「ロベルト! どうしよう……クライスがいないんだっ!」

その朝の静寂はマリウスの声によって破られた。

「クライスが自分から帰ったわけじゃないな。この魔法の痕跡から見ると」

「じゃあユーリ隊長が?」

「それしか考えられないだろう?」

「連れ戻しに行こう!」

マリウスだけなら当然勝てるわけはないが(妊娠中でなくても)、ロベルトとアルフとオーレリーの三人いればいくらユーリ相手でも連れ戻すことができるはずだ。

「マリウス……お前の願いなら何でもかなえてやりたいが、無理だ。ユーリ隊長は何も悪いことはしていない」

「だって、嫌がっている妻を無理矢理連れ帰るなんてっ!」

「夫にはその権利がある。例え、今、クライスが監禁されていようが、無理強いされていようが、ユーリ隊長は違法なことは何もしていない。夫には妻を抱く権利があるからだ」

妻を監禁しても誰も文句は言わない。
妻を強姦しても誰も何とも思わない。

愛があれば何でも許されるのが、この国の法律だった。

「クライスが可哀想だよっ……俺だったら愛してもいない男に抱かれるなんて耐えられないっ!」

マリウスにとっては弟は何もかも完璧で、遠い存在だった。憎んだことすらあった。クライスがあれほど完璧ではなかったら、自分と同じように魔力も低く、何をやっても上手くできない人間だったら、両親に同じように愛されずに、仲の良い兄弟になれたかもしれないのにと。

そして完璧な夫を手に入れて、魔力の高い公爵家に相応しい息子を産んで、その完璧な人生をより完璧にしたかのように思っていた。

でも、そうじゃなかったと、愛してもいない男に抱かれ、子どもを産まされ続け、疲弊していたなんて。

「マリウス、仕方がないんだ」

「だってっ……こんな魔力の低い俺がっ……俺が、こんなに今幸せなのに、どうしてクライスは不幸なんだ? そんなのおかしい……」

「マリウス、お前が今幸せなのは、お前が俺を愛してくれたからだ。クライスが不幸なのは、ユーリ隊長を愛せなかったから。それだけの違いだ」

「じゃあ……ロベルトも今、不幸?」

「何でそうなるんだ! あのな、俺はお前の事を、誰よりも愛しているんだ。こんな美人で俺を愛してくれる妻がいてくれて、可愛い子どももいて、どうして不幸なんだ? 不幸なのはユーリ隊長だろう? 何をやっても愛が報われないから、ああなってしまっただけだ。誰にも止められない」

不幸なのはユーリだ、と言ったロベルトだったが、いや、別に不幸じゃないだろうと思いなおした。
愛する人が愛してくれないという感情はロベルトには理解できない。だって目の前にいる妻は、ずっと自分の事を愛してくれていたから。言葉にはしなくてもあの目を見てくれば、分かっていた。ずっと、愛して欲しいという目でマリウスはロベルトを見てきたからだ。
けれど、この美しい妻が他の男を愛していたとしたら。そんなことは考えられないのでやはり理解できない。ただ、それでも、この腕の中で抱きしめて離さなければ、決して不幸ではないだろうと思ったのだ。


********
「子どもたちに会いたい」

汗ばんだ腕に抱きしめられた俺は、そう夫に願った。
もう何日会っていないだろうか。もう今日が何月何日かすらはっきりしない。
ユーリに抱かれた後だけ思考がはっきりする。だから俺が願う願いは、子どもたちに会わせてくれということだけだった。

花嫁の塔から出してくれや、花嫁の媚薬を使うな、俺に触れるな、そんな願いは、言うだけ無駄だと判っていたので無駄なことは口にはしなかった。助けも誰も来ない事も分かっていた。来られても困る。
ユーリに勝てる人間なんて早々ないし、こんなイカレた男に関わらせるのも申し訳が無い。
兄にだけは申し訳ないと思っている。せっかく打ち解けてくれそうだったのに、俺のことを心配してくれていたのに、朝になったら夫に誘拐されていたのを発見したらきっと心を痛めているだろう。
それに子どもたちは俺が家出してからもう何日会っていないか分からない。

