第二子の男の子はアルトとおじい様たちがつけてくれた。

「アルトはロアルドに似ているな」

「いえ、それを言うんだったら俺に似ていると言うべきでしょう、母上」

ロベルトとお義父様は良く似ているから、どっちでも同じだと思うけれど、でもやっぱりロベルトがパパだからロベルトに似ているって言って欲しいかな。

「次はメリアージュ様の番ですね。メリアージュ様に良く似て生まれてきたらきっと可愛いと思います」

「私もメリアージュ様に似た息子が欲しいです」

「俺に似るよりも、ロアルドに似たほうが子どものためだ……」

なんだか照れているのか、そんなふうにメリアージュ様が呟いた。ミニチュアメリアージュ様可愛いと思うのに。

「おとうと?」

「そう、アルベルの弟アルトだよ。もうちょっとしたらまた一人弟が産まれるから。お兄ちゃんになったから、可愛がってあげてね」

アルトのほうがアルベルよりも魔力は高いけど、アルベルも伯爵家当主に相応しいレベルの魔力を持っているし、俺みたいにかろうじて当主になれるレベルじゃない。だからアルベルも弟に対して卑屈な思いをせずにいられるだろうし、そうさせないつもりだ。
ロベルトも約束してくれた。アルトのほうが魔力が高いからって差別は絶対にしないし、両方とも愛するって。

「うん!」

ロベルトの子どもだから。二人ともなんて愛おしいんだろう。
本当に夢みたいだ。こんな俺が、愛する人の子どもを産めたなんて。


子育ては以前は産後短期間、メイドを雇って家事をしてもらい育児はほぼ俺一人でしていた。勿論ロベルトも手伝ってくれたけど仕事があったし、負担をかけたくなかったので、一緒にお風呂に入ってもらうとか、添い寝をしてもらうとかその程度だった。
けど今はメリアージュ様やお義父様やオーレリー様アルフ様もいて、アルベルは祖父母に囲まれて愛情たっぷりでかまってもらえているし、アルトにも何くれなくしてくれている。

「マリウス、ちょっと良いか?」

「はい? どうかなさいましたか?」

別宅のほうにメリアージュ様がお一人で来られることなど初めてだった。しかもお義父様もいない。ほとんど一緒にいる夫婦なのに。
俺はロベルトを見送ると、午後本宅のほうに遊びに行くので、プレイベートを尊重してくれる義両親は別宅には来ないのだ。

「二人きりで少し話がしたくてな……アルトがぐっすり寝ているな」

「ええ、夜鳴きもせずに、手がかからないんですよ。よく寝る子で」

「二人目を産んだばかりだが……率直に聞く。もっと子どもを作るつもりはあるのか?」

「……駄目なんですか?」

通常、貴族家は二人っ子が多い。それには理由があって、魔力の強い子を残すためだとも言われている。その理由は通常長男が最も父親に似やすいと言われていて、父親の強い魔力を残しやすい。8割は長男は父親になるという。アルベルはこの限りじゃなかったが、それでもロベルトに似た強い魔力を持っている。
二番目の子も魔力が強い場合が多い。
そして三番目以降は何故か段々と魔力が下がっていく傾向があるらしい。
そして魔力の強い子の人口を減らせないための条件が二人なので、義務として残すのを考えるとどうしても二人兄弟が多いそうだ。

だから魔力の弱い俺に引きずられた子が三番目以降は生まれやすいかもしれない。メリアージュ様もそれを心配して、三番目の子を作るなと警告したいのかもしれない。
そう思われても仕方が無い俺の魔力だけど。

「勘違いをするなよ。三番目を産んではいけないという話じゃない。まだアルベルも小さいし、アルトは生まれたばかりでどんな大人になるか分からないが、アルベルはマリウスに似たし、アルトもロベルトに似たからそう無茶をする性格になるとは思っていないが……ただ、俺には知っての通り公爵家の直系の血が流れているんだ。マリウスの産む子も、その血を受け継いで産まれてくる」

「はい」

「だから、どのくらいこの身体に流れる血の業が深いか、マリウスも知っていて欲しい。子どもたちの誰かが、破滅的な行動をするかもしれないからな」

「でも、俺が知る公爵家の方々は皆さんそんな人じゃありません。ロベルトはとっても誠実だし、おじい様たちも凄く仲が良いし、メリアージュ様だって」

「そんなものは表面的なものだ。俺にしたって……ロアルドが懐が深いから何とかなっているだけで、普通の人間なら精神が壊れかねないくらい、束縛しまくっている。俺の甥の話をしよう……ブランシュという男の話だ。ブランシュはロベルトの従兄弟に当たる男で、愛したのは同じ血族の従兄弟で俺の甥に当たるジゼルという男だった」

