メリアージュ様が第二子を産んでくださった。
「名前はメリーベルです」
「お義父様、ずっと名前で悩んでいましたから大変でしたね。でも凄く良い名前です。可愛いな、メリーベル。メリーベルの二番目のお母さまですよ」
「普通は生まれた時はどっちに似たのか分からない物だけど、メリーベルはどう見ても母上似だな」
「そうだな、この意志の強そうな目。赤ん坊ながら凛々しい感じと良い、メリアージュが生まれた時にそっくりだな」
「これは嫁に出せないだろう」
オーレリー様もアルフ様もメリアージュ様の第二の両親で出産にも立ち会ったので、メリーベルがメリアージュ様にそっくりなのを太鼓判を押してくれた。
私も一目見てメリアージュ様にそっくりだと思った。
我が子ながら迫力のある子だ。
なんだか、様をつけないといけない感じすらするが、まさか自分の子に向ってメリーベル様というわけにもいかない。
「アルフおじい様、別にメリーベルはお嫁に出さなくても良いのでは? お婿さんを貰えば良いんです」
マ、マリウス。何だかもう思考がアルフ様たちに似てきているような。
私も生まれたばかりの我が子が嫁に行くのを考えるのは確かに寂しい。メリアージュ様にこんなに似ているのだ。さぞかし誰からも好かれ、誰からも婿に望まれ……るだろうが、嫁に望まれるのだろうか?
しかしマリウスもアルフ様もすっかりお嫁になることしか考えていない。
「うむ、メリアージュの子だ。ひ孫の内に誰かを」
「クライスの息子の誰かがメリーベルをお嫁に貰ってくれないかな。でもメリアージュ様みたいになったら、やっぱりお嫁に出したくないから、流石に公爵家の子をお婿に来てくれって言えないですよね」
まあ、ロベルトが跡取りでその次はアルベルなので、メリーベルは次男だし婿は必要ない。アルフ様たちのひ孫は完全に格上なので、親族とはいえお婿に来てくださいは無理だろう。
いや、しかしメリアージュ様も過去浚われてきた花嫁に良く似ていると聞いた覚えがあるし、そっくりのメリーベルも公爵家好みに育つのかもしれない。
「クライスの子ならばたくさんの領地を持ってメリーベルと結婚し、新しい家を新設できるだろうから何も問題はないだろう」
こうして新たな縁組を勝手に考えているアルフ様たちだが、どう考えても上手くいきそうにない気がするのは私だけだけだろうか。
メリーベルはアルトと同様、アルフ様やオーレリー様、兄夫婦に可愛がられ、皆育児を手伝ってくれるためとても楽だった。
メリアージュ様もこの分なら産後、身体を戻すのに精神的にも良いだろうと思っていたが、何故かストレスが妊娠中よりも溜まっている様子で……何故だ?
