まず、良識のある国でする教育。

どんな貴族、平民も学校に通っているものでする教育とか。

誘拐の心得である。

★ある学校の風景。

「まず、美人で魔力の高い男性に心得ていて欲しい事がある。ある日、突然、あの国の貴族が何も言わずに誘拐していくかもしれない。だが、間違っても抵抗してはいけない! 嫌がらず、大人しく誘拐犯を夫として扱い、よき妻、母となるように。絶対に、絶対に、故国に帰りたいとか、他に好きな男がいるとか、そんなことは口が裂けても言ってはいけない!」

「誘拐は罪じゃないんですか?」

「罪だが、あの国では罪じゃないんだ! いいか、良妻賢母になることは自らの身を守る処世術だ! あの国では変な薬があって、抵抗したり嫌がったりすると閉じ込められて、淫乱になる薬を使われて、男なしではいられなくなるようにされてしまうらしい」

「誰も助けに来てくれないんですか?」

「無理だ……」

「抗議はしてくれないんでしょうか?」

「まるっと無視されるか、抗議できないようにされるだけだ……最早殆どの国でも、抗議ではなく、こうやって誘拐される被害者に上手く処世術を学ばせて、何とか乗り切ってもらうしかないのだ……」

「えっと、良妻賢母になれば良いんですか?」

「それだけでは、実は不十分だという。あの国の夫はそれはもう妻一筋で、物凄く嫉妬深いという。出来れば、他の男などは一切見ず、外の世界に出ることもなく、夫だけをみて、夫だけを愛している振りをしなさい」


★ある貴族会議での風景。

「皆の者、学校で教育を徹底させているが、家庭でも教育を徹底させるように!」

「一応、誘拐されたら絶対に逆らうな、浮気はするな。国に帰りたがるな。連絡はするなとは言い聞かせていますが」

「それだけではいけない! あいつらは処女が大好物だ! もし、国に連れ帰って、処女じゃない事が分かったら、大激怒をして国を滅ぼそうとするかもしれん! だから、皆、貞操を守らせるんだ!」

この貴族たちは知らない。あの国の者たちは処女レーダーというものは本能に装備されており、処女じゃなければ連れて行かない。
本来なら、貞操を守らせる、ではなく処女でなくなれば誘拐もなくなるということを。

「分かりました」

「あとは処女好きでありながら、淫らな妻も好きらしい。各自、誘拐された際は夫を積極的に誘うように、性儀も学ばせるように!」

誘拐されることを前提に、教育をされる国なのである。

「何故、そこまでするのですか? 抵抗しないようにするくらいでも、構わないのでは?」

「いいや! 妻が国に逃げ帰ろうとすると猛烈に怒り滅ぼすこともあるらしいが、逆に良い妻となった者については、故国が危機になると夫が助けに来てくれるらしい。どうせ誘拐されるのなら、国の助けになってもらうのが一石二鳥だろう」

★ある軍隊での研修風景。
「不法入国者は問答言わず逮捕は当たり前だが、諸君、気をつけて欲しい事がある。それはあの国からの不法滞在者だ! 勝手に入ってきて勝手に花嫁を見つけて勝手に帰っていくのだから、見てみぬ振りをし、決して話しかけたり逮捕などしてはいけない!」

「し、しかし、どうやってただの密入国者か、あの国からの誘拐魔が見分ければよいのでしょうか?」

「ふむ……難しい所だが、密入国者はただの犯罪者だ。しかし誘拐魔は、身分が高く、明らかに魔力が高く、容貌は麗しく、一目でこれが誘拐犯と分かるだろう。特に腕の中に誘拐された美人でも抱いていたら、激しく無視をしなさい! 決して関わってはいけない!」

誘拐犯だってただの犯罪者だろうと皆は言いたかったが、どうやっても勝てるはずはないだろうから上官の言う事を聞いていた。

「そしてたまに、全裸で国境に倒れている貴族を見つけたら親切に介抱をしてやり、決して逮捕することなく見送るのだ。例え全裸でも、一目で魔力の高い貴族と分かるだろう?」

「何故、国境沿いに全裸で貴族が倒れているのですか?」

「分からん……分からんが、過去そういうことがあったと言う。とにかく、あの国の貴族らしき男を見たら見なかったことにするか、親切にするかのどちらかしかないんだ」


★ある外交官

「え〜ここに集まってもらった外交官候補生たち。ここで選別をしようと思う。まず処女で童貞の者だけ残りなさい」

「よし、残ったな。そして美人かイケメンのものだけ更に残ってもらおう」

「諸君、君達は選ばれた戦士だ!」

外交官候補生なのに、何故選ばれた戦士なのか理解できない者が多数だった。

「君達は、あの国に派遣される事になる!」

「「「「ええ!!!???そ、そんな!!!???」」」

「まず、未婚で童貞や処女じゃなかったら、あの国の国民ではないので処罰されることはないが、とても軽蔑された目で見られ、交渉の場にもつくことができない! 諸君はあの国にいる限り、貞節を誓ってもらおう」