メリアージュ様が話して下さったのは、仲が良く兄弟のように育った甥たちの悲しい恋物語だった。

「でも……そのジゼルさんって方、今も本当に生きているんですか?」

メリアージュ様が生きて欲しいと願っているだけじゃないだろうか。だってその方を誰も見たことが無いのに。

「確かに、誰も見ていないが……ブランシュがジゼルを失って生きていけるとは思えない。まして偽者との間に子どもを作るわけはないし、偽者ジゼル……いや、別に偽者じゃないが、浚ってきた花嫁はブランシュの側にいるわけじゃない」

そう、ちょうどロアルドが副隊長に任命された時のことだ。ロアルドは一族や高位貴族に比べて特別に魔力が強かったわけじゃない。勿論俺よりは若干だけ高かったが……

ロアルドはメリアージュの夫ということもあり、世間で狂った男と噂をされている男ブランシュの副官として任命するのにちょうど良いとおもわれたのだ。叔父の夫ならブランシュのことを任せても問題ないのでは? またロアルドの温厚な性格が評価されたのもだった。

「ブランシュ隊長、どうかされましたか? 何か悩んでいるのではないでしょうか?」

「………妻が、口をきいてくれないんだ」

それはとても絶望に満ちたドンヨリとした口調だった。

「何か酷いことをされたんですか?」

「…酷い事? たくさんした。妻からすべてを奪ったんだ……」

「謝りましたか?」

「謝ったさ! でも、何を言っても許してもらえない事をしたんだ」

「普段は奥様に何をなさっていますか? その……無理強いをしたり、媚薬を使ったり」

「媚薬は効かない体質だし、抱いても嫌がったりはしない。ただ、人形のように大人しく俺に抱かれて、抵抗も、何もしない……横になって顔を伏せて、嫌だとも何も言わずに、ただ黙っているんだ」

黙っている。何をしても返事が無い。いっそ、憎んで、罵られたほうがマシだったのに。と悲壮感を漂わせているブランシュに、ロアルドは妻メリアージュのためにこの義理の甥を何とかしてあげたいと思った。弟のように可愛がっていた甥たちだと聞いている。

「奥様が喜ぶような事を何かして差し上げたらどうでしょうか?」

「妻が喜ぶこと?」

「はい……何か無いですか?」

「あるだろうけど……したくない」

「どうしてですか?」

「だって、妻はきっと両親や兄に会いたいだろう……けど、会わせられない!!!……会わせたら、あいつらに妻を奪われてしまうかもしれない! そんなの駄目だ! 妻の世界は俺だけで良いんだ!!」

奪われるくらいだったら人形のようなジゼルでも構わない。死んだと思わせておきたい。じゃないと、俺は正気じゃいられない、と叫んだ。正気だと思っている者は誰もいないけれど。

「では、他には何かないんですか? 奥様が……死んだと思われているんだったら、それを変えないで、何かしてあげれることがあるはずです」

例えば、塔から出してあげるとかと言おうとして、それもきっと受け入れられないのだろうとロアルドは黙った。

「妻には…恋人がいたんだ……ソイツに呪いをかけた。永遠に消えない苦痛を植えつけたんだ。妻は心を痛めていると思うけど……そいつの名前は出さない。口にするなっていったし、言ったらもっとソイツが酷い目に会わされるって分かっているから、妻はソイツのことを聞かないし、楽にしてくれとも言わない」

「では、その方を許してあげたらどうですか?」

「できるはずがない! ソイツのせいで妻は俺を裏切ったっ!! ソイツさえいなければ妻は俺と何事もなく結婚してくれたはずなんだ! ソイツがジゼルに俺を裏切らせたっ! そのせいで、俺はっ……妻をあんな目に会わせてしまったんだ……」

絶対に許せないんですか? どうして奥様をそんな目にあわせたんですか?

「それでも一緒にいたかったから……」

「奥様から何もかもを奪ったんでしょう? なら奥様に何か少しでも返してあげてください。一つ一つ、少しづつで良いんです……できるでしょう? その男はもう奥様の世界にはいない人です。隊長と奥様には二度と姿を見せない人ではないんですか? 彼への復讐と奥様とどちらが大事なんですか? 奥様から奪った分だけ、隊長も苦しまないといけませんよ。だから復讐を忘れなさい……奥様を幸せにすることを優先にするんです。できますよね? 奥様のためなんです」

ブランシュは返事をしないまま、苦痛の表情で俯いていた。
ロアルドは、ブランシュは愛しい人を手に入れたのに、それでも妻の恋人だった人をそれほど憎むのかと、公爵家の男の業の深さに驚いたという。

「副隊長……妻がしゃべってくれたんだ。少しだけだけど、笑ってくれもした」

「そうですか。これからも奥様のために、奥様のためだけに、何かできることを考えて差し上げてくださいね。どうしてこんなことをしてしまったのか、どれほど愛しているのか、これからの人生は全て奥様ジゼル様のためにあると……そう、言い続けてください」