「ロアルド!!! メリーベルばかりにかまっているな!!!!」
「え? しかしオムツが」
「兄上たちに頼めば良いだろう!!!!! 乳母もいるし、お前が全てやる必要はない!!!!!」
ロベルトが生まれた時は私はまだ軍にいたので、育児はメリアージュ様にお任せしていた。メリアージュ様も慣れないながらに頑張って育児をされていたし、乳母も数名いたのでなんとかなっていたようだった。勿論私に出来ることはしていたが、やはり仕事があると出来ることが限られておりメリーベルは私たちで育てようと思って頑張っていたのだが。
「し、しかしあまりお任せばかりしても」
あのお二人は老後?にして初めてお気持ちが通じあったこともあり、残り少ない年月を育児ではなくお二人のために使って欲しいという思いがあった。勿論、メリーベルのことを可愛がって下さるのはありがたいがあまり頼りっぱなしも良くないし、私は今時間が自由になるので出来るだけメリーベルの面倒を見たいと思っているのだが、メリアージュ様はそれは由としないようだ。
「煩い! なら俺が面倒を見る! かせ!!!」
とメリーベルを私の腕から奪っていったが、その瞬間メリーベルが盛大に泣き出した。
「何故俺の腕の中で泣くんだ!!! 俺は母親だぞ!!!」
「そ、その私に慣れているので、きっとそのせいでしょう。決してメリアージュ様のことが嫌いという訳ではないのです」
実際に授乳する時はメリアージュ様の腕の中でたくさんミルクを飲み、腕の中でスヤスヤ眠るのだ。ただ私が抱き癖をつけてしまったのか、普段は私が抱かないとぐずってしまう。
私はそれで構わないのだが、メリアージュ様が母としての自尊心を傷つけられたからか、私がメリーベルを構うのを嫌がるのだ。
「当たり前だ! 俺は母親だぞ! 何でメリーベルに嫌われるんだ!!?? お前が構いすぎているのが悪いって言っているんだ!! お前はメリーベルに触るのを当分禁止する!」
「え? そ、そんな……我が子に触れられないのはおかしいでしょう? 歳を取ってできた子は可愛いって言いますし、確かに少し構いすぎたと反省しています。ですがっ!」
「俺に似ているメリーベルが可愛いはずはないだろう!! いや、可愛いが……」
こういうところは血は繋がっていないはずなのにマリウスと良く似ていると思ってしまう。自分は可愛くないとコンプレックスを持っており、そっくりのメリーベルも可愛くないはずだと言い張るのだ。
ただ、その後に言いなおすけれど。我が子だから可愛いけれど、可愛くないと。
「メリアージュ様、メリアージュ様は疲れているんです。産後身体を休めないといけないですし、私がメリーベルの面倒を見ますから、お体を休めてください」
産後一ヶ月になるから、そろそろ元の生活に戻っても良いと医者には言われたが、何分ロベルトを出産した時から月日が経ちすぎているし、マタニティーブルーになっているようなので、この様子でメリーベルに触れるのを禁止されるのはメリアージュ様の負担にもなる。今すぐメリアージュ様の腕からメリーベルを引き取って寝かせて差し上げたいのに、メリアージュ様は泣いているメリーベルを離そうとしない。
「俺の子だから俺が面倒を見る! お前は可愛がるな!!!」
「え? どういう理屈なんですか? それを言うんだったら私の子でもあるんですから、可愛がる資格はあるはずです」
「何でメリーベルだけ可愛がって、俺を可愛がらないんだ!!!!???」
「……はい?」
「何で俺とそっくりのメリーベルを可愛がって、呼び捨てで呼ぶんだ?!」
それはメリーベルが自分の息子で、確かにメリアージュ様にそっくりで恐れ多い気もするが、メリーベル様と呼ぶのも流石におかしいからだが。
「それは……メリーベルが私の息子だからです」
「じゃあ、俺は何だ!!??」
「私の奥様ですが?」
「なら俺のことは何時呼び捨てで呼ぶんだ!!???」
え?
メリアージュ様を呼び捨て?
私がメリアージュと呼ぶのか?
