪口を言っているのを聞くほうは、あまり気分の良いことじゃないだろう。
僕は他人は僕の事をどう思おうがどうでも良かったので公言していたが、聞き苦しい事だったに違いない。

「……ハンスのご両親もね……ハンスのことを愛したかったはずなんだ」

「そうでしょうね……こんな卑劣な性格じゃなければ、愛せたでしょうね」

「違うんだ! 君の性格なんか問題じゃない!……君は愛されなかったからちょっと意地悪をしただけで、卑劣なんかじゃない!……卑劣なのは………レイダードなんだ」

レイダードが卑劣?
まあ、そうかもしれない。僕と同じように利己的だし、エクトル殿と共謀して僕と結婚したし卑劣と言えば卑劣なんだろう。

「ごめんね……ごめんね……言うつもりは無かったんだ。言ったって何の解決にもならないって……でも、君があんまり自分の事を嫌うから、もう……黙っているわけにはいかない。レイダードがしたんだ。レイダードが……君のことを誰も愛せないようにした」

「あの?……」

何を言っているのだろうか。レイダードが、何をしたと言っているのか。

「許してあげて! レイダードも悪気は無かったんだ! あの子も幼くて……君のことが好きなだけだったんだ!……君がレイダードを振って、好きじゃないって言われたから……レイダードは無意識に、君のことを誰も好きにならなければ良いと思ってしまったんだ。すぐに私たちはそのことに気がついて止めさせたんだ!……そんなことはしてはいけないって。授業参観で見て君に良くない魔法がかかっていたのに気がついたんだ。レイダードは止めたんだよ……一旦は」

「そう……なんですか」

止めたんだったら関係ないだろう。僕は義母の告白に関してそれくらいしか感想は出てこなかった。

「でもね……子どものやることだから、止めさせたのに……また無意識でやり始めたんだ。私たちは、もう止めたから安心していて……気がつかなかったんだ。何年も、その魔法に呪縛のように絡みつかれている君のことを……っ!」

「でも……そんな魔法かかっていませんよ。僕が嫌われていたのは僕の性格のせいで、実際に少ないとはいえブライアンっていう友人はいた。ブライアンは僕の」

「ブライアンは、魔力が高いからレイダードの魔法にかかっていなかっただけなんだ!……君のご両親はレイダードの魔法のせいで……君に無意識に悪感情を抱くことになってしまったんだ。君は愛されなかったんじゃない……レイダードのせいなんだ。本当は君の両親だって君を愛したかったはずっ」

「止めて下さい!!!!!!」

もうそれ以上聞きたくはなかった。レイダードの魔法がなんだって? 無意識に僕を愛せなくなる魔法? 僕のことが嫌いになる?

「……そんなの関係ない。そんな魔法なんか知らない」

「ハンスっ」

「僕がこうだから……僕の性格がこうだから……愛されなかっただけだ。レイダードの魔法のせいだなんて、関係ない」

人のせいにしてどうなるんだ。レイダードの魔法のせいだったと責めれれば楽だろう。けど、僕は実際にハンフリーを虐めて、不興を買っていた。
クラスメイト達にもよく喧嘩を売っていて仲良くしようだなんて思わなかったし、魔法がかかってようがかかっていまいが、僕の運命なんか変わらなかった。
レイダードの魔法なんか関係ない。

僕が僕だったから招いた事態で、自業自得だ。義母がすまないと言って謝る必要なんかこれぽっちもない。

「……ハンス」

ああ、レイダードが事態を察したのか青い顔をして立っていた。知られたくなかったんだろう。
僕の不幸が自分のせいだと思っているのだろうか。
甘く見ないで欲しい。僕は自分の責任を他人のせいなんかにしたりしない。お前なんかが僕の何を変えられるって言うんだ。
僕はお前の魔法なんか関係なくクズなんだ。

「ああ、今、分かった……エクトル殿が、お前が僕を幸せに出来るとは思えないって……そう言った理由が」

レイダードが僕を幸せにできるはずなんかない、ただ、そう思っていた。だからエクトルの言葉はそのままに受け取っていた。
エクトルもそう深い意味で言ったわけではなかったかもしれない。

レイダードがこの箱庭のような、生温い、一見完璧で優しい家族を用意したのは、僕から家族を取り上げたと思ったからに違いない。
義母が、義父が優しかったのも、みんな息子のしでかした事への償いからだったんだ。

僕のためなんかじゃない。全部レイダードのための、贖罪のためだ。

馬鹿じゃないか、僕は……僕は、僕は……この優しさを、訝しがりながらも、今、分かった。
とても、とても、心地よく思っていたんだ。
ただの、償いだとも思わずに、この日常に浸りきっていた。要らないと言いながら、僕は……この温かさが気に入っていたのかもしれない。

ああ、どうするんだろう。この腹の子は、やっぱり誰からも愛されないんじゃないか。僕が愛せないのに、他の誰が愛してあげるんだろう。

どうするんだよ!

誰も愛する人がいないなんて………

やっぱり、死にたい。




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