私の母親は何も出来ない人だった。

私と兄は花嫁の塔で生まれたらしい。らしい、とは物心ついた頃にはもう花嫁の塔には住んでいなかったからだ。

母は、周囲の人間から聞く限り、父に他国から誘拐されて連れられてきて花嫁の塔に囲われていたそうだ。そこで兄が生まれ、私が生まれたわけだが、二番目の子の私を産むと、元々身体が弱かった母は衰弱し、父は母のために温暖で過ごしやすい地に母を移した。
そこで私も育ってわけだが、広大な城には私と兄と母と父の4人だけで、貴族なら当然いるメイドや執事もいなかった。
必要なことは全て父がしていた。

母が兄を身篭るとすぐに父は仕事を辞め、母の世話に付きっ切りとなった。
母は魔力を持たず、酷く疲れやすい身体をしていて、ベッドからなかなか起き上がれないことがしばしばあった。
何も出来ない母を、父は24時間離れず付きっ切りで介護をし、隔絶された世界で過ごしていた。

城には結界が敷かれ、誰も出入りできず、家事は全て父がしていた。とはいっても、魔法を使えばほんの一瞬で済むため、ほとんどの時間は母に使っていた。

少し母の具合の良い時は、城の庭を父が母を抱いて散歩をし、具合が悪いときは父が母に添い寝をしてひと時も離せずにいた。

そんな両親を見れば、どれほど父が母を愛していてか聞かなくても痛いほど分かった。

世間では何故か、父は死んだ婚約者の代わりに母を誘拐して身代わりにしていると噂されていたが、父は偽りなく母を愛していた。

母は何時も寂しそうに微笑んでいて、体調が良いときはカウチで横になりながら兄や私を抱きしめてくれた。

「本当はアレクシアにも弟を作ってやりたかったが、母上がこれ以上子どもを作るのは無理だから」

私が弟が欲しいと言ったときに、そう父に言われた。父もたくさん子どもを欲しかったそうだが、私を産んでより寝たきりになることが多くなってしまったため、二度と子供は作らない事に決めたらしい。

父は母のために生きていて、母はそんな父のために生きている。そんな二人だった。

父は献身的に母に尽くしていたが、母は父をどう思っていたのだろうか。それだけは私も兄もよく分からなかった。
誘拐されてきたのだ。好意を持っていないのが普通なのだろうが、母が具合が悪くなり熱を出して苦しんでいると、父はこの世の終わりのような顔をして、母に死なないでくれと懇願する。
愛しているからこうしてしまったのだと、こんなに早く逝かないで欲しい、子どもたちもまだ小さいから置いていけない。でもジゼルが死んだら生きていけないから、子どもたちに寂しい思いをさせてしまう。だから死なないでくれ、と何時も許しをこういていた。

そんな父を見る母の表情は、やはり寂しげに微笑んでいて。
許しを与えるように、父の頭をそっと撫でていた。

母は何も出来ない人だったし、他の従兄弟や親戚のように母が私たちを養育することはなかった。いや、できる体力がなかったのだろう。ただ、抱きしめてくれて、愛しているのだと伝えてくれた。
そして、将来愛する人ができたら、決して無理強いをしないであげて欲しい。愛する人を悲しませることだけはしないでね、といい聞かされた。母から教わったのは、ただそれだけだった。

私はその約束を守ったつもりだが兄には激しく疑問が残ったが。

「母上、子どもが生まれました。母上たちにとって初孫で、双子の男の子です」

「双子? 凄いね……俺もね、双子だったんだ」

だから母は体が弱いのかもしれない。双子として生まれると、大抵は片方は魔力を吸い尽くされて生まれてこないか、生まれてきても酷く魔力が弱いことが殆どだ。

「長男がアーサーで、次男がノエルです。アーサーのほうが魔力が弱く産まれて来てしまいましたが、とても可愛くて」

私にもエイドリアンにも似ていないが、愛らしい顔をしていて、守ってあげたいと思わせるところが、妻や母に似ている。
そういえば、エイドリアンに惹かれたのも守ってあげないといけないと思わせる雰囲気が母に良く似ているところが切欠だったのかもしれない。私はマザコンだったのだろうか。

「アーサーっていうんだ? ローラに良く似ているっ」

と、珍しく頬を薔薇色に染めて嬉しそうに映像を見ていた。

「ローラ?」

「俺の兄なんだ……今頃どうしているんだろう」

アーサーは母の孫なので、母の兄に似ていたとしてもおかしくないが。誘拐されてきた母は兄が今どうしているか知る由もないだろう。母は父と隔絶された世界で生きているのだから。