「そんな! 私には婚約者が3人いるのに!」

「馬鹿なことを言っているな! 3人も婚約者がいるなど口が裂けても言うな! どうしてもというのなら、たった一人とだけ結婚を許可しよう。浮気もせつ妻だけを守っているということだったら、あの国で尊敬してもらえるからな。というわけで、貞節を誓うか、たった一人とだけ結婚するかを選んで、諸君にはあの国に赴いてもらう。そうそう、あの国で貴族に嫁にと乞われたら、祖国に婚約者がいようが、仕事があろうが何も考えずに嫁に行け! 決して断わるなよ! これは命令だ! 断わってみろ、二度と祖国へ足を踏み入れる事は許さん!」

この国で一番人気のない職業。それはあの国に派遣される外交職員である。
どれほど高額な給料を積まれても行きたくない国ナンバー1なのである。自ら誘拐大国最前線に行かなければならない。しかも一夫多妻浮気OKな国なのに、結婚をしないでいると童貞のままでいなければいけない屈辱。そして、妻はたった一人しか駄目という。

「行きたくない……」

行きたくないと言っても選考に残ってしまっては無理矢理いかされる羽目になる。数年に一度はあちらの国で結婚をして帰ってこない職員がいるが、誰も救出には勿論行かない。



★ある王家の風景。
「これまで誘拐されたのは王族が一番多いのだ。お前達は、常に誘拐されるかもしれない!と念頭におきながら生活をしなさい」

「あの国以外と連合軍を組んで、戦争をしかけたら勝てるんじゃないですか?」

「愚かなことを言うな! 王子ともあろうものが、戦争したら勝てるだと!? そんな夢物語みたいな事を考えるな! 勝てるはずはないだろう! 誘拐公爵一人だけで、全ての国が滅ぼされると言うのに!」

「でも、リエラは弱い国なのに、戦争を仕掛けようとしたって噂で聞きましたけど……」

リエラは大国ではない。むしろ、色んな国で領地を取られた弱い国である。その国の王族が王太子妃を誘拐したという噂が流れている。
普通だったらそんなことをしたら瞬殺だろう。

「あの国は、実は誤解されているが、一度も自分達から戦争を仕掛けたこともないし戦争もしたことがないのだ」

「そんな馬鹿な! どれほどの国が併合されていると思っているんですか!」

「あの国の国王陛下たちはとても温厚な方々で、戦争をして一般市民が犠牲になることに心を痛めておる。そのため、極力戦争をしないようにしておるのだ。色んな国が併合されたり滅ぼされているのは、部下の貴族たちの暴走なのだ……リエラのことも一部の貴族が暴走した演技らしい。リエラは上手く立ち回ったお陰で王子を一人、王族の婿にして、守ってもらう事に成功したのだ。お前達も、いずれ誘拐されたり、乞われれば婿に行くとしても、上手く立ち振る舞って祖国の利益になれるように努力しなさい」

「分かりました……僕は、王子としてきちんと学びます」



そんなふうに、国中であの国への対処方法を学ばせている国もある。

そして、一年に一度の国中をあげてのお祭りが開催された。

美男コンテストが開催されて、王家の者たちが審査委員をしておおいに盛り上がっている最中に事件は起こった。

「美男選手権1位は、この方です!」

一位の名が呼ばれ壇上に立った男を見た瞬間、怒声が響いた。

「有り得ない! 何故、こんな男が美男選手権一位なのだ! この男は処女ではないぞ!!!」

民衆たちは別に美男選手権に出る資格は処女とか関係ないんだけど、それに何で処女かそうではないか分かるんだろうと疑問に思い、その怒声の持ち主を見た。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ひ、ひいぃいいい」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

皆、教育が行き渡っていた。

イケメンすぎる容貌、明らかに高貴な出だと思われる佇まい、感じた事もないほどの高い魔力、そして何故か持っている処女レーダー探知機。誘拐貴族だ!!!!と初めて見たにも拘らず、誰もがそうに違いないと確信した。

その誘拐貴族様が一位に駄目だしを出しているのだ。勿論失格にしなければならない。

「そ、そうですね。処女じゃないので失格にしましょう……えっと、ではそこのお方、誰が一番一位に相応しいと思われますか?」

司会者は緊張していた。命の危険を感じるほど。だがこの司会者も教育が行き渡っていた。誘拐貴族に会ったら無視をするか、親切にし彼の要望通りに動く事だ。この状況では無視できない。だったら彼が納得する美男一位を選んでもらうしかない。

