ラウール様は旧国民から見れば、犠牲者だ。でもとても幸せそうにしている。
きっとノエルという誘拐貴族にとても大事にされているのだろう。
そして俺は……
「僕って……サンディを大事にしてこなかったのかな?」
ラウール様がいなくなった後、そんな声が降ってきた。顔を上げると思ったとおりの顔があった。
「僕、凄く大事にしてきたつもりだったけど……」
「お前の親族に聞いてみろよ。13歳で愛人扱いしていたことが大事に当たるのかって」
「愛人なんてつもりはなかった」
「でもお前の国では18歳まで結婚できないだろ? 俺が18歳になるまでにもし妊娠でもしていたらどうしたんだ? お前の国では私生児は認められていないんだろ? 母と同じように日陰の身分で、俺の国で私生児を産ませるしかなかったはずだ。違うか?」
「どうにかしたよ! 大事なサンディにそんな目に合わせるはずないよ!」
「でも、そういう危険があったのに、お前は後先何も考えずに俺を自分の物にしたがった! それが大事にするってことなのか? 貴族のお坊ちゃまだから、なんでも思い通りになると思っているんだろ! でも俺はお前の思い通りにはならない! お前が嫌いだ!!!!」
別にエレインのことは嫌いではなかった。両親に愛されて育ったエレインは、素直で愛らしい容貌の子どもだった。子ども心にこんな子とは世界が違うんだと、仲良くなんかなれないと思っていたけれど、エレインは何時も俺と一緒にいたがった。
俺とは違う愛に満ちて育ったエレインを嫌いにはなれなかった。今も、嫌いという訳ではない。
でも、どうしてもエレインを許して結婚なんかする気にはなれない。
「ごめんなさい……僕、僕、サンディに許してもらえるんだったら何でもするよ。ねえ、どうしたら僕を許してくれる?」
「許すだけだったら、今すぐ許してやるよ。その代わりもう俺の目の前から消えてくれ」
「無理だよ! 分かっていてそんな酷いこと言わないでっ! できないって分かっているくせに」
「許すだけで良いんだろう?」
「許して、僕を好きになって、結婚して欲しいんだ」
「要求が多すぎる……」
許すだけだったらすぐにできる。エレインが目の前にいなければ、どうでも良いことだからだ。これまでのことなんか。俺は前だけを見ていける。でもエレインがいたらそうはできない。
「ごめんねっ……でも、でも、僕サンディ以外好きになれないし、サンディに僕の純潔を捧げたし、サンディ以外に勃起しないし、サンディじゃないと駄目なんだっ!」
「俺もお前じゃ、嫌だ」
「サンディ……僕、今までサンディに魔法なんか使ったことなかったけど、僕ならサンディを閉じ込める事も簡単だし、サンディを快楽人形にすることだってできるんだよ。あの花嫁の塔に閉じ込めて、一生誰にも会わせないことだってできるんだ。でも、できればそんなことはしたくないんだ……僕に、そうさせないでよ」
エレインの魔力だったら俺を自由にすることぐらい簡単なのだろう。これまで俺を自由にしてきたのは、俺が自発的にエレインのものになって欲しかった、ただそれだけなのかもしれない。
「お前がそうしたんだったらしろよ。俺もそのほうがいいかもしれない……お前をより嫌いになれるし、軽蔑できる。どうせお前から離れられないんだったら、閉じ込めろよ。閉じ込めて快楽しか感じさせない、お人形にすれば良い」
俺ができる抵抗なんてどうせ、結婚書類にサインをしないことだけだ。それだってきっと快楽に狂ってしまえばサインをしてしまうかもしれない。こうやって愛人のほうがマシだと言い張るくらいしか俺にできることはない、無力な存在だって分かっている。
「……どうやっても僕を好きになってくれないの? 許してくれないの? 僕なんでもするのにっ……」
「何でもする? 本当か?」
「本当だよ! サンディが僕を好きになって、結婚してくれるんだったら何でもするからっ」
「なら、お前が13歳の時から18歳まで、俺を好きに抱き続けた期間……5年と数ヶ月の同じ年月だけ、俺を抱かないでいられたら、エレインを許してやるし、結婚しても良い」
「ほんとっ!?」
「お前の緩い股間が我慢できるのか、分からないけどな」
「僕我慢するっ……あ、でも……サンディが我慢できなくなっちゃうよ。花嫁の毒薬の後遺症が……あるし」
花嫁の毒薬は、男なしではいられなくなる薬だ。解除方法は、妊娠するか、男に抱かれ続けるかのどちらかしかないそうだ。