「お前は結婚して何十年も経っているのに、何時まで経っても様をつけ、敬語を使い続ける!!! 普通妻に敬語は使わん!!!!」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
恐れ多いというか、まさか私が『おい、メリアージュ』とか言えというのだろうか。
絶対に無理だ。
「その……生まれ変わったら、様が取れるかもしれません」
「何故妻を呼び捨てに出来ないんだ!!??」
「そ、それは」
メリアージュ様がメリアージュ様だとしか言いようがありません。
「その……上司でしたし」
「上司を妻にした男でも、私生活で敬語は使わん!!!」
周りに上司を妻にした人がいないので分かりません。
「それに」
年上ですし、と言おうとしたがメリアージュ様がご自分が年上であることも引け目のひとつと考えていらっしゃるので言えない。
「その……高貴な身分でいらっしゃいますし」
「そんなもの勘当されて久しい!!!!」
今までこんな事を言いださなかったのに、急に敬語や様についてこだわりだしたのはメリーベルの存在が大きいのかもしれない。
自分に良く似た息子には私が普通に話し(当然の事だが)自分には敬語で様をつけて呼ぶのに我慢がならなくなったのかもしれない。しかし何と言われようとも、メリアージュ様に普通の妻のように話しかける私は想像ができない。
「その………無理です。私にとってメリアージュ様はメリアージュ様で、今更態度を変えることなどできないのです。そのくらいならメリーベルをメリーベル様と呼んだほうが余程簡単で」
「もう良い!!! しばらく顔を見せるな!!!」
怒らせてしまいました。
泣いているメリーベルを連れて行きたかったが余計怒らせると思い、メリアージュ様の元に置いて来た。
しかしあのご様子だとしばらく怒りが解けないかもしれない。
とぼとぼと歩いているとアルフ様がやってきた。どうやらメリーベルを見に来たようだ。
「アルフ様、今はメリアージュ様が……そのご機嫌が悪いのでメリーベルに会うのはしばらく後にして下さい」
「また怒らせたのか?」
メリアージュ様の琴線が何をラインに触れるのか分かるようで、よく怒らせてしまう私を良くご存知なアルフ様です。
「はい……何時までも他人行儀のようにしか話さない私を怒っているようなのです」
「しかしだな……私の可愛いメリアージュに気安い態度を取るのは、見ていて不愉快だが」
そうですよね。私のような身分の夫が弁えもせず、普通の夫のような態度をとったら、アルフ様は不愉快な事間違いないでしょう。
「あとは、私がメリーベルを可愛がるのを許せないようで」
「……メリアージュは先祖の最も凛々しかったという花嫁に良く似ているようだ」
オーレリー様以前は皆誘拐花嫁でしたからね。しかしメリアージュ様に似た花嫁が大人しく誘拐されて花嫁の塔に閉じ込められていたのも、考えると似合いそうにないですね。
「それはもう伝説の花嫁だったらしい。ご先祖が近隣の国で戦争をしていて、視察のために見に行ったらしい。その先で将軍として戦っていた男に」
一目惚れをして連れ去ったんですよね。
「ご先祖は一目惚れをされ、無理矢理ついてきて、花嫁の塔に居座り、ご先祖を無理矢理押し倒し上に乗っかり既成事実を作ったそうだ」
「そ、それは」
「花嫁の塔に居座りながらも、自由に夫をストーカーし、妊娠期間中は夫が浮気をしないように花婿の毒薬を作成し、恐怖の薬を私たちに残し」
あれ?
花婿の毒薬は私もアルフ様に使われましたが、無理矢理誘拐されてきた花嫁が夫への仕返しに作り出したものじゃなかったんですか?
