「エルウィンは隊長が毛深いと聞いたが、それは気にならないのか?」
と、エミリオが言い出した。何でもエルウィンの次兄であるエドガーさんは、毛深い一族というのに嫁いだそうで、とても毛深いそうだ。あの一族は毛深いから嫌われているそうだが、隊長やユーリの血筋にも流れているらしく、突発的に公爵家にも毛深い男が出るらしい。隊長も相当毛深いそうだ。
「男なんだから毛深くたって別に気にしませんよ」
「……うん、まあ潔いな」
「エルウィンの場合、異性愛者だから、男相手にすると毛深いのは当然っていう先入観があって……というか、隊長の変態さのほうに気を取られて、毛深いのなんてどうでも良いんじゃないか?」
個人的には、エルウィンがパイパンという噂を聞いて……確かめたことはないが、パイパンだから毛が無いことを気にしているのだろう。だから隊長が毛が豊富=男らしいと判断して気にしていないのかもしれない。流石に口を出してエルウィンがパイパンだから、隊長が毛が多いのは平気なんだろうとは言えないが……
「クライス様も平気なんでしょう?」
「え? 何でだ? ユーリは別に毛深くないぞ。まあ、普通じゃないのか?」
男ならあんなものだろう、レベルだ。気にした事がない程度だ。
「え? ユーリ隊長は普通なんですね。隊長の弟だから、毛深いのかと思っていました。それで、クライス様は毛深い男が好きなのだと思っていましたね」
「おいおい、どんなマニアックな趣味だよクライスは」
マニアックとまでは思わないが……そういうのが好きな妻もいるだろう。実際に兄は、ロベルトさんの胸毛にうっとりして……いや、何でもない。円満な夫婦にケチをつけてもいけないだろう。
「だって、クライス様って隊長のことが好きだったんだから、毛深いのが好きなんだと」
「……隊長の着ている服を思い出せ」
基本騎士が着ている服は、上官になればなるほど肌の露出が減っていく。
長袖の騎士服にブーツをはき、マントがあり手袋もあり、露出しているのは顔と首だけだ。毛深いのは判断できない。まあ、隊長はよく全裸でどうどうと浴場を歩いていたそうだが、俺は一緒の風呂に入ったことはなったし、隊長の全裸を見たことはない。
「まあ確かに全裸を見ないと分からないですね……じゃあ、クライス様は毛深いのが嫌いなんですか? ユーリ隊長が普通なら」
「………いや、実は毛深い男が好みなのは本当だ。隊長が毛深いのは知らなかったが、男なら俺は毛深いほうが男らしくて素敵だと思う」
「え? ほんとうなん」
「クライス………俺より兄さんのほうが好みだとでも言いたいわけか?」
「ユーリ、覗き見はマトモな男がすることじゃないな」
マトモな男じゃないのは今更だが、皮肉を言わないわけにはいかない。
聞いているのは分かっているが、隊長のようにしゃしゃり出てくることはなかったが、自分の悪口に敏感なんだろう。とはいえ、今まで俺がユーリの悪口を言っていても後でチクリと夜しつこくなる程度で、こんなふうに出て来る事はなかったが。
「ユーリ隊長って、本当に何時もクライス様を監視しているんですね」
「うちの一族の男はマトモじゃないのは多いから仕方がないだろう」
「まあそうだな。性格だけなら変態な隊長と陰険なお前と、どっちもどっちだが、外見だけなら男らしい隊長のほうが好みなんだろう……元々俺が好きだったのは隊長だし、まあ、それは仕方がないだろう?」
「ちょ、ちょっとクライス様! そんなことをユーリ隊長に言ったらっ」
「監禁されるだけじゃ、済まないんじゃないか?」
「どうせ監禁する気満々なんだろう? 人の人生コントロールをしようとして、お前みたいなのが夫だと思うと反吐が出る」
昨日、ユーリと盛大な喧嘩をした。
「隊長が夫だったら、俺ももっと心穏やかに生活できただろうに。隊長は少なくても人を思いやる気持ちを持っている……だからエルウィンに無理強いをしないだけの優しさがある。でもお前にはそれがないな」
「……クライス、それ以上俺と兄さんを比べると俺は何をしでかすか分からないから、それくらいにしておくんだ」
「おい、本当に止めて置けよ。怒ったらユーリは何するか分からないぞ」
「俺も怒っている。この男はな……産休にしていたはずなのに、勝手に除隊手続きをしていたんだぞ? 俺が自分の力で勝ち取った地位なのに、俺の許可も得ずに勝手に俺の人生を決めるエゴイストだ。もうついていけない」
三人も立て続けに出産をして産休と復帰を繰り返して実際に仕事をしていた時期は最近ではほとんどない。
しかし、仕事は俺にとって息抜きだったし、好きだった。妻にならなければまだずっと職務についていただろう。
ただ部隊に迷惑をかけていることも分かっていた。妊娠出産を繰り返してろくに仕事をできていない。副隊長代理をおいているし、部隊が回るように指示を出しているが、この先も妊娠させる気満々の夫がいるので、そろそろ中途半端な状態をはっきりさせないと後任にも悪いとは思っていた。
部隊には妻も多いので産休には理解がある。ただ、俺の場合は本来妻という立場ではならない副隊長という階級ではやはり不都合も多い。
だから子どもたちのことも思って、きちんと区切りをつけるべく退職届を出そうとしたら、もうユーリが退職手続きを勝手にしていたことが判明した。
「だけど、クライス。現実的に考えて、もう続けられないだろう? ユリアを妊娠中にそろそろどうするか決めて欲しいとイアンから要請があったんだ。副隊長は……隊長は妻になったら辞任すると決まっているが副隊長はそうじゃない。けれど、副隊長までになって出産する場合は暗黙の了解で辞任するか降格することになっているだろう? 子どもたちも多いから、もうこれ以上は無理だと俺は判断した。あの時のクライスには相談しても無駄だっただろうから、俺が判断して決めた。悪かったと思っているけれど、間違っては無い」
