「着物か……」

アンジェに唆されて着てしまった異世界の服。

「副隊長、あけましておめでとうございます」

「グレイシア、おめでとう。わざわざ新年のあいさつに来てくれたのか?」

「イアンも仕事に行っていて暇なんです……妊婦しているより仕事していたほうが楽しい……と一瞬思いましたが、変態の巣窟から出たくて妊娠したのに何で仕事懐かしがっているんでしょうね?」

まあ、気持ちは分からなくもない。仕事は好きなはずなのに、変な部隊になってしまった職場に行きたくないという気分は。昔は隊長がマトモでそれはもう統制の取れたしっかりとした部隊だったはずなのに、と昔を懐かしんだ。
隊長が隊長からイアンに代わったので、そういう事情もあってグレイシアがご機嫌伺いにやってきたのだろう。

「そうそう……新年早々、またエルウィンのやつ隊長を泣かしたそうですよ」

「何時もの事だろう……」

「まあ、そうですけど。けど、その着物という服で姫初めというエッチに持ち込もうとして、恒例の失敗をしたそうなんですよ。隊長も懲りないですね」

「なんだ、その姫初めというのは」

姫初めというのは、この異世界の着物を着ながら、帯という紐をクルクル?回して脱がして行き、新年度初めての交わりを着衣でするという訳の分からない儀式だという。

「……そんなどこの世界か分からない異世界の風習を持ち込んでどうするんだ?」

「何でもいいからエッチが隊長したかったんでしょう。それで姫初めという儀式がちょうどいいと思っただけでしょうが……まあ、副隊長は着物を着ていても、ユーリ隊長ならそんな馬鹿げた儀式しないでしょう」

ユーリは皆に誤解されている。紳士の見本と思われていて、旦那様にしたいナンバーワンまで貰ってしまっている。
どこが紳士なんだ? 洗脳してミルク飲んだり、破廉恥極まりないことを散々しているというのに。
外面だけは良いから世間はユーリは凄く良い夫に見えるかもしれないが、基本は隊長の弟と言う事を忘れてはいけない。
隊長がやりたがることは、スマートにやりたがるのだ。
隊長はへたれで変態的に要求しダメだしをくらい、ユーリはサラッと当然のように要求して強制する。

「……案外ユーリはそういうのが好きなんだ。そんな話を聞いたらきっとやりたがる」

「意外ですね……でも、まあクライス副隊長も喜んでしてあげるんでしょう? べた惚れだって評判なんですから」

こういう評判はいい加減にして欲しいが、じゃあ俺がユーリを好きじゃないと言えば、何で? となってしまい、今までの我慢が無になってしまう。全部子どもたちのためだ。子どもたちには強姦されて生まれましたという認識を持って欲しくない。だから俺がユーリのことを愛していると思われていても否定する事はない。

「……俺はノーマルなこと以外やりたくない」

ノーマルでもやりたくないんだが……それでもうちは隊長みたいに拒否されて終わりの家庭じゃないしな。ユーリがやるといったら決まりになってしまう。

「なら、こんなのはどうでしょうか?」

★★★

「クライス、ただいま……新年早々仕事は勘弁してほしいよ。でも、明日から休み貰ったからクライスとずっと一緒だよ」

夫であるユーリが戻ってきた。俺は天蓋ベッドの中にいるのでユーリの声は聞こえても、姿は見えない。あちらもまだ見えていないはずだ。

「クライス、もう着物脱いじゃった? 脱いじゃったらまた着て、俺と………」

「俺と? 何だ? もう半分脱いでしまったが、それがどうした?」

「……それ……どうし……」

「新年早々仕事をしてきた旦那様へのお出迎えだ。この着物とやらは、こうして脱いで見せるそうなんだろう?」

帯でクルクルする訳の分からない行事なら、帯なんて無ければ良い! という作戦だ。
帯が無ければユーリは脱がせられないだろう。そもそもそんな破廉恥なことをさせるくらいだったら、自ら脱いでおく攻撃だ。

「どうだ? ユーリ……この着物は似合うか?」

帯を締めていない着物。半分以上肌蹴て、素肌が見えてしまっている。きわどい所だけ布で隠して、新年の贈り物とグレイシアに押し付けられたガーターベルトと下着をはいて、ユーリに微笑んでみた。全てグレイシアがこうしろと言ったとおりにだ。こんなことをしたって無駄だと思うんだけど、と俺はやりたくなかったが、部下の癖にやるべきだと押し切られ、なんとなく言われるがまま行動してしまっている。

「すごく……似合うよ……どうしてっ…クライスはそんなにっ……綺麗なんだ」

「来いよ……姫初めとやらが、どうせしたいんだろう? やらせてやる」

どうせやられるんだったら、余分な事を省く作戦らしいが、上手くいくのか? グレイシア……

手を引いて隣に引っ張ってやるが、何時もの強引な手が降りてこない。

「クライスっ……どうしたの? こんな積極的になったことなんか……なかったよな?」

「ふっ……旦那様への新年のプレゼントだ。気に入らないか?」

何だ? ユーリの顔が赤い?……お前はこれまでさんざん強姦して、結婚してからも好き勝手していたくせに今更着物というのを着て、ちょっと迫ってやっただけで赤くなるのか?
もう三児の父親だろう。

「凄く嬉しいプレゼントだよ……クライス、三人も産んでくれたから俺のことが好きになってきたのかな?」

そんなわけがあるが。洗脳されている間は見る影もない俺だが、洗脳が解ければユーリのことなどこれっぽっちも愛していない通常の俺に戻る。心配していた淫らな身体というのにもならなかったし、三人で終わってくれれば何とか大丈夫なはずだ。

「クライス、もう四人目を孕ましたくなってきたよ……こんなに魅力的で綺麗で可愛いクライスが悪いんだ。今日は久しぶりに抱き潰したい」


結局、何時もの通り好き放題されただけだった。グレイシアの作戦にのって夫を誘ってみれば勝ちという訳の分からない作戦だったが、俺は何に勝てたのか分からなかった。
しかし、帯でクルクルというのはしなくて済んだといえば済んだ。俺の着物で誘う姿に負けて、姫初めという行事のことはすっかり忘れてしまったのだろう。とすれば勝利をしたといえばしたのか?
勝負に勝って負けたような気がしないでもないけど……

しかし毎回ユーリの先回りをして、自分から積極的にしていくのもなんか違う気がするし、夜の生活したくないのに自分から積極的にやるのも本末転倒な気がする。

グレイシアが最近、夫を転がす妻の見本と言われているようだが、皆が皆夫を手玉に取りたいわけではない。

転がしたくないような俺みたいな妻は……だってあんな男転がしてみろ。今よりも心労がたまるに違いない。俺は夫の機嫌を取るグレイシアみたいになれない。向き不向きがあるんだ。

最近奥様検定、奥様講座というのが流行っているそうだが、俺は不合格で良いんだ。




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