「エレインは、お前に抱かれないと駄目と言っていたけど……実際は、男なら誰でも良いんだろう? 禁断症状が出たら、他の男に抱いて症状を抑えるから、お前はそれを見ていろ。他の男に抱かれ続けて、他の男の子でも身篭るかもな? それでもお前は約束した期日、俺の抱かないままでいられたら、その時は約束どおり、辛抱強いお前と結婚してやるよ」
酷い提案かな? でも、エレインがそんな提案呑むはずないって分かっているし、結局俺はどうやっても俺から自発的にエレインを愛する事はないって教えてやりたいんだ。
他の男に抱かれても黙ってみていられるほど、犠牲を払うことができるんだったらまた違うかもしれないけど。
「……無理だって分かっているんだよね? 僕がそんなことできるはずないってっ……そんなに僕が嫌い!? 僕が許せない? ねえっ!?」
エレインが泣きながら俺に圧し掛かってくる。
コイツは綺麗な顔をしてかなり背が高いし、体重もそれなりにあって重い。
「昔からっ……サンディは平気で僕以外の男に抱かれるって言ったり、しようとしたりっ……僕だってそのたびに物凄く傷ついてきた。想像するだけで胸が切り裂かれそうになるんだよっ……僕の国の出身だったら、一度でも抱かれたら嫌いな男でも、その男の操を捧げるのにっ」
エレインが早急に俺の身体を開いて、交わってくる。
「ねえ、やり直しをしたら、良いのかな? 13歳の頃、僕がサンディを抱かないで、18歳になるまで大事に大事に見守りながら待っていたら、サンディは僕を好きになってくれるかな?」
「……っ……知らないよ。そんな仮定の話をされたって」
エレインが俺に手を出さないで、好きだと言われて、18歳になったら結婚してくれと言われていたら……俺はどうしただろうか。男娼とその買い手という長年の観念があったから分からない。その時どうするかなんて、今更言い出しても仕方がないとしか思えない。
「サンディ、僕ね、生涯でたった一回だけ時間を戻すことができるんだ。今から、時間を戻すよ……時間を戻して、サンディに嫌われないようにずっとずっと、好きだって言って、サンディに好きだって言ってもらえるまで、指一本触れないよ。好きだって言ってもらえても、18歳になるまで絶対に抱かないようにする。やり直そう?……僕が間違えてしまったから、次は絶対に間違わないから、僕を好きになって?」
「……お前凄い魔法使えるんだな?……でも、お前、親に好きだって言えない様にされるんだろ?」
「……両親には事情を話して、言葉の制約を解いてもらうよ。その代わり下半身のほうはすぐにでも制約をしてもらう。それで、絶対にサンディを傷つけないようにするよ」
こんな覚悟をしてもやっはり下半身は弱いんだな、制約をしてもらわないと自信がないのかと少し笑ってしまった。
「俺、きっとお前に買われないと、他の男に体を売るぞ。お前黙って見ていてくれないんだろ? どうするんだ?」
「僕のお小遣いで良ければ、全部あげるよ。サンディにお嫁さんになって貰うまで、苦労させるけど待っていてってお願いするんだ」
「俺は、13歳のお前に養ってもらうなんてプライドが許さないと思うんだけど?」
俺はプライドだけは物凄く高い。だからエレインとは絶対に結婚しないと言い張っていたのだし、同じ歳の男に身体と引き換えにしないで金なんかもらえないはずだ。
「なんとかするから……今度は頑張るからっ……だから、お願い。今度は僕を好きになってね?」
……お金がない。13歳の俺が稼げるなんて、体を売るくらいしかない。
「サンディ! 僕のお小遣い使って」
「お前から貰う理由なんてっ!」
「だってサンディは僕の未来のお嫁さんなんだから、結納金だと思って受け取ってよ! 借金だってもう返済しちゃったんだっ!」
「勝手なことをするなよ」
「だって、僕サンディが好きなんだもんっ……お金を受け取ってくれないんだったら、僕の家に婚約者として行儀見習いに来てよ。家のことを覚えてもらったり、家事とかしてもらうんだ。勿論サンディの家族も一緒に、そうすれば家賃もかからないし。家のことをやって貰うんだから、お給料出したって良いでしょ? お母様のお手伝いをして?」
エレインは強引だ。7歳の頃から、俺のことを好きだと初対面で言い出して、将来僕が夫になりますと母さんにも言って、家族も玉の輿だとその気になっている。
でも、手も握ろうとしないし、俺の顔を見ていやらしい声をかけてくる大人みたいに、俺に何も求めない。
「俺、お前と結婚するなんて約束しないからな。お前の家にお世話になったって……」
「何年だって待つよ。サンディは僕のお嫁さんになる人だって、僕は7歳の時から分かっているんだから」
END
- 216 -
← back →