自城に戻るとブランシュに抱きしめられた服を脱ぎ捨てて、何度も口付けられた唇も何度も洗った。
ブランシュが汚いと思っているわけではないが、自分がやっていることは余りにも利己的だと分かっていたからだ。
汚い事をしている、そう分かっているけれど。

「ジゼル、帰ってたんだね」

「ローラ、ただいま」

「唇が赤くなっている……またブランシュとキスをしたの? そんなに嫌なら拒絶すれば良いのに」

ふて腐れたように俺のすることに意義を唱えて、抗議をしてくるのは何時ものことだった。

「何でもかんでもローラの思うように簡単に事は進まないんだ」

「でもおかしいよ! 好きでもない人と結婚しようと思うことが、そもそもの間違いなんだ!」

ローラは俺の双子の兄だった。同じ腹の中で育ち、同じ時を過ごしてきた。
だが外見も性格も、そして魔力も何もかもが違った。
本来、双子は生まれないものなのだ。俺はこれまで生きてきて、双子を見たことは自分達以外にはいなかった。それほど生まれにくい存在だ。
いや、平民にはいるだろう。だが貴族階級には少なくても俺たち以外には存在していない。
母の胎内の中で、双子として生を受けたときから激しい生存競争が起こる。それは意識したわけではないのだろうけれど、二人のうち魔力の高いほうが魔力の低い片割れの魔力を吸収してしまい、結果一人しか生まれない。
こうして俺とローラが生きているのは、元々魔力が高いこの公爵家の血筋に生まれたからだろう。俺がローラの魔力を吸い尽くす前に、誕生することができた。
そのせいでローラは公爵家の直系に近い血筋としてはありえないほど魔力が低い。父の弟であるメリアージュも三兄弟の中では魔力が低いだけであって、普通に見れば高い魔力の持ち主だ。だがそれでも低いと思われるのに、ローラの魔力は中級貴族ほどもないのだ。

これがローラと俺との結婚問題を更に難しくさせている点だった。

広大な公爵家の領地は有り得ないほど、広い。普通の国では一国で数百の貴族で領地を分け合って治めているというのに、この公爵家はその普通の国の何倍も領地があるのだ。結婚した子どもたちに領地を分けていくが、それでも間に合わないほど領地が有り余っている。
公爵家の次男だった父も普通の国一国分以上の領地を強制的に分け与えられたが、子どもたちは俺とローラだけだ。当然二人で分けることになるのだが、ローラではとても領地を管理することはできない。俺なら問題はないし、次男となっているがローラの魔力が余りにも低すぎるのでローラが次期当主になるとは誰も考えていなかった。
俺もローラの分の魔力を奪って生まれてしまったのでローラの分も働くのが当然と思って生きてきたので、兄が自由に生きるのは構わない。

俺がローラの抗議に黙っているのを見ると、少し消沈してごめんと言ってきた。

「ジゼルだって好きでブランシュと結婚するんじゃないよね。僕がこんなだから……」

「ローラのせいじゃない。俺がローラの魔力を奪って生まれてきたせいだろ……俺こそ、ブランシュのことを上手く処理できなくて、何時までたってもローラが結婚できない……ごめん」

だから普通に考えれば魔力に長けている俺が父のあとを継ぎ、俺の息子がまた跡を継ぐのが流れといって当然なのだ。そうすればローラは自由に結婚できるはずだった。それを難しくしたのはブランシュだった。
8歳年下の従兄弟がどうしても俺と結婚をしたいと言い出したときから嫌な予感はしていた。
子ども言う事だからと言うには、俺も両親も親族も、そんな生易しいものじゃないことは察していた。
公爵家の男がこれまで好きになった相手を諦めた例がないのは、同じ血筋として思い知っている。まだ子どもだからと思いながら18歳にブランシュがなった時に、正式に話し合いの場を設けることになった。