「……そう、一般的には伝えられているが、ご先祖が自分が花嫁の尻に敷かれていた情けなさを隠すためと、私たちも先祖の名誉のためにそう伝えているだけで、実は尻に敷かれまくっていたのだ」
分かります、分かります。どんな方だったか。
公爵家の方を見れば、尻に敷かれやすいのは良く分かります。現在の国王陛下といい、アルフ様といい、亡き義父と言い。私もそうですが。
義父のアンドレ様も相当奥様に虐められていましたしね。でも、尻に敷かれながらも愛し合ってメリアージュ様を産んでくださって感謝をしています。
「だから、実子にやきもちを焼くメリアージュを分かってやってくれ」
「アルフ様……私はどんなメリアージュ様でも愛おしく思っておりますよ。メリーベルにやきもちを焼くのも、こんな私を愛してくれているからですし」
本当に私などには勿体無い奥様です。
アルフ様とお話をし、時間も経ったのでそろそろメリアージュ様も気分が落ち着かれた頃でしょう。
「メリアージュ様、入っても良いですか?」
「………」
メリアージュ様はメリーベルに授乳をしていた。
黙ったままミルクが終わると、ゲップをさせ抱いている。ミルクの後はメリーベルもメリアージュ様の腕の中で泣かない。別にメリーベルも母のことが嫌いという訳ではないのだ。ただ私が抱き癖をつけたせいで、私の腕の中が心地が良いだけだろう。
「その……今日はメリーベルをマリウスに預けて、二人だけで過ごしませんか?」
医者も一ヶ月経ったので、夫婦生活を再開させても良いと言った事だし、マリウスの時あれだけ騒ぎ(家出騒動)があったので、私もあの時の教訓を生かそうと思ったのだ。
「その……メリアージュ様の好きな物、何でも履きます。どんな褌でも前掛けでも」
そう言うと、ピクリと瞼が動いたような気がした。
「あの……私は何十年とメリアージュ様と呼んできたので、今更変えることは難しいと思いますし……だから交換条件でいかがでしょうか?」
「交換?」
「メリアージュ様も私の願いをかなえてくれたら、私もメリアージュ様のお願いを頑張ってかなえます」
「何だ?」
「一緒に死ねる魔法をかけてください。メリアージュ様と生きるも死ぬも一緒にしたいんです」
前もお願いしたが、考えておく……で終わられてしまった。これだけ私を束縛するメリアージュ様なのに、死、だけは私を束縛したくないとおっしゃられて、きっと誰もがかけていると思われている魔法がかかっていないのだ。
「……駄目だ」
「なら、私もメリアージュ様と呼び続けます」
「お前にその魔法をかけるつもりはない!……少なくても今は」
「良いんです……かけても良いと思えるまで私は待ちます。その時はきっとメリアージュ様が私の愛を信じてくれた証だと思うので……その時は私も頑張ってメリアージュ様に、様をつけずに呼びます」
たぶん、今すぐは本当に無理です。だってメリアージュ様はメリアージュ様なんですから。
「何時になるか分からん」
「構いませんよ。でも、どちらかが死ぬ前にお願いします」
もし、メリアージュ様が私よりも前に死んだら迷わず後を追いますが、私がメリアージュ様を置いていくとしたら。きっとメリアージュ様もすぐ後を追ってくれると思うのですが、わすが数分や数時間でも私がいない間寂しい思いをさせるのが辛いんです。
「………愛していますよ、メリアージュ様」
「マリウス、メリーベルを今夜頼む!」
とメリーベルを転移で別宅に送り、私を押し倒した。
「……今夜はこの褌を着ろ!!!!」
はい、分かっています。何も言わずに褌を差し出すのは、照れ隠しだと分かっています。
メリーベルは自分に似て可愛くないとおっしゃりますが、こんなふうに照れるメリアージュ様はやはり可愛いと思いますよ。
END
「ん? 何でメリーベルがアルトと一緒に寝ているんだ?」
「メリアージュ様がメリーベルを預かって欲しいって。たぶんロベルト様と二人っきりで今夜は過ごしたいんじゃないかな?」
「ったく、マリウスだって疲れているだろうに。おじい様たちに預ければ良いのに、預けてくるよ」
「あ、駄目」
「ダブルで夜泣きされたら大変だろう?」
「だってメリーベル、アルフ様やオーレリー様じゃあ泣き止まないよ。ロアルド様じゃないと」
「だったらここにいても駄目だろ?」
「それがアルトと一緒に寝ると泣きやむんだよ」
マリウスが試しにメリーベルを抱き上げると泣く。ベッドに戻しアルトと横に寝かせると泣き止む。
「お義父様とアルトが似ているからかな? 試しにロベルトも抱っこしてみて」
するとマリウスの腕の中で泣いていたメリーベルはロベルトの腕の中では泣き止んだ。
「パパが好きで、お兄ちゃんが好きで、甥っ子が好きなんだね。メリーベルは」
「……なんか、アルトが将来苦労しそうな気がするのは気のせいだろうか?」
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