実際に俺は辞めるとは決めていた。そう判断せざるえないことをユーリも分かっていてそう決めたのだろうことも分かっている。
「俺の人生だ。お前に決める権利はない!……だから傲慢なお前は嫌いだって言っているんだ。隊長のほうがきっと」
「俺と兄さんを比べるなって言っているだろう! それだけは我慢できないっ!」
「……お前が自分の兄を愛していると知っていて、俺を手に入れたんだ。無理矢理な……だったら比べられてもしょうがないだろ? そういう人生をお前が選んだんだ……隊長の代わりにしてもいいといってのはお前だろ?」
「代わりにもしてくれないくせにか?」
そう、俺は別にユーリを隊長の代わりになんかしていない。好みは似ているが性格は真逆なのだ。顔は似ているが、隊長の代わりに出来るような男でもないし、しても仕方が無いと思っている。兄弟とはいえ別人なのだ。代わりに愛そうとなんて思ったこともなかった。
「すいません……俺達気まずいので失礼してもいいですか?」
「こら、エルウィン。ここでクライスを見捨てたら、二度とクライスに会えなくなるかも知れないんだぞ!」
「だって俺達がここにいたってユーリ隊長に勝てるわけないし、いてもいなくても一緒だと思いますよ」
「隊長を呼べ!」
「隊長呼んだらますます取り返しのつかない状態になりますよ! ギルフォード王子呼んでください! 魔法つかえなくなるからユーリ隊長も無茶は出来なくなります!」
「あいつらが本気出したらギルフォードの魔力阻害も太刀打ちできなくなるんだ! 隊長しかいない!」
「クライス、クライスもこんな男だと分かっていて、夫にしてくれたんだろう? アンジェは無理矢理だったとしても、ジュリスとユリアはクライスの意思で産んだはずだ」
「だとしても、今はお前と顔を合わせているのも嫌だ。別居をしたい……子ども達は俺が連れて行くから」
「クライス……さっきから言っているだろう? これ以上俺を怒らせないでくれ。これ以上怒らせたら自分でも何をするか分からない」
「そうやって何でも力で人を押さえつけようとするんだな……だから好きになれないんだ……お前と結婚をして幸せだと思えた日は一度もない」
正直な感想を述べるとユーリは悲しそうな顔を通り越して氷のような冷たい目をしていた。俺が散々隊長と比べたせいかもしれない。
「隊長に来てもらいました!」
「私もギルフォードを連れて来た!」
隊長とギルフォード王子を連れてこられても……隊長がいればユーリを抑えられるだろうし、ギルフォード王子がいれば簡単には魔力は使えないが、今日は散々ユーリよりも隊長のほうが良かったといった手前、火に油を注ぐだけだと思うが……
「どうしたのだ? クライスにユーリ」
「別に……ただの夫婦喧嘩です。兄さんには関係ありません」
「別居をしたいんです。今はユーリと一緒に生活することさえ苦痛なんです」
ただ、この二人が来た事でユーリのほうが勢力的に弱くなっている。だから魔力に物を言わせて俺に言う事を聞かせる事は不可能だ。
「何故だ? お前達夫婦は上手くやっていると思っていたのだが」
「そんなもの、俺が我慢して何とか表面上だけ上手く行っているように見せかけていただけです。俺も結婚したからにはユーリとずっと添い遂げないといけないと思っていましたし、子どもたちもいる……子ども達のために、俺はいい母でありいい妻であろうと思っていました」
子どもたちはユーリの子でも可愛い。子どもたちのためなら何でもしてやりたかったし、そのために父親であるユーリとも表面上は良い夫婦でなくてはいけない。そう思って、ずっとやってきた。
「……でも、もう駄目かもしれません。思い込みだけで愛してもいない男と、もうやっていけません……」
「クライス、俺が君を手放すとでも?」
「隊長、国王になったのだから離婚制度を作ってくれませんか? 俺のこの国で育ったので一生涯結婚したらその人だけと思って生きてきました……でも、正直、円満にいっている夫婦ばかりじゃないんです。離婚したほうが幸せな」
「いかん!!!!!離婚制度などとんでもない!!!!」
「そうだよ!!!離婚なんて、伝統を壊すような制度駄目なんだよ!!!!」
「……そんな制度があったとしても、俺はクライスを壊してでも離婚なんかしないし、離すつもりは無い」
こうやってこの国では結婚後、夫のことが疎ましくなっても離婚できないようになっているんだ。今までは結婚したからにはそれも当然と思ってきた。けれど、愛してもいないのに、何時までも結婚という呪縛で縛る事が正しいのか。
「取り合えず、クライス様も少し冷静になって一人でいたいでしょうし、ユーリ様も冷静に話し合える心情ではなさそうなので、少し距離を置いてはどうでしょうか?」
「エルウィンの所で世話になっても良いか?」
「え? 俺はいいですけど……でも」
ちらりとエルウィンがユーリを見た。
「駄目だ」
「なら、クライスは私のところで預かるから、もう少し冷静になって話し合えるようになるまでユーリ、お前もクライスから離れてやれ。クライスも時間を置けば怒りが収まるだろうから、な?」
しばらくユーリは黙っていたが、俺を冷たい表情で見つめた後、子ども達を抱き上げた。
「アンジェたちは連れて帰る。クライス……俺から離れようとすることが、どういうことか良く考えるんだ。良いね?」
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