今も後悔しているのは、俺は結婚しようと思えばもっと早く結婚できたのだ。俺が18歳の時だったらブランシュはまだ10歳だ。魔力が高くてもどうしようもなかっただろう。あの頃に身を固めていれば、今の状況は回避できただろうに、伸ばし伸ばしに曖昧なまま時を過ごしてきたせいで、今の硬直状態になってしまった。

初めは俺もブランシュとは年が離れているし、恋愛感情で好きになることは無理だから結婚は出来ないと何度も断わった。
勿論ブランシュのことを嫌いなわけではない。ブランシュは性格は穏やかで優しく辛抱強い。そして俺を一途に愛している。決して悪い男じゃないことは生まれた時から見ていたから知っている。ただ俺が愛せないのが悪いだけだ。

結局どうやっても俺と結婚すると譲らないブランシュを見かねて、ブランシュが隊長になったら結婚を勧めるということで一端は落ち着いた。ブランシュ以外誰もが感じている、ただの時間稼ぎだ。俺はブランシュと結婚したら今の地位を捨てることになる。
アルフ叔父が、ブランシュに隊長という地位を捨てさせるのだから、ブランシュが同じ地位まで上り詰めるまではと約束させたのだ。そうでなければ、結婚を拒否する俺と迫るブランシュの間で何が怒るか分からないと危惧したせいだ。
ブランシュも魔力が高いが、俺も負けないくらい高かった。たぶん、俺自身は公爵家の中では高いほうくらいしか本来は無かっただろうけれど、ローラの魔力を奪った分ブランシュに比肩するほど高くなっていた。
同じほど魔力が高いとどちらが夫で妻になるかは、どちらでも構わない。俺が夫になってもおかしくはないのだが、ブランシュはどうみても公爵家の血を引いた外見をしていて、俺はそうじゃない。だから俺が受け入れるほうを皆は想像するだろうし、ブランシュもそう思っているだろう。

「僕、気にしてないよ。ジゼルが好きでもない人と結婚しないといけないんだから……何時までも待つし」

ローラが結婚できない理由は、俺とブランシュの間では子どもは絶望的なところにあった。
魔力が同等では子どもはできない。どれだけ公爵家の人間が魔力が大きかろうと、いやむしろ魔力が大きいからこそ余計出来ないし、独自魔法を持っていても、二人の間に子どもは無理なのだ。
だからこそ俺はブランシュとの間では子どもは無理だから、将来的に子どもは欲しいからブランシュとは結婚できないという理由にもした。しかしそんなものブランシュにとってどうでも良いことだった。俺さえいれば子どもなんて要らないといわれれば、もうどうしようもなかった。

「だからって、もう何年もセドリックとの結婚を保留にしている……」

セドリックはローラの恋人で婚約者でもある。彼は一人息子でローラは嫁に行く予定だったが、俺が子どもが出来ないとこの家の跡継ぎ問題が起こってしまう。セドリックの家はうちほどではないがそれなりの家柄で、俺がいるのに婿に来いとはいえないし、二人の間に何人子どもができるか分からないし、ローラの魔力の事もある。

俺とブランシュとの結婚がどうなるか分からない時点で、唯一子供が残せるローラをやすやすと嫁に行かせるわけにもいかず、結果結婚が宙に浮いた状態が何年も続いているのだ。
俺とブランシュが結婚するなら、ローラは一族の男を婿に取ってほしいというのが両親の本音だ。

「セドリックも待っていてくれるもん」

「何とか早くブランシュとのことはケリをつけるから……早くローラが結婚できるように」

ローラを待たせているだけではなく、俺はもっと大事な人を待たせてもいた。


その日も、ブランシュとの逢引をしていた。
休み時間に会いたいと言われれば、断わることはできない。

今日はベンチに座りながら、激しいキスを何度もされた。

「ジゼルはどうしてこんなに綺麗なんだ?……同じ血を引いているとは思えない」

両親にも似ていないこの顔は、先祖返りだろう。実際に先祖の花嫁に一人の絵姿に良く似ている。要するに俺の顔はブランシュの、遺伝子に組み込まれた好みの顔なんだろう。
たぶん不幸な人生を送った人だろうから似ていても嬉しくはない。というよりも誘拐されてきた花嫁で幸せだった人は俺は一人しか知らない。祖母だ。祖母だけは花嫁の塔から出されて、その後メリアージュを産んで、今も仲良く暮らしている。
ブランシュはそんな祖父母の仲の良い時期だけを見て育っているから、祖父母のような夫婦になりたいと、よく言っていた。

