俺が自由にできるのは後一日なのか……
ユーリが後一日といえば、一日なのだろう。
エミリオはエルウィンに頼んでどうにかしてもらえと言ったが、確かにエルウィンなら俺の味方になってくれるだろう。
そのエルウィンが動かす駒と言えば、隊長しかいない。この国でユーリと互角に戦えるのは隊長しかいない(同世代で)
しかし、隊長を動かしたらこの国が滅亡するかもしれない。二人の魔力がぶつかり合ったらとどうなるか分からない。

俺のわがままで、国を危険に曝させるわけにはいかないし、エルウィンは妊娠中だ。俺のせいで心労をかけるわけにはいかない。

「クライス、どうしたの? 顔色が悪いよ」

「何でもありません。兄さんこそ、もうすぐ出産なんだし調子はどうですか?」

「もう何時生まれても良いし、お義母様とおばあ様が気を使ってくれるから」

「そうですか。良い家族に恵まれて安心しました」

兄は家族に恵まれなかった。両親は言わずもがなだが、弟の俺だって兄が苦境にいたことに全く気がつかず、余所余所しかったのも俺を避けていたのも、兄のほうが魔力が低いことを引け目を感じているのだと思っていた。
両親が兄に精神的な虐待をしていることも気がつかず、そのせいで兄は死を覚悟して愛する人と一度だけ結ばれる道を選んだ。
ただ、そのお陰で、今の兄があるのかもしれない。これまでは身内に恵まれなかった人だが、今は愛する夫と可愛い子どもと、両親に可愛がられているようだ。とても幸せそうな満ち足りた顔をしている。

「兄さん……今日は、兄さんに会いに来たんじゃなくって、ここに滞在しているって言うオーレリー様に会いに来たんだ。俺と時間を取ってもらえるようにお願いできるかな?」

「おばあ様に?」

「はい」

オーレリー様はユーリの祖母なんだが、何故兄がおばあ様と呼ぶのか良く分からないが、兄の義理の母メリアージュと言う方の出産を見届けるためにこの城に滞在しているらしい。ちなみにメリアージュと言う人の情報で俺が知っているのはユアリス様のライバルでアンリ様の婚約者だったということだけだ。

「できれば二人きりで……」

「でももれなくおじい様もついてくると思うけど」

「アルフ様か……アルフ様なら一緒にいてくださったほうが好都合かもしれないから、一緒にお願いできないかな?」

と言うことで、オーレリー様とアルフ様とお話をする機会を作ってもらった。
勿論お会いしたことはある。結婚式や子どもたちが生まれると、ひ孫に会いにきてくださったからだ。しかし、親しくお付き合いをしているわけではない。個人的な話をするのは初めてだった。

「クライス、私たちに話しとは?」

「はい……こんなことをアルフ様やオーレリー様にお願いするのは心苦しいですが」

あのユーリを諌めてくれそうな人といったら、公爵家の人しか思いつかなかった。隊長はユーリが感情的になるので除外をし、両親であるアンリ様はユアリス様の言いなりだし、ユアリス様は僕の素晴らしい息子になにが不満なの?と言われるだけだろう。むしろ説教をされる。
ならずっと夫を避け続けてきたオーレリー様なら俺の気持ちを分かってくれて仲裁してくれるのではないかと僅かな希望をかけたのだ。今は復縁したそうだが、50年以上の長きにわたる不仲期間があったオーレリー様なら、と思ったのだ。

「………そういうわけだったのか。どうりでこう、俺の息子も孫もそろって両思いという珍しい現象が起こるわけないと思っていた。特にクライスみたいに完璧な妻なんてありえないってな」

「ユーリも私の仲間だったのか……孫ながら不憫な」

でも妻に愛されない仲間と言っても、アルフ様は今オーレリー様と蜜月の真っ最中と風邪の噂(公爵家の持てない男たちの、俺たちも老後に愛されるかもしれない仄かな期待)で聞こえてきたけれど。

「それでどうしたいんだ? 離婚……とは言っても、アルフはもう公爵家の当主の座をアンリに譲って久しいし、ユーリは実の孫だ。ユーリに不幸になるように積極的に動く事はできない」

「そこまではお願いするつもりはありません。ただ、家族の言う事だったらユーリも冷静に聞いてくれるかもしれませんし、お互いに少しでも良い解決方法を模索したいんです。今のユーリは聞く耳も全く持ってくれません。これぽっちの妥協もするつもりがないんです」

今のユーリはこれまでどおりの生活をして、俺が嫌がるのなら精神が破綻しようが言う事を聞かせる。強引に抱くし、どうしても拒否するなら強姦すると笑っているのだ。結婚前は俺を強姦し続けた男だ。嘘やはったりではありえない。

「だがなあ……ユーリがいったいなにを妥協するのか、クライスの話を聞く限り、俺たちが何を言おうが……何一つ妥協する気はないような気がするがな。あいつの性格はアルフ似じゃなく、どう見てもアンリに似たようだし。クライスはどこまで妥協できるんだ?」

「どこまでとは?」

「私の場合はうるう年に一回だった。勿論ユーリがそんな条件を飲むわけが無い。だから週に一回とか、それくらいの妥当な妥協で、ユーリの元には戻る気はあるのか? それくらいだったら仲介できるかもしれないが」

