「本当に、行っても良いのか?」

「だって仕事だろう? 俺は大丈夫だから、心配しないで行って来いよ」

「だが、心配だろう? 何時生まれるかわからないのに、アルベルと二人っきりじゃあ」

ロベルトが仕事で遠方に行くことで、俺たちを置いていく事に物凄く躊躇していた。
軍の仕事でその間、戻って来れないし、魔法が使えない場所に行くらしいので俺の様子も確認する事ができないらしい。そのせいで、何度もやっぱり行きたくないと言い出して、俺は心配ないといっているのにこの様子なのだ。

「まだ八ヶ月だから、すぐには生まれないって。ロベルトが戻ってくるまで、安静にしているから大丈夫だ」

「こんな時に、こんな仕事が入るなんて」

「仕方がないだろう? 部下を持つ立場なんだから、行きたくないなんて我がまま言っていられないだろう? ほら、アルベル、パパに行ってらっしゃいをして」

「パパ、いってらっしゃい」

「行ってきます、アルベル。マリウス、愛しているよ」

「……俺も」

ロベルトが俺の頬にキスをしてくれて、仕事に向った。それを見送って家に中に入る。

ロベルトがキスをしてくれた頬に手を当てて、こんなに幸せで良いんだろうかと、こんな生活は夢じゃないのかと何時も思ってしまう。
ロベルトを無理矢理手に入れて今頃死んでいたはずなのに、ロベルトの子どもを二人も貰って、愛しているとまで言ってくれている。
真剣にそんな言葉を信じているわけじゃないけれど。それでも、ロベルトはとても優しくて夫として父親として、俺に本当に愛されているかのように接してくれている。
だから俺もロベルトから離れられない。

「アルベル、俺似だよな?」

ロベルトはアルベルが俺に似たことを喜んでくれているし、俺も魔力はロベルトに似たから嬉しいが、おなかの中の次男はロベルトに似た子が欲しい。ロベルトの子をたくさん産んで、俺を妻にしたことを少しでも良かったと思えるようにしてあげたい。

「やっぱりロベルトがいないと寂しいよな……」

アルベルもいるが、抱きしめてくれる腕がないとやはり不安だ。何時も一緒にいて欲しいなんて言えないけれど。

「パンでも買いに行こうか? アルベル」

友達らしい友達がいない俺にとって行きつけのパン屋のナナは良い話し相手だ。元々ライバルで俺がロベルトを奪った、たぶん俺なんか顔も見たくもない相手だろうが、何時の間にか良い友人になれた気がする。
ナナの夫が若干の魔力があるので、ナナも俺と同じく妊娠中だ。アーセルが魔力があるといっても、ほとんど何もできないほどだ。例えば、マッチの火代わりの火力を使える、くらいだが。

アルベルの手を引いて、玄関のドアに鍵をかけて振り向いたら、悪夢が立っていた。

「……あっ…」

一瞬アルベルを抱き上げて逃げたいと思ったが、何処にも逃げ場所など無かった。
そしてなんて声をかけても良いのか分からない。父と呼ぶことは禁止されている。
俯いて、相手から話しかけられるのを待った。用件が無くてこの人が来るはずが無い。

「お前に、用がある。ここにサインをするだけで良い」

「あ、あの……」

「さっさとサインをしなさい」

有無を言わせずに書類が渡される。内容を確認する時間もくれずに、ただサインは迫られた。

「何の書類ですか?……もう、俺はあなた方と関わりは……」

ロベルトが俺たちの子どもには侯爵家を継がせない、と、そう父に約束をさせた。
ひょっとしたら正式に権利放棄のサインをするように、ということかもしれないが、それでも内容を読まずにサインをするわけにはいかない。

「良いからサインをするんだ! お前なんかには勿体無いほどの話だと言うのに!」

「……夫に見せてから……」

「お前の夫には関係ない。お前の息子、アルベルの婚約の話だ。お前の息子が爵位を継げる話なんだ。出来損ないのお前には喜ばしい話だろう?」

「アルベルの?……でも」

制約の誓で俺とロベルトの子は爵位を継がない、そう約束したはずだ。父はクライスの子を跡継ぎにしたい。そのために俺も俺の子も邪魔にしかならないはずなのに。

「本来ならお前の子などは用はない。しかし、陛下からっ……お前の血筋にのみ侯爵家を継がせると、勅命が降りたんだ。だから、アルベルとクライスの子を結婚させて、その子にあとを継がせる。こんな良い話は無いだろう? お前の息子にとってもこれ以上ない良縁のはずだ」

クライスの子には会ったことがない。クライスは自分の子をここには連れてこない。たぶん、俺の子と比べるまでもなく優秀な子だろう。俺がクライスにコンプレックスを持っていることを知っているからクライスは連れてこないのだろう。
公爵家との縁談なら、確かにこれ以上ない良縁といえるだろう。
アルベルに直接継がすことが、制約の誓いのせいで出来ない。そして陛下からの命令で、俺の血筋にしか跡を継がせられない。どうやってもクライスに固執する父にとってアルベルとクライスの子というのは、何とかひねり出した妥協策なのだろう。