「会いたいのなら、俺を拒絶しないようになれば、会わせてあげるよ」

「拒絶なんかしていないだろう! 言う事を聞いている」

毎日、無理矢理花嫁の媚薬を飲ませれ、正気を保っている時間のほうが少ない。ユーリを欲しがる体はあっても、拒絶できる意思が保てていない。結果、ユーリを拒絶している時間など無かった。

「本心からじゃないことは分かっている。ただクライスはこの媚薬のせいで、俺の言う事を聞いているだけだよ……分かっているだろう? 本心では俺のことを嫌っている」

「嫌われるようなことしかしないからだろう?」

俺も馬鹿な事をしたと思っている。これまでのように、ユーリの言うなりになっていれば、ある程度の自由はあったのに。その覚悟もあって大人しく結婚生活を続けるつもりだった。そうやって一見大人しくし、言うなりになってジュリスとユリアを産んだ。
そうやって言いなりになっていれば良かったのに、俺にも限界値と言うものがあったのだろう。

「何をしたって愛してくれないって分かっているからだよ。愛してくれるんだったら努力をしただろうけど」

「なら、何で時を戻そうとしない? 俺に今愛されないんだったら、愛されるようにすれば良い……俺だって、こんな花嫁の塔に監禁されるよりも、お前を愛せたほうがきっと楽だった」

「もう、その魔法は使ってしまったって言っただろう? 公爵家でも時を戻す魔法は、5分以上戻す場合は一生に一度しか使えない」

何でもできるこいつらでも、一生に一度しか使えないという究極魔法がある。それが時を戻すということだが、ユーリはもうそれを使ってしまったと言う。

「お前が使ったのは、何でなんだ? 俺に死なれでもしたのか? こんなふうに監禁でもして、世を儚んで俺が自殺でもしたのか?」

「あまり思い出したくないんだ」

そんなふうに言って、一度戻したという、もう一つの俺の最後を教えてくれようとしない。ユーリが過去を戻すとしたら、俺が死ぬか、浮気でもするかのどちらかしかないだろう。
しかしそのどちらもありえない。俺は自殺するほど弱いとは思えないし、自殺をユーリが許すとも思えない。では浮気はと言うと、これもユーリがさせるわけはない。
可能性があるとしたら、俺がユーリに出会った時にもうすでに伴侶がいたのなら、俺が純潔である過去まで戻すということなら理解は出来る。

「嘘だな」

「クライス、俺がどうして嘘をつくんだ?」

「お前が、何かしらの理由で俺を失ったのか分からないが、過去に戻すのだったら、戻す時点がおかしい。何で、俺が隊長に惚れた後の時点で戻したんだ? 好きな時に戻すことが出来るはずだろう? 卑劣で狡猾なお前の事だ。俺が隊長と出会う前に、時を戻すはずだろう? それでもっと上手くできたはずだ。お前の副官にでもなるように配置するか、初めから婚約者としてセッティングするとかな。隊長に出会わない頃だったら、不本意ながらお前に愛の告白でもされれば、愛し返していたかもしれない。それくらいお前にだって分かるのに、何でわざわざ隊長を好きになった後に時を戻すんだ? 不自然だから、一度その魔法を使ったというのは嘘だ」

媚薬に犯された頭だったこれくらいのことは考え付く。
ユーリは時を戻す魔法は使っていない。これは、ユーリにとって一度目の現実だ。二度目じゃない。

ユーリは黙って、そうだとも違うとも言わない。

ただ黙って、俺を押し倒すと、強引に突き入れてきた。

「あっ…」

痛みは当然ない。もう何度も受け入れ、今日だけで何度ユーリに抱かれたか覚えていない。
ユーリの精を受け、頭ははっきりしてきたが、この身体はまだユーリを欲しがっていた。

ユーリは俺の手首を強く押さえつけて、何度も何度も挿入を繰り返した。俺もそれを歓迎するように、喜んでいた。身体だけは。

「どっちだって構わないだろう? これが一度目か二度目かなんて、はっきりさせたところで、何の違いがある? クライス、クライスが永久に俺の物であることに、何の違いも無い」



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