「勿論、そこの美しい人だ。そう、その私の花嫁になるべく生まれてきた貴方だ」

審査員の一人として、この壇上に上がっていた王太子に目線が注がれた。そしてまた、誰もが悟った。王太子殿下、浚われてしまうんだ、と。
生誘拐現場見ちゃったよ!と。

王様も涙目だった。たくさん妻がいて、ようやくできたただ一人の王子が誘拐されて花嫁にされてしまうのだと。いくら教育を施し、王子たるもの何時でも誘拐されても動じる事なかれと言い聞かせてきたが、いざ、となるとやはり渡したくはない。しかし、国王たる物……という心境だった。

そして誘拐貴族が王太子の腕に抱くと、転移していなくなろうとするのが誰の目にも分かった。王太子はお利口にし、少し強張っているが笑顔さえ浮かべていた。

「お、お待ちください!」

「ん? 何だ?」

目の前の息子を連れ去ろうとする誘拐貴族に思わず声をかけてしまった国王。民衆は、駄目じゃん、国王様! 何をしているの!という心境だった。

「何か、文句でも?」

「そ、その……その子は私のたった一人の息子なのです。その子を……」

「連れて行くなと? 私の妻だぞ?」

妻と言っているが、この貴族が現れてから連れ去ろうとするまで僅か2分。名前さえ名乗らないのに、すでに夫面だった。

「も、申し訳ございません。陛下はたったお一人のご子息の、その! 花嫁姿が見たいとおっしゃっているのです」

誘拐貴族の機嫌を害した事を気がついた家臣の一人は、慌ててそんな事を言い訳にした。ここで連れて行かないで下さいと言ったら、過去の例からして滅ぼされる!と誰もが思ったのだった。

「ふむ……結婚式の姿が見たいのか? しかし、早く連れ帰って初夜をしたいのだが」

いきなり初夜ですか!
まだお昼です!
と民衆はドン引きをした。

「しょ、初夜なら城ですぐにでも出来ます!」

「ベッドの用意をして差し上げろ!」

「貴賓室だ!」

「待て、気遣いは嬉しいが、国の法律で花嫁は自国で結婚した後に初夜をしなくてはいけないのだ。規則を破るわけにはいかない」

自国のルールは守るくせに、他国から平気で花嫁を奪うんですね? この国の法律なんてどうでも良いわけですね。と誰しもが思った。

「しかし! 妻が重病なのです! 息子もせっかくの良縁ですが、病床の母を置いて嫁ぐのは不安でしょう! どうか……」

陛下、往生際が悪いです!
陛下がこの教育プログラムを始めたというのに、いざ誘拐されるのが自分の息子になったら悪あがきの限りを尽くすんですね?

「そうなのか? 妻よ。そういえば、気が急いていて名前も聞いていなかったな。私の花嫁、名前をなんと言う? 私はノエルだ」

「ノエル様……僕の名前は、ラウールです。母のことは気にしないで下さい。僕は貴方の花嫁です。ノエル様の思うがまま、僕を浚ってください」

流石王太子様! 陛下と違って教育がちゃんと行き届いて覚悟もある!と民衆は感涙した。

「なんという、健気な花嫁だ! 夫の私といたいだろうが、母が心配なのも分からないでもない。法律で貴族は外国に行ってはいけないし、滞在をしてはいけないという決まりがあるのだが」

破っているという突っ込みは無かった。

「私の可愛い花嫁、ラウール。私の国に連れて行きたいが、母が心配で私に集中してくれないだろう。そうだ、私は外国にはいけないが、ここを私の国にしてしまえば何の問題もない。ここで結婚式をしてここで初夜を迎えよう」

あっさりと併合されてしまった。
陛下のせいなんだから!
と国民は国王を罵った。

しかし、いざ併合されてみるとむしょうに居心地が良かったのだ。もう自国民になったので誘拐を心配する必要はなくなったからだ。
これでもう変な教育もしなくても良い!

誘拐を心配しながらあの国へ外交官を派遣する必要もない。

と国民には好評だったりした。



「私の美しい花嫁ラウール……なんて淫らでいやらしくて、それでいて清楚なんだ」

教育の行き届いていた王太子は、誘拐貴族をメロメロにしていた。

「やはり、花嫁は浚ってくるに限るな。健気で守ってあげたくて、それでいて大胆でいて従順だ。鬼嫁とは程遠い」

最近、恋愛結婚が流行ってきていて誘拐結婚は減少していた。しかし恋愛結婚が進むと鬼嫁と呼ばれる花嫁も増加し、夜股間を抱えて泣く花婿も増加の一途をたどっていた。
そこで、再び密かなブームになりつつあるのが誘拐花嫁だった。

誘拐して清楚な花嫁を浚いたい!

そして、国土も広がっていく。いずれこの大陸中が、全て1つの国になる日も近いのかもしれない……


END

「すいません、なんだか僕、国中から犠牲者みたいに思われていましたが、実は僕もノエル様に一目ぼれでした。あんな素敵な旦那様に誘拐してもらえて嬉しかったです」






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