「父上、母上、それに兄上たちも。何ですか? 急に呼び出して」
「まあ、座って一緒に食事をしよう。久しぶりだろう? 家族が勢ぞろいするのは」
朝、出勤前に突然両親から話があるので夕方食事を一緒に取ろうと連絡が来た。兄も結婚し、家族が勢ぞろいすることは確かに最近ではそう無かった。
「まあ良いですけど……」
両親は非常に仲が悪く母は常に父をいびっていたが、家族としてはそれなりに仲の良い親子だった。ただブランシュにとって憧れの家庭かと言うと非常に疑問が残る夫婦であり、幼い頃はうるう年の一回で出来たいらない子なんだと悩んだ事もあった。
「その……最近、ジゼルとは話はしているか?」
「……いいえ? 仕事が忙しいみたいで、なかなか会えないのが寂しいですが。ですが上手くいっていますよ」
そう、ブランシュの誕生日にジゼルはその純潔をプレゼントしてくれたのだ。初夜は結婚した後でないと駄目だと至極まっとうだが、ブランシュにとっては非常に辛い拒絶を何度もくらっていたが、あの夜は違った。
もうどれほど強請っても結婚するまではしないからと言われたが、それでも良かった。たった一度だけでもジゼルを自分の物にできて、もう何があっても何年かかっても初夜まで待つ覚悟は出来た。
だってジゼルはもう自分の物なのだから。
何度か分からないほどあの夜のことを思い出し、少しもあの夜のことは色褪せない。
ジゼルの一族の持つ色合いよりも淡い金髪の髪に何度も口づけ、その身体を貪った。男を知らない純潔の身体はブランシュを初めは拒絶したが、それすら征服欲をかき立てさせた。
「そうか……上手くいっているのか……」
「ええ……どうしましたか? 母上、何か変ですよ」
母ははっきり物事を言う。こんな奥歯に挟まった言い方をする人ではない。しかも心なしか顔色が悪い。
「母上、はっきり言ってやるべきです。何も知らないままではブランシュが可哀想だ」
「でも……少なくても明日まではブランシュに言わないでくれって頼まれているし」
「ブランシュも知る権利がありますよ」
「一体何なんですか? ジゼルに何かあったんですか?」
自分に関することで、ここまで家族が一緒になって黙ることなどジゼルのこと以外考えられない。ブランシュにとってジゼル以外はどうでも良く、それ以外のことで悩む事などないのだから。
「……ブランシュ、よく聞きなさい。ジゼルから婚約破棄の申し入れがあった。彼には他に結婚したい人がずっと前からいたらしい。今日、結婚式を挙げるらしい」
「……冗談でしょう?」
ジゼルが結婚?
ジゼルが結婚するとしたらそれはブランシュと以外ありえない。だってジゼルは自分に純潔を捧げ、抱かれたのだ。他の誰と結婚するというんだろう。
「残念ながら冗談ではない。正式に婚約破棄の申し入れもあった」
「ブランシュ、落ち着いて。可哀想だけど、ジゼルはブランシュのことを好きじゃなかったんだ。言い出せなかった気持ちも分かるよ……ブランシュはジゼルのことが好きすぎて何も見えてなかった。ジゼルが恋人の事を心配して言い出せないのも分かるし、何度も断わられたのにこちらが強引に話を進めた感もあったし……」
「止めろ!!! それ以上言うな!!!!!」
強引に話を進めた?
だって仕方がないだろう。愛しているのだから。
好きな人はいないって言ったのに!!!!
妻になってくれるって言ったのに!!!!!!
自分の物になってくれたはずなのに!!!!!!!
結婚できると思わせて、こんな裏切りをするくらい嫌いだったのだろうか?
「ブランシュ、母上たちはお前に何もかも終わったときに真実を告げるつもりだった。実際にジゼルにもそう頼まれていたしな。だがしかし、それでは余りにもお前が哀れで不憫だと思った。お前に知らないところで何もかも終わっていたなんて耐えられないだろう?」
耐えられるはずはない。
全てが終わってジゼルが他の男の物になっていても、ブランシュには過去を変える術はない。自分には長期にわたって時を戻す逆行魔法は使えない。数分なら問題なく出来るが、人生で一回だけできる逆行魔法に自分は恵まれなかった。だから時を戻してジゼルを自分の物にしなおすことはできない。
失ったら最後なのだ。
「行って来ます」
「待つんだ!ブランシュ……分かっていると思うけど、ジゼルの伴侶に無体な真似はっ」
ジゼルにブランシュが手を上げるわけはないと両親は思っているが、ジゼルの恋人へは違う。
殺しても殺しても飽き足りない相手だ。なのに……
「何も手出しはしませんよ……したくても」
そう、ジゼルは分かっていた。分かっていたからこそ、あの夜その身体を差し出した。そして保証を得た。
なんて、なんて……
「ブランシュ……泣かないでくれ。可哀想に……」
母にギュっと抱きしめられたが、その体温も何も感じなかった。
全身が凍り付いているようだった。ジゼルの裏切りに。
ジゼル、愛している。愛している。こんなにも愛しているのに、ジゼルは自分を弄んで捨てた。
愛しすぎて、愛が憎しみに変わるという意味を知った。
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「僕もいたけど、空気を読んで黙っていたよ」BYユアリス
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