空気が凍るっていうのはこういうのだろうか、と思った。

「ど、どうして駄目なの?! サンディ! だって、サンディはずっと僕を愛してくれていたはずなのにっ!」

「そんな覚えはないんだけど……」

「ならどうして、僕に純潔を捧げてくれたの?! 僕を愛して、僕の妻になりたかったからだろう!?」

幾ばくかの金が欲しかっただけ。そう言おうと思ったけれど、流石にエレインの両親の前では言えなかった。

「愛してなんかいない」

「ならどうしてエレインに体を許したんだ!!!??」

「この国では結婚する人にしか体を許さないのかもしれないですが、俺の生まれ育った国ではそうではありませんでした。だから俺もエレインとしたことにそれほど重大な意味はありません。ごめん、エレイン……俺、エレインを愛していない」

そう、俺はエレインを愛した事はない。金がお互いの間になかったとしても、エレインと寝る=結婚なんて思わなかっただろう。

泣き崩れるエレインと父親とは反対に酷く冷静そうな母親が、俺にたずねてきた。

「……俺もこういう国で生まれ育ったから、一生に一人としか、しないのが当然だって思っているんだ。君は外国で生まれたから、まだこの国の風習が良く分かっていないんだろうけど、エレインと結婚しなかったら一生誰とも結婚できないと思うよ」

「構いません……俺は、自分でちゃんと稼げるようになって家族を楽をさせてあげたい。ただそれだけで、結婚なんてもう考えていません。それに、一度他人に肌を許したら……もう、一生、人を愛してはいけませんか?」

俺はこんな褒められたものじゃない暮らしをしていた。昔はそれなりに夢があったけれど、金で尊厳を売ってからはもう何も望んではいない。
エレイン以外と結婚できないのだったら、しない。

「……こんな俺でも一生の内、純潔じゃなくっても本当に愛してくれる人が見つかるかもしれないし、俺も本当に愛する人が見つかるかもしれない。結婚なんかできなくても良い……エレインとは結婚しません。だって愛していないから」

「酷い! 僕を弄んだんだ!!」

「なんて酷い仕打ちだ! エレインの純潔を奪っておいて、責任を取ろうとしないとは! この子はもう一生結婚できない!!! 私の可愛い息子があああああ」

「黙って下さい! 良いよ、俺もその気持ち分かる。俺も、昔、そう思っていたこともあった。サンディ君に無理強いをして結婚する事は許さない。エレイン分かったね?」

「嫌だ!!!! 死んでも諦めない!!!! 僕はサンディがいないと生きていけないっ!!!」

「エレイン!!! サンディ君に振られたんだ! 男らしく諦めなさい!」

エレインの母は本来だったらエレインの味方をするはずなのに、俺の言う事を聞いて俺の立場になって考えてくれていた。

「だって僕には分かる! サンディは絶対に僕の事を愛してくれていたはず! 抱けば分かるんだ! 僕を愛して、僕に抱かれるのが好きだったはずなんだ! サンディはきっと気後れしているだけなんだよ!!! こんな城に住んでいるって知って、身分が釣り合わないとか、身を引かないといけないとか奥ゆかしい事を考えているに決まっているんだ!!!!」

「違います……本当にエレインを愛していないんです。もう帰して下さい」

一度も俺はエレインに好きだとも愛しているとも言っていないのに、どうしてここまで思い込めるんだろうか不思議だ。

「そうだね。ごめんね、この子思い込みの激しい血をひているから……ちなみに、物凄く諦めの悪い血も引いていて、俺も出来る限りサンディ君の見方をしたいんだけど、魔力は到底この子に勝てないから……それにこの子の兄弟とか従兄弟とか父親とかはエレインの味方をすると思うから。孤立無援のような……」

「それにサンディは僕の子をもう身篭っているかもしれない! 僕の子もきっと僕の味方で、僕のために宿っていてくれているに違いない!!!」

避妊は……たぶんしてくれたことはなかったと思う。でも5年間一度も妊娠しなかったんだ。今さら急にするわけないと思うのと同時に、そろそろ妊娠したとしても何もおかしくないという不安が頭をよぎった。

「すいません……一度エレインと二人っきりで話したいんです。二人だけにしていただけませんか?」

エレインの父親はエレインを捨てるなんて許さないと怒っていたが、母が引きずって行って二人きりにしてもらえた。

とりあえず服を着てもらったので、改めて見るとエレインは本当に王子様みたいだ。何時も高価そうな服を着ていたけれど、それとは比べ物にならない衣服を今は身につけて、豪華なお城に住んでいる。

「どうして……何も話してくれなかったんだ? たくさん秘密にしていた事があったんだろ?」

「ごめんね。お母様がサンディの側で暮らすんだったら、18歳になるまではその……サンディに手を出さないように、魔力を一部封印したり、好きとは言えないようにしたり、身分を内緒にするようにって、制約を課せられていたんだ」