俺さえ我慢すればそれは決して適わない未来じゃないだろう。

「もっとしたい」

「もうたくさんしただろ?」

何度も、毎日繰り返している台詞だ。

「あと何年も我慢できるか……自信がない。ジゼル……」

また捨てられた子犬のように、俯く婚約者に同じ事を繰り返すしかない。

「ケジメって分かっているけど……結婚は先でも、ジゼルを俺のものに早くしたいんだ」

「婚前交渉? 馬鹿な事を言うな。そんなものをしたらケジメだって言わないだろう。結婚前に性交渉をするつもりはない。今度そんな事を言い出したら、婚約を破棄する」

「ジゼルっ!」

「誠意のない男は嫌いだ……」

「ごめん!……早く出世して頑張るから!……ジゼル……婚約破棄だんなんて言わないでくれ」

すがり付いてくる年下の婚約者を宥めて、また仕事に送り出した。会話を聞いていない人たちからしてみれば甘い恋人達の戯れにしか見えなかっただろう。

「………ブランシュ様とキスしないでって、お願いしたのに」

「フリッツっ……見に来るなと言っただろう? ブランシュに一緒にいるところを見られたら」

「見られたらどうなるっていうんだよ!? 何時までも、僕は日陰の身なのかよ! 何時になったら僕のほうが本当のジゼルの恋人だって言えるんだよ!」

一応全てをはじき返すシールドは張ったが、そのシールドこそブランシュの疑惑を抱かせる切欠になりかねない。だからフリッツには出来るだけ会わないようにしようと、特に職場では近づかないようにと厳命してあったのに。

「今はまだその時じゃないって説明しただろう?……もう少し時が熟したら」

「その時って何時になるんだよ! 僕はずっと待っていたのに、待っていたのに婚約までされてっ! 誰も僕の存在を知らないっ! 仲の良いお兄さんにだって紹介してくれないっ! ご両親は無理でも、家族の誰にも僕の存在を知らないままで、これで恋人だって言えるのかよ! 周りは皆ジゼルはブランシュ様と結婚すると思っていて!……」

結婚を待たせているのはローラだけではない。真実の恋人すら俺は……

「それで、恋人は毎日他の男にキスされていて!……僕がどんな気持ちでいると思っているんだよ!」

「事情は説明しただろう」

「だったらせめて、ブランシュ様に触らせるなよ! 僕にもキスしたことがないのに、ブランシュ様には何度も何百回もキスを許しているなんて有り得ない!」

そう言われると何も言い返せない。言い返せないも何も、俺が悪いことは分かりきっている。恋人がいるのに、他に婚約者がいて毎日フリッツに捧げるべき唇を、ブランシュに許している。これが反対の立場だったら、どれだけ俺はその男に嫉妬した分から無いだろうし殺していたかもしれない。

「ごめん……辛い思いをさせて」

「そう思うんだったら、ブランシュ様にしたのと同じだけ僕にキスしてよ」

「無理だ。ブランシュに気がつかれる」

ブランシュは俺のまとう魔力に敏感だ。誰と接触したか、どれだけ注意を払っても感じ取る。偶然触れただけでも分かるのにキスをしたら、残滓の魔力に気がつかないはずは無い。

「ばれたって良いだろ! どのみちこんな茶番長く続かない! いずれはブランシュ様にも僕って言う存在を知ってもらわないといけないんだから!」

「ばれたらどうなると思っているんだ! 間違いなく殺されるぞ!」

そう、それは予知するまでもなく分かりきった未来だ。



***
ローラはロレンスとパトリックのママですよ〜



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