「ブランシュ……メリアージュ、出ていくんだってさ……」
「それは……父上たちが号泣するだろうな」
「だよな……」
「でも、結婚できるメリアージュが羨ましい。俺は……今すぐにでもジゼルと結婚したい」
「ブランシュ……待たせているのは分かっている」
けれど俺にはもっと待たせている恋人がいるんだ。
ブランシュには結婚できると思って期待を持たせているのを悪いと思っている。きっと真実が露見したらどんなに恨まれるだろうか。
俺は仕方がないと思っている。それだけのことをブランシュにしてしまっているんだから。
けれどフリッツは何も悪いことはしていない。逆に俺の優柔不断な対応の被害者なのだ。
だけどブランシュの憎悪は俺ではなくフリッツに向う可能性が高い。
俺になら良い。俺なら自分で自分の身を守る事ができる。
だけどフリッツをブランシュから守り通せるかは自信はない。
だからこそこうしてブランシュの婚約者を続けている。
「だけど……怖いんだ」
「怖いって?……俺はジゼルを怖がらせるようなことをするつもりなんかっ!」
「お前の愛が怖いんだ!……俺も一族の血を引いている。狂った愛で愛する人を壊す様を見て知っているんだ。俺は良いよ……でも、俺の大事な人……ローラや家族や友人に何かがあったらと」
「俺がどうしてローラたちに手を出すんだ?」
「お前だって知っているだろう? 俺たちの先祖を……誘拐して閉じ込めて、それでも足りずに花嫁の愛する故郷を破壊したり、残してきた恋人を甚振ったり……」
俺もブランシュも酷く醜くて傲慢な血を引いている。
「俺が……そう、すると思う?」
「そういう血を引いているから……俺もお前も……だから、もし結婚して、そうなったらと思うと怖いんだ」
俺がフリッツと結婚したら……それでもお前は今みたいに穏やかでいてくれるか?
「ジゼルは母上みたいな心配をするんだな?」
「……オーレリー様と同じ?」
「そう……母上も俺や兄上が愛に狂ってしまったらどうしようって、良く心配しているよ。愛する人に出会ってら優しくしなさい。決して欲望のままに欲しがってはいけない……愛されなかったとしても奪おうとしてはいけないって……だから、俺は……ジゼルに愛されなくても……一緒にいてくれるだけで良いんだ。ジゼルが他の誰も愛されないでいてくれるなら……俺は……っ」
ブランシュは泣きそうな顔をしていた。
愛されなくても良いなんて嘘だとその顔が物語っている。本当は愛されたいはずだ。
「ジゼルに無理を言って結婚してもらうんだから……俺はっ…絶対に、ジゼルを傷つけたりしないっ……ジゼルが苦しむようなことはっ……誰も傷つけたりしないように頑張るからっ……だから、何も不安に思わないでくれ」
「ブランシュっ」
ここまで思われているのに、俺はブランシュを裏切っている。
ブランシュを愛せればよかったのに。どうして愛せなかったのだろう。
「そこまで愛してくれて……ありがとう。でも、その愛を形にして見せてくれないか?そうすれば俺はきっと安心してお前の物になれるかもしれない」
そしてブランシュの愛を利用しようとしている。ブランシュの純粋な想いを。
「形?……どうやって?」
「誓約の誓にして……俺の大事な人たち……俺への愛のために他人を傷つけないようにって、誓ってくれ」
ブランシュには予知も跳ね返されてしまう。これはたぶん俺の魔力値の元がブランシュよりも低いからだ。ブランシュには俺のどんな独自魔法も通用しない。ただ魔力の低い高いに関わらず、絶対の効力を持つのが誓約(制約)の誓いだ。誓約の誓を立てることで絶対的な制約を持つ魔法。
「……ジゼルが望むなら何でも誓うよ。そうすれば明日にでも結婚してくれる?」
俺が結婚を戸惑うのはブランシュの重い愛への恐怖だったとすれば、この誓約魔法によって結婚を阻害するものは無くなる。
「……まだ駄目だ。約束だっただろう? ブランシュが俺と同じくらいの大人で隊長になったらと」
「分かっているけど!……ジゼルが目の前にいてっ、俺は自分が何時まで我慢できるか自信がないんだ! ジゼルを何時か無理矢理抱いてしまう気がして」
