わが国にはたくさんの国から頼んでもいないのに新年の朝貢に各国がやってくる。
朝貢なんかしても滅ぼしちゃう時はサクっとやっちゃうので、何をやっても無駄なはずなのに、少しでも機嫌をとろうと毎年莫大な貢物を持ってくるそうだ。
そんな貢物は、王太子妃や公妃にも捧げられていた。
「これはある異世界から取り寄せた、着物という高貴な夫人が着るお召し物でございます。ぜひ王太子妃様や公妃様に着ていただきたく……」
と、色取り取りの着物が献上された。
「何だか新年から嫌な予感がするな……」
「クライス様もですか? 俺もです」
同じ兄弟を夫に持つエルウィンとクライスは、性格は全然違うが根本は似ている夫たちに嫌な予感を抱いた。
「お母様、そのお服、お母様にとてもにあうと思います」
「アンジェ、そうかな?」
「お母様はとてもきれいだから。お父様もお母様がうつくしくてじまんだって言ってました」
クライスは自分の息子たちに夫との仲が不仲だと思わせてはならないと、普段からとても努力をしていて、子どもたちの前ではとても中のよい夫婦を演じていた。しかし夫曰くいつも仲が良いよ、らしいが……
「ママ、ママもそのおようふく着て〜パパが着てほしいって言ってたよ!」
「ルカ……パパがそんなことを?」
「うん! ママが着たらとってもきれいだろうって! 着てあげて? 僕もママのきれいなおようふくみたい!」
エルウィンも子どもたちには不仲な姿を見せてはいけないと、子どもの言う事はつい聞いてしまう。
ここでパパのために着飾りたくない! とでも言おうものなら、ママはパパのこと嫌いなの? 仮面夫婦って何? となってしまうだろう。こんな小さな頃から両親が不仲で仮面夫婦をしていると知ることは良くないだろうと、エルウィンは子どもの前では必死に隊長のよき妻をしていた。
そのせいで最近隊長は子どもたちを使う事を覚え、子ども達の前でイチャイチャしようとしたり、キスを強請ったり、子どもたちを通じて頼む事を覚えた。
後でエルウィンに滅茶苦茶冷たくされるのを分かっていて、子どもたちを利用するのだ。ただ隊長にしてみたら何時も冷たくされているので、子どもたちを利用してもしなくても結果は同じなら、子ども達の前だけでも優しくされたい! という理屈なのだろう。
ともかく、長男たちにお願いされて着物を着る羽目になってしまったエルウィンとクライス。
★エルウィンの場合
「はあ、この着物っていうの、苦しいな」
「ママ、かわいい! きれいなの!」
「そう? ルカ、ありがとう」
長男のルカはだいぶしゃべるようになってきて口達者になってきた。年上の従兄弟アンジェがいるせいか、同じ年頃の子よりも話すのも魔法の使い方も全てが早い。
隊長に似ればハイスペックなので当然かもしれないが……隊長はあれでも機能だけは素晴らしいものを持っている。
俺に似たら可哀想なことになるので、スペック的には隊長に似て良かったはずだが……可愛い息子がいずれ隊長のようになってしまったら。
ルカの未来の恋はどう考えても前途多難にしか見えない。ルカが結婚したい相手は従兄弟のアンジェ君だ。アンジェが悪いわけではない。公爵家の出で王妃に相応しいだろう。
しかしアンジェは公爵家の跡取り息子で、そう簡単に嫁に来てくれとは言えないし、アンジェも父親似の莫大な魔力の持ち主で二人の間には子どもを持つことは無理だと分かっている。
子どもがいなくても良いなら結婚できるかもしれないが、王子がそれではいけないし、では次の王はとなったらサラになるが、サラも魔力は高いがルカほどではない。だからやはりルカが王位をとなると、可哀想な未来しか想像できないのである。
「そうだな、ルカの言うとおりだ! 私の妻は世界で一番きれいだ。こんな美しい妻を迎えられて私は世界一幸せだ」
「どう考えてもクライス様のほうが綺麗ですが……」
別に自分が不細工とか言う訳じゃないけど、うちの国は美形が多すぎる。中でもクライス様や義母であるユアリス様など、身近に綺麗な人が揃っているから……まあ、きっと隊長から見ればこんな俺でも世界一綺麗なんだろうな。
「それにルカやサラのような愛らしい息子も産んでくれて……できればもう一人欲しいんだが……」
「あ〜はいはい」
「ママ、僕ももう一人弟ほしいの!」
「サラがいるだろ?」
「もう一人って……ねえ、パパ?」