「それは……」

「要するに、結婚生活を維持する覚悟があって、私たちに仲介を求めてきたのか? ユーリを理解して愛するように努力できるか?」

「……ユーリを愛せる自信はありません」

「なら、愛していない男に抱かれ続ける覚悟はあるのか? 私の孫はそういう男なんだろう? お前を抱かない選択肢はないはずだ。俺とアルフのような家庭内離婚(うるう年に一回は復活)を期待しても無駄だぞ」

「あまりクライスを責めては可哀想だろう。だが、私もユーリの気持ちも分かるのだ。愛されていないということは悲しいことだ。だからユーリはクライスに色々無理を言うんだろう。愛されていたらもっと妥協もしようとするはずだ。嫌われているから、何をやってもこれ以上嫌われないと分かっているから、そういうことを言うのだろう。愛されていたら嫌われることが怖くなる。愛されたいと思って機嫌を取る。だがユーリはそれができない」

分かっている。ユーリは俺に一生愛されない可哀想な男なんだろう。だから俺を束縛しようとし、子どもを産ませようとする。

「私が、時を戻る魔法が使えたら過去に戻してあげるのだが」

「アルフの一回限定の魔法は俺のために使ってしまったんだ。私たちも老い先短いから、残っていれば孫のために使ってやったのにな」

「過去に戻ったってどうしろって言うんですか?」

「ユーリを愛せるように、道筋を立てて過去に戻してやった。クライス、お前の不幸はユーリを愛せない事だろう。愛せたなら、ユーリほどの男に愛されたならきっと幸せになれただろう。実際に兄よりも弟に先に会ったなら、兄ではなく弟のユーリを愛した道もあったのではないか?」

「……あったかもしれません」

隊長を知らなければ、隊長よりも先にユーリに出会っていたら。俺はユーリを愛したかもしれない。
誰も愛している男がいなければユーリの情熱に流された可能性は高い。

「孫もクライスの幸せになれる唯一の方法が過去に戻ることだと思うがな。正直、どんな仲介をした所で今のお前達が円満になる未来は想像できない。ユーリにとってだけ円満な未来ならいくらでも想像できるが……クライスにとってはそうではないだろう」

だからこそ、この二人に援助を求めようとやってきたのだ。俺は、ユーリがやろうと思えば、何も考えない意思のない人形にされてしまう可能性だってある。

「ユーリに頼むんだ。お前に使えるたった一度の魔法を使って過去に戻し、俺を惚れさせろって」

オーレリー様は一人でユーリと対峙するのが難しいのなら立ち会って説得するので、その方法を試してみろと言われた。

俺の未来はどう考えても不幸な末路しかなく、唯一の解決方法が俺がユーリを愛するようにすることだけか。
確かにユーリの魔法で妊娠産後はユーリのことが愛おしくて仕方がなく、幸福感に満ちている。偽りの自分ではあるが、あのころは何も悩む事がなくて幸せなのだろう。

俺たち夫婦はそんな解決方法しかないのが笑えて来る。普通は話し合いで少しはお互い妥協しあってというのがあるのかもしれないのに。それが俺とユーリの間にはない。俺が究極の妥協をして、好きになるという解決しかないというのだから。

「クライス………」

「え? 兄さん?」

オーレリー様とアルフ様が去ってから部屋で一人で考えていたら、兄が姿を見せた。何故か目が赤くなっている。
話を聞かれたと察しがついた。ユーリに話を聞かれないように、アルフ様とオーレリー様と俺とで三重に防御結界を張っていた。さすがのユーリもこの国で有数の魔力の持ち主が三人で張った結界は破れない。だから、油断をしていた。すぐ隣の部屋で聞き耳を立てているとは思いもしなかった。

「どうして盗み聞きなんか」

「だって、クライスが何かに悩んでいるみたいでっ……俺は頼りない兄だけど。相談もしてくれない、価値のない兄だけど、心配だったんだ」

「そんなんじゃないんです。ただ、ユーリのような異常な性格の男と兄さんを係わらせてはいけないし、もうすぐ出産するのに心配をかけるわけにもいかないと思って」

「……俺ずっとクライスは完璧なんだと思っていた。頭が良くって、魔力が高くって……出世も早くて、部下に慕われて……完璧な夫をつかませて、幸せなんだと思っていたのに。どうして……愛してもいない男と結婚して……」

兄は俺を思ってくれて泣いていた。

「そういうこともあります。誰もが兄さんみたいに、愛する人と結婚できるわけじゃないんです。歴代の公爵夫人なんて、もっと辛い目に会ってきましたよ」

「でもっ!……クライスは完璧なのにっ。幸せになれるはずなのにっ……」

「良いんです……そんなに気にしないんで下さい。ユーリのことを愛していないですが、そう不幸という訳でもないです」

兄と結婚してから立場が逆転したんだな。兄は結婚前は不幸だったけど、愛する人と結ばれて全てが上手くいき、俺は結婚してから幸せではなくなった。でも、それが兄にしたことへの罰だと思えば、たいした不幸とは思わない。

「愛する人と結婚できないなんて、そんな不幸なことはないよ! おばあ様の言うように、ユーリ隊長に過去を修正してもらってよ!……クライスが不幸になっちゃ駄目なんだっ……」

「兄さん……」




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