「俺はお前からでも自分の身を守ることくらい」
「分かっているよ! 俺が限界なんだっ!……ジゼルを俺の物にしたくてっ抱くたくてっ……何でも誓約をするから代わりにジゼルをプレゼントして?」
ブランシュが縋り付いて来る。俺よりも子どもなのに身体はとっくに大人で、俺よりもずっと大きくなっていた。当たり前だ。もうとっくにブランシュは成人しているのだから。俺が成人になった時、同じようにすがり付いて結婚して欲しいといってきた10歳の頃とは違う。
「婚前交渉はっ」
「一回だけだっ! 今夜だけだからっ! 今夜だけ……今夜だけ、ジゼルを俺の物にしたい。そしたら結婚するまで何があっても我慢する。ジゼルを俺の物のできた思い出で、ずっと待つから!」
ブランシュにフリッツのことを話すつもりで来たんだ。ブランシュに抱かれるわけにはいかない。
ブランシュから誓約の言葉を引き出した後で、婚約を破棄するつもりだったのに。ブランシュは俺への愛のために何でも誓うといってくれたけれど、引き換えに俺が欲しいと言う。
「結婚まで待ってくれないのか?」
「すぐに結婚してくれるんだったら待つ。でも、やっぱり今までどおり待たせるんだったら、誓約と引き換えにジゼルが欲しい」
今すぐの結婚か、または俺の純潔との引き換え以外で誓約を誓ってくれるつもりはないようだ。
どちらもフリッツへの酷い裏切りだ。
恋人と結婚するために純潔を捨てるなんて、普通なら考えられない事だ。俺だって婚約者とはいえ仮初と思っているブランシュに抱かれることなど考えた事も無かった。
しかし、この身を引き換えにすることでしかフリッツの安全を確実にすることができないとしたら。
「……ブランシュ。ここは外だ……お前の部屋へ」
「ジゼル!? 本当に良いのか!?」
「誰にも、今夜のことは内緒にできるか?」
「誓うよ! 誰にも言わない! 俺の胸の中にだけ大切にしまっておくから!」
俺はとても不実なことをしようとしている。まるで身売りだ。フリッツの身の保障のために、自分の身体で交渉をした。
この国ではありえない職業の男娼とどう違うのだろうか。俺はこれでも公爵家の一員で、誇り高い騎士のはずなのに。
ブランシュに服を脱がされ、性急に求めされるままベッドに横になる。
恋人を裏切る罪悪感は確かにあった。本当なら俺はもうブランシュ以外と結婚はできない身体になるんだ。
フリッツと結婚するためにブランシュに抱かれる俺は狂っているとしか思えない。
ただ一つ言い訳をするのなら、これはフリッツのためだけじゃない。勿論一番の目的はフリッツの身を守るためだ。
けれどこれほど俺への愛を捧げ誠実な想いを見せてくれているブランシュを、俺は捨てる。そのお詫びに俺は純潔をブランシュに与えようとしているのかもしれない。
ブランシュは一夜の思い出をずっと胸に閉まっておくと言った。
「ジゼル、愛している。ああっ、信じられないよ。俺がジゼルを抱いているなんてっ」
身を裂かれる痛みはどんな高い魔力を持っていたところで避けられない。ただ、嫌だとは思わなかった。愛していないけれど、ブランシュに触れられることは辛くはなかった。
「愛している、愛しているよジゼル。一生愛するからっ」
俺はブランシュに純潔を捧げた。
「ブランシュ……忘れないでくれ。お前は俺の初めての男だよ」
だから許して欲しい。俺がこれからすることを。お前をどんなに傷つけるか分からない。
でも今夜の思い出があれば……お前は、何も得られなかったわけじゃないと許してくれるか?
「一生忘れないよっ。愛している、大好きだジゼル。ジゼルのために誰も傷つけないよ。愛している、愛している」
ブランシュ。ごめん、ごめん。
こんな酷い俺を許してくれ。
できればブランシュを愛してくれる人を見つけて欲しい。
とても幸せそうな顔で俺を抱くブランシュを見ながらそう願った。
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