また隊長のルカを通してのオネダリが始まった。新年早々子どもみたいなアホなことをして。期待を込めたような顔で隊長は黙って俺を見ていた。
「ルカ、残念なんだけどね……パパの魔力が強すぎてママこれ以上赤ちゃんを産むと死んじゃうかもしれないんだ。それでも弟ほしい?」
「弟いらない! ママ死なないで!!」
「大丈夫だよ。パパがね、ママに触らなければ死なないよ」
「パパ、ママにさわっちゃダメだからね!」
「そ、そんなっ! 子ども達の前だけがエルウィンと触れ合える唯一の時間だったと言うのにっ!」
最近調子に乗っていた隊長をやり込めた。ルカが話せるようになってから最近ずっとルカの前で抱きしめたりキスしてきたり……
だけど、一瞬悲惨な顔をしたけれど、すぐに何か思い立ったような表情をした。
「ルカ、そろそろもう寝る時間だ。サラと一緒に寝なさい」
「ママと一緒にねたい」
「新年は夫婦で過ごすという王家の決まりがあるのだ。ルカも王子なら決まりを守らなければアンジェは嫁に来てはくれないぞ」
「はい!」
期待を持たせるようなことを言ってどうするんだ! アンジェ君はどう考えてもお嫁に来てくれないのに。子どものうちにアンジェ=お嫁さんという図式を忘れさせなければいけないのに。
「隊長……いくら言う事を聞かせたいからってアンジェの名前を出すのはやめてください! できればアンジェ君のことを忘れてもらって、別の子に恋をして欲しいんです。隊長がそんなアンジェ君を餌にしていたら忘れたくても忘れられないでしょう?」
「だが、われわれは一途だ! 一旦好きになったらどんなに幼くても忘れようは無い! 私だとてエルウィンに恋をした瞬間から、エルウィン以外誰も考えられなくなった!」
「……忘れたほうが良かったんじゃないですか? こんな鬼嫁で」
「鬼嫁だってエルウィン以外誰も好きにはなれない! どんな辛い目にあったとしてもエルウィンを愛して良かった! 愛している!」
どんな辛い目って……俺ってそんなに隊長を辛い目に合わせているのだろうか?
暴力を振るっているわけじゃないし、子どもも二人産んだし、妻としての役目は終えたはずだ。
騙されて結婚した妻として上出来じゃないだろうか?
そりゃあ、同じく騙されて結婚したクライス様のように夜の生活を送っていないし、クライス様のように覚悟を決めてあんな夫でも夫として扱っていない。
でも俺がやっていないのは夜の生活だけで、あとは王太子妃として二人の子どもの母としてちゃんとしているはずだ。
ただ、時々可哀想に思うときも無いわけではない。隊長もまだ枯れるような年でもないし、魔力も高いので肉体的に衰えることもない。
やりたいのは分かる。分かるけど……変態な夫を見るとどうしても答えたくなくなってしまう。
「愛しているんだ! エルウィンだけを……」
「隊長……」
今夜は変態なことを言わない。真面目だ。
どうしよう……年に一回くらいさせてあげようかな……
「エルウィン……異世界に姫初めという言葉がある」
「はい?」
「姫初めとは高貴な妻が新しい年になって初めて夫に身体を許す行事を言うのだ。この着物を着て、夫にクルクルとされて、着物を脱がされ、そして熱く交わる新年の行事っ ぐわっ!」
「死んでください!」
一年に一度くらいさせてあげても、と一瞬でも思った俺が間違いだった。隊長は新年早々、ただの変態だった。
「新年早々やることしか考えていない隊長は、下半身だけで生きている獣ですね!!」
「だ、だがっ異世界の行事でっ」
「ここは隊長の国で、隊長が国王になる国です! 異世界の知らない国なんて関係ありません! そんなに姫初めというのがやりたかったら、異世界に行って二度と帰ってこないで下さいね!!」
新年早々、恒例行事の廊下に出された隊長の姿が人々に目撃されたとか……
この国の新年の恒例行事は姫初めではなく、廊下に正座になった。
「どうしてなんだ? 新年くらい私にも良い事があっても良いはずなのに(つω・。)(つω・。)(つω・。)異世界にはお年玉という良い子にしていたらご褒美をもらえる風習があると聞いたのに」
隊長は一年下半身を良い子にしていた。
「……隊長、うちの国にある風習は誘拐です」
そして正座は続く。
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