そうやって、ロアルドはブランシュにアドバイスを続け、だが妻が妊娠したとブランシュは何の未練もなく若くして得た隊長の地位を捨て、その後ブランシュの顔を見たものはいない。


「俺は……ジゼルに頼まれていたんだ。自分に何かあった時は恋人のことを頼むと。だからずっと面倒を見てきた」

ジゼルの恋人フリッツは、ブランシュにかけられた幻影魔法のせいで24時間幻覚が消えずに、ろくに眠ることも出来ず、日常生活すらままならなくなり、また公爵家ブランシュに憎まれていることを家族が知ると、彼を見捨てた。

メリアージュはフリッツの経済的な支援をしたが、呪いともいうべき幻影魔法を消すことはできなかった。魔力で格上のブランシュの魔法を消すことはできなかったからだ。

「そのうち、フリッツの会いに行くと、何時の間にか使用人が変わっていた。それが偽者ジゼルだった……何時の間にか、そのジゼルがフリッツの妻と登録されていて、フリッツの面倒を見ていた。ブランシュが利用価値の無くなったジゼルを、フリッツに押し付けたんだ。お前の結婚相手は偽者で充分だと知らしめるためにな」

メリアージュは彼に無理矢理祖国から誘拐されてきたのなら、帰国させることもできると勧めた。

「良いんです……元々私の家は貧しく、売られていく所をブランシュ様に買われました。あのまま他の人間に買われていれば死ぬまで身体を売って、何百人の男に犯されていたと思います。ブランシュ様はこんな私を相場の10倍の値段で買ってくれました。感謝をしています……もし祖国に戻っても、また売られていくだけです。ここで、ブランシュ様が命じられたとおりに、この方の面倒を見て、妻として生きていきます」

そう言って、偽者ジゼルはフリッツの面倒を見続けた。ブランシュが幻影魔法を解いても、フリッツは元の健康な身体には戻れなかったが、献身的にフリッツの世話をするジゼルと、今も一緒にいる。

「だから、偽者ジゼルがブランシュと一緒にいない以上、ブランシュと一緒にいるのは本物のジゼルに間違いは無い。たとえ見ていなくても、生きていると信じている」

「じゃあ、皆さん……ジゼルさんが生きていると知っているんですか? なのに、どなたもジゼルさんを助けようとはしなかったんですか?」

「ブランシュが蘇生魔法を使えることは皆知っていた。一族としては滅多に出ない独自魔法だからな。辺境伯家に使い方の修行にも行っていたし。叔父も父も祖父母も……皆、知っていたんだ。だからこそ、ジゼルを殺したのも蘇生して、自分だけの物にするつもりだったのも、ある程度想像がついていたと思う。兄も地獄の苦しみだっただろうな……甥が息子を殺して、でも蘇生できるのはその甥だけ。変に追い詰めたり追求したら蘇生も適わなくなるし、罪に問う事もできない。蘇生させた後も、ブランシュからジゼルを取り戻そうとしたら、今度こそ暴走して無理心中でもしかねない。だから、もう生きている事を信じて、ブランシュの思うとおりにさせるしかなかったんだ」

アルフもオーレリーもブランシュのことでは苦しんだ。息子の思うとおりにさせてやりたい反面、ジゼルの人生はどうなるんだと。弟夫婦にもすまないと思いながらも、ブランシュを制御することを諦めた。
ジゼルの父親はジゼルに少しも似ていない孫息子二人を見て、ジゼルにそっくりだと言い、実の祖父と孫だと名乗れないまま、大叔父として接している。

「だから……少しでも、ジゼルが今幸せであって欲しいと、皆祈っている」

「それが……公爵家の男の業の深さなんですか?」

「そうだ。欲しい物のためなら、愛する人すらどれだけ傷つけるか分からない。まして他人なんかゴミ同然だ」

「だからなんですね……メリアージュ様は、お義父様に赤ちゃんが似て生まれたほうが良いって言うのは」

メリアージュ様は自分に似て欲しくないと思っているんだ。その業の深さを誰よりも知っているから。

「俺に似た子なんて可愛くも無い」

「そんなことないですよ! 皆で可愛がります! 例え、公爵家の血が濃く生まれてしまっても……全身全霊で愛し抜きます。おばあ様やおじい様がそうしたように……どんなことをしても、親である俺たちだけは、許してあげようと思います」

だから心配しないで下さい。

「ありがとう、マリウス。お前にこの子を託すよ」

「二人で、孫の顔まで見ましょうよ! ミニチュアメリアージュ様が増えたら、きっとお義父様も喜びますよ」


ジゼル様とブランシュ様。ロベルトの従兄弟に当たる方々が今どうされているか分からない。

けれど、メリアージュ様のためにも幸せでいて欲しい。

きっとブランシュ様はジゼル様の笑顔のために頑張ったはず。

だったら、幸せになっているはずですよね。



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