「そういえば……父の従兄弟にあたる人でローラと言う人がいましたよね? 父上。あの人もアーサーに似ているような気がしますが」

「そのローラっていう人は……今どうしているんだ?」

母は父の顔色を気にしながらローラのことを尋ねた。全く関係のない人のはずなのに、気になるのだろうか。

「確か一人息子なのに嫁いでいったんですよね。私の又従兄弟に当たる、パトリックとロレンスを産んで彼らの子が大叔父上の跡を継ぐらしいですけど」

兄弟で結婚しているが……まあそこまで詳しく言わなくても良いだろう。

「……大叔父さんは、どうしているんだ?」

今日はやけにうちの親族のことを聞いてくるな、母上は。
父上は何時も母上にかかりきりだから、一族の集まりにもいかないで、代わりに子どもの頃から私や兄を出席させていたのに母上は何も聞かなかったのに。

「大叔父上ですか? 何でも、兄上や私が若くして亡くなった次男に良く似ているそうで、実の孫のように思えると私たちを見るたびに泣かれて。私たちは父上似ですから、亡くなった方に似ていてもおかしくないですが」

いかにも儚くなりそうな母にはこれっぽっちも似ずに生まれてきたからな。

「そう……」

母上はポロポロと涙を流した。
父上はそんな母上に泣かないでくれと、オロオロしていた。

「大叔父さんに……アーサーとノエルを会わせてあげれば……きっと喜ぶと思うよ」

「ええ、そうですね」

「できれば、俺も会いたい……アーサーとノエルに」

私はどうしたものか、悩んだ。会わせるのは問題ないが、母と父だけの楽園に連れてきても良いものだろうか。
ここへは私と兄しか立ち入りの許可を得ていない。
父を伺うように見ると、頷いたので今度連れてきますと言うと、母はまた嬉しそうに笑った。


「おお、可愛いな。ローラの子どもの頃に良く似ている……やはり血なのだな」

一族の集まりに連れて行けば大叔父とアルフおじい様はアーサーとノエルを抱き上げて、似ているところを探していた。
ノエルは私に似ているので、おじい様にも似ている。

「アレクシアの母君にも会わせたのか?」

「ええ。ここに連れてくる前に」

「喜んでいたか?」

「はい……特に、アーサーを見て、ずっと昔に別れた兄に良く似ているそうで涙ぐんでいました」

そういえば、父も最近少し丸くなったのだと思う。いくら身内とはいえ、孫を連れてくるのも嫌がるかと思ったが、妻エイドリアンも連れてきて良いと言って、母は何十年かぶりに私たち以外に会った。

「そうか……母君は幸せそうだったかい?」

昔から、母が父をどう思っているか分からなかったし、母が見せるのは何時も寂しそうな笑みだった。
けれど不幸そうにしているわけでもなく、父に対しても優しかった。

寝たきりの時は常に父は母の側にいて手を握っていたり、頬を撫でたりして、生きているのか何時も確認しているようだった。母の体温が消えるのを恐れているように。そんな父を母は仕方のない人だと言う様に、甘やかしていた。

元気な時は父が母を何時も抱えて歩かせることすらさせず、靴すら履かしたことは無かった。

何時もあの二人は一緒で、離れたらすぐに死んでしまうかのように息子にすら思わせた。

一度だけ聞いたことがある。母に、幸せなんですか?と。

家族からも引き離され、何もかも父に奪われ、愛しているか分からない男に子どもを産ませられた母は幸せなのかと。

すると母は思いがけない事を聞かれたと言うように、目をぱちぱちさせると、こう言った。

「お父さまは寂しがりやで、俺が死んだら生きていけないだろうから、一緒にお墓に埋めてあげてくれるかな?」

返事になっていないことを言われた。

その気持ちはやはり分からなかった。だけど、死んでも一緒にいてあげても良いくらいには、許してあげているのだろうか。

「……そうですね。母は……とても父を甘やかしていますし、父も母がいないと生きていけませんし。きっとそれなりにあの楽園の中で幸せなんじゃないでしょうか?」




END
息子から見たエピローグでした。
ジゼルも長い間ブランシュといて、ほだされた部分も・・・
メリバっぽくバッドエンドなんですが、救いのある感じにもと思い、こんな感じのラストになりました。ジゼルが幸せなのかは皆様にお任せしようと思います。
読んで下さってありがとうございました。
何か感想があれば喜びます♪



- 314 -
  back  






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -