「何を考えているんだ!! ジゼルにあんなことをっ!!!!」
泣き崩れる母を見ても何も感情を揺さぶられない。母が泣く姿など初めて見たけれど、母が自分を糾弾する声もたいして耳にも入ってこなかった。
「お前なんか息子じゃない!!! ジゼルと一緒に死ぬべきだったんだっ!!!」
ジゼルと一緒に死んだらきっと同じ墓に入れて貰えなかっただろう。死んで別々にされてしまうのは悲しい。
だから一緒に死ぬつもりなんか無かった。
「言いたいことはそれだけですか? そろそろジゼルの葬儀の時間なので失礼します」
「お前がジゼルの葬儀に出せる顔なんかあるわけない!!! この手で殺してやりたいっ!!! アルフどうして邪魔をするんだ!!?」
「母上、残念ですが母上では俺は殺せませんよ。兄上や父上ならともかく」
でも、兄も父もブランシュを殺すつもりはないようだったが。
半狂乱のように泣き喚いている母を置いて、父と兄も葬儀に出席をした。甥と従兄弟に当たるので当然だろう。
ジゼルの葬儀は親族のみでひっそりと行われた。事故死とされているが、ジゼルほどの魔力の持ち主が簡単に事故死をするはずはない。疑惑を持たれない様に友人知人職場の人間には遠慮をしてもらった形になっている。
ジゼルの遺体は完璧に防腐処置魔法がかかっていて、生前と何も変わらないほど美しかった。
余りに美しかったので、その唇にキスをしたくてそっと唇を寄せようとしたら、母と同じくらいヒステリックな声が響き渡った。
「ジゼルに触れるな!!! よくもジゼルの葬儀にのこのこ顔を見せれるな!!! この狂人者がっ!!!」
「ローラ……」
「ジゼルを殺しておきながらっ!」
「酷いな。婚約者を失った俺に言う言葉なのか? でも俺は怒らないよ。ローラもたった一人の弟をなくして辛いだろうから」
ジゼルは事故死だ。叔父夫妻も納得したはずだった。
「ジゼルは陵辱されて魔核を破壊された挙句、心臓を剣で一突きにされて死んでいたんだ!! そんなことができるのはブランシュしかいないのにっ!!」
正確にはブランシュを含む一族の数人しかいない。
兄、父、祖父それくらいだ。皆愛妻家で従兄弟や甥、孫を陵辱して殺すわけはない。
「婚約破棄をされたから、ジゼルを犯して殺したんだ!! ブランシュが犯人に決まっているのに、どうして皆知らん顔をするの? ジゼルが浮かばれない……」
確かに、動機、魔力の実力を考えればブランシュ以外犯人はいない。
「じゃあ、俺がジゼルを殺したという証拠は? 何かあるのか?」
誰が見たって自分が犯人だろう。だけど何の証拠もない。少なくてもローラには。
母もブランシュが犯人と分かって糾弾していたが、何か証拠があって言っている訳ではない。
「ブランシュ以外ありえない!!!」
「俺しかできる人がいなかったとしても、俺がやった証拠はない」
「魔力解析をしてもらえば分かるはずだ!! お父さま、おじ様! おじい様!! ジゼルを犯した男をジゼルの遺体から解析して! 過去視をして犯人がブランシュだって言ってよ!!」
兄や父たちならそれなりに過去を視れるかもしれない。が、ジゼルもきっと同様だっただろうが血族には独自魔法は効かないことが多い。
それに、父や兄、祖父が残った身内であるブランシュを弾劾するためにその魔力を使ったりはしない。それは自分の息子や孫、弟を死刑台に送りつけるも同様だからだ。
「ローラ……もう、ローラは一人息子だろう? 叔父様にはもうローラしかいないのに、そんなことを言っていたら」
叔父はローラも殺してやろうか、と囁いて叔父は黙った。
「ああ、そうだ。ローラはこの家の跡継ぎを作らないといけなくなったな。俺と結婚をして子作りをするか? ローラとなら問題なく子どもはできるし」
「死んでも嫌だ!! ジゼルを犯した男の妻になんかっ!!!!」
「じゃあ、お前の夫は一族から選ぶしかないか。強い男じゃないとお前の魔力が低いせいでろくな跡取りができないだろう?」
ブランシュが夫になると言うと猛烈に怒りだし、他の男と強制的に結婚をさせようかと笑うと、今度は青ざめて黙り込んだ。
勿論ブランシュにはローラと結婚する気など更々無かったが、いい加減ローラから殺人者だと罵られるのに飽きてきた。
ブランシュは美しいジゼルだけを見ていたかったのに。
「ブランシュ、もうそのくらいにしておいてくれ。ローラは弟を亡くして気が動転しているんだ。ローラ、ブランシュもジゼルを亡くして悲しんでいるんだ。もう連れて行くから…」
「セドリック、ローラと無事結婚したいのだったら、その煩い口を永遠に閉じさせておけ」
母もローラもどうでも良い。
唯一許せない存在のジゼルの婚約者がいたが、ただ一人の目撃者のはずなのに口を割っていないところを見るとちゃんと発狂してくれたんだろう。
ジゼルとの約束どおり、手を出してはいない。ただその精神をズタズタにしただけだ。
ただ約束どおり、精神的にすら攻撃を加えることは誓約によってできなかったので、その頭の中に自分とジゼルが交わる様を、ありのままの現実を永遠に見続けるように魔法をかけただけだ。
ブランシュだったら永遠に見ていたい。
初めてジゼルを抱いた美しい夜の思い出。
魔核を破壊して、何も出来なくなったジゼルが子羊のようにただ自分に抱かれるしかなかった時のこと。
死んでさえもブランシュを魅了して離さなかった時。
全て美しい思い出だ。
それをずっと見続けることが出来るのだから、あの男には過ぎた魔法のはずだ。
「ああ……ジゼル本当に綺麗だよ。どうせなら婚約者じゃなくて俺の妻として死んで欲しかった」
公式には婚約破棄は知られていないのでジゼルはブランシュの婚約者として死んだ。
妻として死んでくれたら、そう墓に明記できるのに。
愛する妻ジゼルと……
でも墓に埋められたジゼルを見ると安心した。もう二度と誰にも奪われる心配はないから。
ここに来ればジゼルは埋っている。もう浮気をしたくてもできない。
家に戻ると亡霊のような母と、必死に慰める父と、ジゼルが死んだ事などなかったかのように振舞う祖父母がいた。ついでにいうとメリアージュには墓前で何度も殴られた。
「ブランシュ、その男は誰だ?」
「ええ、さっき外国から浚ってきた俺の花嫁です。名前はジゼルって言うんですよ」
「馬鹿な! 名前は一緒でもジゼルとは似ても似つかないっ!」
「ええ、母上。ジゼルほど美しい、愛しい人はもうどれだけ待っても現れないでしょうね……当たり前です。ジゼルは、俺の……ただ一人の、特別な人だった……」
ジゼル以外だったら誰でも同じだ。その辺に落ちているゴミよりも価値がない。この男だってジゼルと同じ名前と言う以外何の存在価値も無い。ただ黙っていろと言って、誘拐してきた。ただジゼルと言う名前が呼びたいために。
自分の妻はジゼル、と言う名前以外許せない。系譜にはブランシュの妻はジゼルと乗せる以外有り得ない。
「分かっているのだったら、不幸になる結婚なんかっ!」
「母上……俺はね、ジゼルに裏切られたときから、もう幸せじゃないんです。だから誰と結婚しても一緒で、せめてジゼルという妻がいて欲しいんです。俺の妻はジゼル……ジゼルが俺の妻だと言いたいだけなんです」
顔も性格も魔力もどうでも良い。ただジゼルという名前だけが欲しかった。
「今日からこの心底どうでも良い男が俺の妻ジゼルです。たった一度だけ紹介してもう会うことはないでしょうから、顔も覚えておく必要はありません。今日から花嫁の塔に住まわせます」
こうして俺はやっとジゼルを妻にできた。
俺の妻はジゼルだけ。
そうだ。墓を今から用意しておこう。死んだらジゼルと今度こそ一緒に入れるように。
愛する妻ジゼルと永遠に眠ると墓標に刻んで。
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