「ピクニックに行きたい!」

「……じゃあ、庭で」

「兄上に一緒にお弁当を作って会いに行こう? 今日のお出かけ先、お花の綺麗な領地なんだよ」

レオニードはハンフリーほどではないが、魔力と同様お世辞にも学力は高くない。
そのレオニードの勉強を毎日見ているのだが、真面目に勉強するので、できなくてもどうこう思ったりはしない。
ただ、やはり外に出すのは可哀想と言う義両親の気持ちが良く分かった。
ひ弱で守ってあげないといけないレオニードは、世間の荒波にさらされるべきではないのだろう。

こうやって両親からも兄からも可愛がられている様子を見ると、魔力が低いと誰からも守られるのだと、兄ハンフリーを思い出してしまう。
僕も弱かったら可愛がられたのかな、とふと思ってしまう時があるが、僕の場合は性格に問題があるのでどのみち無理だっただろう。

「連れて行ってあげたくても無理だ。僕は転移できない」

正確には転移できない、ではなくて、遠距離転移ができないの間違いだが。短距離の転移ならできるが、回数を重ねる事もできないので、レオニードが行きたいという領地まではとても無理だろう。
子爵家ほどの小さな領地ならそれで充分だが、侯爵家ともなると管理している領地は広い。領地の端から端まで瞬時に行き来する必要がある。

「兄上がお昼に迎えに来てくれるって! だからお弁当作ろう?」

「……分かったよ」

行きたくないが、小さな子のささやかな願いを無視するほど大人気なくもない。
料理なんてしたことがなかったが、僕はやれば出来る才能を持っていたようだ。それなりの物ができたように見える。まあ、味はどうか分からないが。

「兄上〜ハンスにい様と作ったの〜」

「ありがとう、レオ。ハンスも……食べるのが楽しみだ」

「……」

レイダードとは必要なければ話さない。返事もしたくないが、レイダードは気にした様子はない。勝手に話しかけてくる。

「兄上、兄上、転移して! お花畑に連れて行って!」

レイダードは笑ってレオニードを負んぶすると、何故か僕の膝を抱き上げお姫様抱っこをしていた。

「お、おい!」

転移する際は対象者の身体に触れていないといけないが、こんな屈辱的な格好をさせる必要などないのに!
怒る前に転移が完了していて、レイダードの領地についてしまっていた。

「綺麗でしょう、ハンスにい様! 兄上がね、ずっとね、大好きなハンスにい様に見せた言っていたんだよ」

「こら、レオ。ばらすなよ、俺が言いたかったのに」

「えへへ、早く食べよう?」

相変わらずこの家族は僕が怒るのが馬鹿らしくなるような、ほのぼのとした感じで、一人怒っている僕のほうが大人気ないような感じがして黙るしかなかった。

仕方がないので、自分で作ってお弁当を黙々と食べ始める。

「綺麗だろう? うちの領地の中でもここが一番美しい……」

それは侯爵家の領地ともなれば、恵まれた肥沃の土地だろう。

「レオに先を越されたが、ここをお前に見せたかった。一族がずっと愛してきた土地なんだ。ここを俺とハンスの子に受け継がせたい」

自我自賛するつもりはないが、シェフが作る料理に比べて遜色がない出来だと思う。

「ハンス、何とか言ってくれ」

無視していても気にしないはずだったのに、何故か今日だけ返事を督促された。

「……綺麗だよ」

綺麗だと思うのは嘘偽りない。きっと先祖も大事にしてきた特別な土地なんだろう。
大事な場所だったから僕にも同じような感動を味わって欲しいのか?

「それだけか?」

「僕の子どもなんか欲しいわけ?」

いずれできるだろう。そういう事をしている。僕が嫌でも出来るものはできる。仕方がないことだ。この景色を継がせたいのだろうか?

「当たり前だろう。俺はずっとそう言ってきたよな? ずっと昔からハンスと結婚したいと、何度も求婚してきただろう? 俺たちの子どももができれば、きっとハンスも」

「何? 僕が生きる気力がわくとでも? 子どもを愛するとでも? お前のことを許して、愛し返すとでも夢のようなことを期待しているのか?」

そういう夢のような事を夢想してるのなら。

「余計な期待を持たさないようにはっきりと言っておく。僕は子どもが生まれたって愛さない……いや、愛せない」

「それは俺の子だからか?」

「……いや、違う。僕の子だからだ」

親から嫌われるような僕の子だ。ろくな子に育つわけはないし、僕の血の一滴でも入っているのだったら、汚らわしくて愛せるはずがない。

「親に愛されない子は……可哀想だ。そんな子を作るべきじゃない」

「俺が愛する……ハンスが愛せないって言うんだったら、俺がハンスの分も愛す」

「レイダード! だからお前は利己的で嫌いなんだ!! 鏡を見ているようで吐き気がする!」

自分のことしか考えていない、そんな気質がそっくりなレイダードに昔から嫌悪感を抱いていた。
きっと僕は恵まれているんだろう。処刑される所だったのに優しく迎えられ、閉じ込められる事もなく、自由に過ごす事ができる。
レイダードは何を言っても怒らずに、こんな僕を愛しているのだと言う。

「喧嘩しているの?」

「いや、大丈夫だレオ。話しているだけだ。食べ終わったなら遊んでおいで。結界を張っていあるから好きなところに行って良い」

「はい、兄上」

幾分心配そうな顔をしていたレオニードだったが、自分がいないほうが良いと敏感に察したのだろう。頭は良くないが、場を読むことには長けている。そういう意味では聡明な子だ。

「似ていない、ハンス……お前は俺とそっくりだと言うが、俺は人を愛する事ができる。お前を愛している……けど、お前はどうだ? 閉じこもって、何もかもを拒絶しようとする」

さっきで終わらせれば良いのに、まだ続けるつもりのようだ。
こんなこと話したくないのに。自分の醜さを再確認させられるだけだ。

「そうだな、確かに似ていない。僕はこんな僕を愛する事ができないけど、お前は出来るって言うから凄いよな?」

「何で、お前はそんなに自分を嫌悪するんだ? 何時からそうなってしまったんだ? 昔は違ったのに」

「一体何時だよ。僕はずっと前からこうだ。何も変わっていない……クズだ」

「そんなことはない。レオには優しいだろう? レオを可愛がってくれている。ハンスも愛する事ができるはずだ。クズなんかじゃない……ちゃんと子どもも愛する事ができる」

「できない! できない! 無理だ!」

「できる! そうさせて見せる……ハンス愛している。どこも汚くなんかない……綺麗だ」

「嫌だ! 離せ!」

僕はレイダードの要請を断ったことは無かった。好きにさせていた。抱きたいといわれれば足を広げたし、惜しむような物ではなかった。僕の体なんかどうなっても構わなかったからだ。

だけど今日は、今日は違った。

レイダードは僕を孕ますつもりだ。実際に狙って出来るはずなんかないのに、僕は今ここでレイダードに抱かれたら、間違いなく身篭ってしまうのではないかと言う恐怖を抱いた。そんな予感がしたのだ。
だから、初めてあがらった。無駄な事をしていると分かっていても。僕がレイダードに適うはずはないのに。


「嫌だっ、嫌だっ! お前に抱かれたくないっ! んっ」

拒絶するのを許さないというように口を塞がれる。嫌がる腕を押さえつけられ、レイダードが入ってくる。
昨晩も受け入れたそこはほとんど痛みも感じなかった。けれど、痛くなければ良いという訳じゃない。無理強いされるのなら痛いほうがマシだ。

「ハンス、ハンス、大丈夫だ……愛せるから……ちゃんと愛する事を思い出すはずだ。俺がそうしてみせる……だから」

煩い、聞きたくない! 
僕の中に入ってこないでくれ!
僕は愛せなくて良いんだ。愛されなくて良い。
だからそんな物を僕の腹に寄生させないでくれ!

「ハンス、愛している……ずっとだ」

愛していないと言っても無駄だった。いやだと、僕は愛せないからと泣いて懇願しても駄目だった。

僕の胎内に宿るとしたら何だろう……きっと怪物に違いない。




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