「……クライスは承知しているんですか?」

「お前が承知すれば、クライスも断わらないだろう。あの子は優しい子だ、お前なんかを思って跡継ぎを出そうとしないのだから」

「……夫に相談しないと、お答えできません」

「お前は、分かっているのか! お前みたいな出来損ないでも、ちゃんと育ててやった! 本来なら廃嫡にして、他家に出したって文句は言えない立場だったんだぞ!」

分かっている。俺みたいな魔力で、俺だけだったら辛うじて跡継ぎにしたかもしれないのに、クライスが優秀だったから俺なんか生まれなかったことにすることもできたことを。

「それなのに、お前は恩を仇で返して、我が家の悪名を広めただけだろう! マーリーンもどれほど胸を痛めていたか分かるか!? 育てて貰った恩を一度で良いから返せ、良いな?」

アルベルには確かにこれ以上ないほど良い話のはずだ。俺が認めればクライスも了承するかもしれない。
だけどアルベルだって好きな人と結婚する権利があるはずだ。親の勝手で認めるわけにはいかない。

「分かったのならさっさとサインをしろ」

そう言いたいのに、俺はこの人を目の前にすると反論をすることができない。

育てて貰ったけれど、それだけだと。何の愛も貰っていないと言えない。クライスの10分の1でも良いから愛情をかけてもらっていたら俺は喜んでサインをしただろう。

なのに、この人を目の前にすると、何も言い出せなくなる。言いなりになるしかないのだ。

強引にペンを持たされ、サインを強制される。もう書いてしまおうか。そしたらもう父は会いに来ないだろう。早く目の前からいなくなって欲しい。

「おい! 貴様、なに俺の孫の結婚を勝手に決めているんだ?」

書類が一瞬にして灰になった。

「メ、メリアージュ様っ」

突然俺と父の間に立ちはだかるように現れた二人の男性がいた。

「あ、バーバとジージだ」

アルベルが二人の男性を見てそう言った。ということは、この二人はロベルトの両親なのだろう。

「わ、私と息子の間での話し合いだっ。貴方達に関係はっ」

「関係ないとかアホなことを言い出すなよ? 伯爵家の当主はロアルドだ。アルベルは伯爵家の嫡出子だ。アルベルの婚姻に関する全ての決定権はロアルドにある。息子の嫁の父親だからと言って、貴様には何の決定権もないことを忘れるな」

「や、止めて下さいっ……そんなことを言っては、伯爵家が」

爵位では実家のほうが格上だ。父にどれだけの力があるか分からないが、伯爵家が侯爵家に逆らっては、良いことは無いだろう。
俺のせいでロベルトの両親にまで迷惑をかけてしまう。

「大丈夫だ。おい、クラレンス。もう、うちの嫁に会いに来るなよ。分かっているだろうな」

「メリアージュ様っ! 私は」

「お前が勘当したんだろう? もうお前の息子ではなく、うちの嫁だ。馬鹿だな、お前も。マリウスの魔力が低いのは、マリウスのせいじゃない。貴様が周囲の反対を押し切って魔力の低い妻を娶ったせいだろう? マリウスの魔力が低いのはお前の責任だ。なのに、お前の責任を棚に上げて、息子にこの仕打ちか? もう二度と伯爵家のマリウスに関わるな? 分かったら消えろ」

父は何の反論もせずに消えた。

アルベルを抱き寄せ、跪づいた。

「申し訳ありません……お二人にご迷惑をかけて……」

土下座でもしたかったが、お腹が邪魔で出来ない。結婚当初からロベルトの実家には迷惑をかけていた。
こんな悪評しかない嫁で、あいさつにもいかない出来損ないだ。二人にあわす顔なんかなかった。

「こらこら、大事な体なのに、こんなところに座ってはいけないよ。ほら立ちなさい」

そう言ってくれた人はロベルトに似ていた。どこかで会った顔だと思ったらパン屋で働いていた人だ。ということは、彼がロベルトの父なのだろう。アルベルに会いたくて変装して会いにきていたと聞いていた。

「ロベルトに仕事の間、様子を見ていて欲しいと頼まれてね。遅くなってすまなかったね」

「いいえ……すみません。俺なんかのために」

「気に入らないな」

冷たい声が聞こえた。ロベルトの母から、気に入らないという声がかかった。

気に入らなくて当たり前だろう。そう分かっているのに、体が凍りついたようになる。俺なんかが大事な一人息子の妻に相応しいわけがない。

「おい、ロアルド! こんな所に大事な孫と嫁を置いてはいけないだろう! 城に連れて帰るぞ!」

「は、はい、メリアージュ様!」

「あ、あのっ」

反論する暇もなかった。一瞬で転移が完了すると、おそらくロベルトの実家の城と思わしき部屋に変わっていた。





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