それはエレインの母から聞いていた。

「手を出せないようにって、出していたじゃないか?」

「……その……下半身のほうに制約をかけられたのは15歳になってからで。純潔を捨てれないようにって魔法をかけられたんだけど、もうその時には」

言葉の制約は7歳の時から。下半身の制約は15歳の思春期になった時にされたらしいが、もうすでに時は遅しだったことを皆知らなかったのだろう。

「18歳になったら、全ての制約を解いてもらったんだろ?」

「うん。だから、もう言えるよ……サンディ、凄く愛している。ずっと言えなかったけど、凄く凄く愛している。だから僕と結婚して?」

「断わったと思うけど……」

「でも、妊娠していたらどうするんだよ!」

「していない可能性のほうが高いし、そもそもそんな理由で結婚なんかしない。お前は俺を金でセックスを買っていただけだし、俺も金で売っていただけだ。さっきも言ったけど、お前を好きじゃないから結婚したくない。金銭でのやり取りだけだったのに、今さら恋愛関係を間に入れようとするなんてマナー違反だ」

「え?……僕、サンディを買っていたの?」

「何を今更」

「そんなつもりなかった! ただ、サンディがお金がなくって苦しそうだったから、僕は未来の夫として少しでもサンディの助けになれば良いと思って……サンディを金銭で買ったと思ったことなんて一度もなかったよ」

物凄くうな垂れてエレインは、そんなふうに思われていたなんて知らなかったと泣き出した。

「僕が魔法の制限がかかっていなかったらもっとサンディに色々としてあげれたけど、サンディの側にいるためにはあれくらいのお金しかあの時は自由にならなかったんだ。だけど僕が持っている物全てサンディにあげたかっただけなんだ。それで18歳になったら、制限がなくなって何でも出来るようになるから、今まで一杯我慢させていた分サンディに何でもしてあげたかった……僕、サンディを買うような男だと思われていたなんて……」

エレインは言葉が少なかっただけだったのかもしれない。勿論制約の魔法とやらで色々言えないことも多かっただろう。けれど、俺の国でお金を出してあげるといわれれば、売春契約が成立したも同然なのだ。好きだとも言われず、金を出すといわれれば俺がそう思って当然だと言う事を、この国生まれのエレインは想像もしていなかったのだ。

「この国の人って、18歳以下で性交渉しても良いのか?」

物凄くモラルに厳しい国ではなかっただろうか。婚前交渉はせず、結婚まで待ってそれから一生離婚もせずに愛し合うという、そういう風習だったはずだ。


「……ううん……未成年との性交渉は厳しく禁じられている」

「外国人とだったら、見逃されるのか?」

「………ううん……外国人相手でも、誘拐して来ても18歳まで待たないといけない決まり……になっている」

「お前、本当に俺が好きなのか?」

「好きだよ!! どうして疑うの!!??」

「本当に好きだったのなら! どうして18歳になるまで待てなかったんだよ!!!」

こんなモラルの高い国の出の貴族のくせに、どうしてエレインは18歳まで待たなかったのか。どうして13歳の子どもの頃に手を出したんだ。

「他の人たちは誘拐しようが何しようが18歳まで待っていたんだろ!? なのに俺にはそうしなかった! しょせん、俺なんてそんな存在だったんだろ!」

貧乏の国の貧乏の家庭の出で、俺なら規則を破って手を出しても構わないってエレインは思ったんだろう。実際に俺は金で簡単に足を開く、モラルとか程遠い人間なんだろうけれど。

「ごめん!……僕、股間が弱い一族の血が濃く出てしまったみたいなんだ。サンディが物凄く珍しい魔力安定型で、抱いても問題ないって分かったら、僕……どうやっても我慢できなくなって。サンディが余りにも綺麗で、一緒にいるとどうしても堪らなくなって……」

「良いよ……別に。俺だって、淫売なんだから。金をもらえれば誰にだってきっと体を許す男娼なんだ。でも、男娼は男娼なりにプライドがあるんだ。金を貰って体を売っても、結婚はしない」

「そんなふうに言わないでっ! 僕はそんな風に思ったことなんか一度もない!」

「でも、もうエレインとは寝ない。18歳になったら今まで払ってくれなかった分を請求するつもりだったけど、お前面倒な男みたいだから請求放棄するよ」

もう俺はエレインには関わりたくない。
こんな非常識でわけの分からない国の人間と関わりたくない。

「……でも、無理だよ。いくらサンディが僕の事を好きじゃなくても、サンディはこの二年間ずっと花嫁の毒薬を、ああ、毒薬って言っても毒じゃないよ。でも僕に抱かれないと我慢できなくなる、すごく依存性の強い媚薬をずっと飲んでいたんだ。だから僕の事が嫌いだとしても、サンディは僕なしではいられない身体だよ」

「……お前って奴は、綺麗な顔をしてゲスなんだな!」

ずっと不思議だった。エレインに抱かれたばかりの頃は苦痛ばかりで、エレインに抱かれる間は凄く辛かった。だけど、一度閉じ込められてずっと抱かれ続けてからは、エレインに抱かれることで快感を感じて、毎日のようにエレインに抱かれないと体が疼くようにすらなっていった。
全部エレインのせいだったんだ。

「サンディ、だって僕はサンディを愛しているんだ」

「だったら、俺は愛人になりたい。お前はずっと俺を買い続けるんだ。俺を抱けるけど、結婚もしないし、一生エレインは俺を手に入れれない。金で虚しく俺を買い続ければ良いだろう?」

きっと、俺を物のように扱ったエレインに対して、一番の復讐になる。それはそんな気がした。



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