「クロード、僕のお嫁さん」

幼い頃から兄にそう言われ、何の疑問も持たずに育った。
そう、小学校で友達達におかしいと笑われるまでは。

今思うと、他人の意見なんかに左右されて、自分の意見を持たずに、誰よりも大事にすべき兄を散々傷つけてしまったことを後悔している。他人の目なんかよりも、一番大事にすべきなのは兄だったはずなのに。

「クロード、私の可愛い奥さん。お腹の子は元気かい?」

「ええ……元気ですよ」

俺は今、兄の三番目の子を身篭っている。
長男を身篭った時は少し複雑そうな表情をしていた、次男の時は意気消沈をしていた。

子どもができたことが嫌ではなく、子どもの数が増えていくほど俺との別れの時を示唆していたからだろう。

でも、第三子はそんな心配をすることもなく、誰からも喜ばれた。特に兄にとって、何も心配する事もなくはじめて喜べたわが子の誕生だろう。

「愛しているよ、クロード。もう何処にも行こうとはしないだろう? お兄様を捨てるなんてことはしないと約束をしてくれないか?」

「しませんよ……愛していると言ったでしょう? お兄様」

「では、制約の誓で私に誓ってくれ。私を一生愛すると……一生一緒にいると。二度と離婚をしないと……逃げ出さないと」

「………一生一緒にいます。一生俺はお兄様の妻……です」

これで兄が安心できるから、誓うしかないだろう。

以前の俺だったら何の躊躇もなくそう誓えただろう。

しかし、妊娠した頃だろうか。段々、兄の妻という立場がおかしいと感じ始めてきた。
そう、削除されたはずの倫理感というものが少しづつ戻ってきたのだ。

ブランシュにどういうことかと問いただしたら、普通だったら一生解除されないが、俺たち一族は突然変異遺伝子を持ったまま婚姻を繰り返してきたせいで、非常に魔法のかかりが悪く持続もしない体質らしい。公爵家直系のブランシュの魔力を持っても、そえほど効果が長続きしないそうだ。
ならもう一度かけて欲しいと頼んだが、何度もかけると余計持続しにくくなり、最後には完全にかからなくなってしまうし、脳にいい影響がないので危険だと断わられてしまった。

下手に昔のように良識や倫理観があるままでは、兄の妻としてやっていけるか自信がなかった。
ブランシュの魔法のせいで、兄のことを愛していたことに気がついた。魔法が解除されてきた今でも、その記憶は失っていない。

俺にとって兄はとても大切な人で、大事にしてあげたい。だけど、これまでの常識がそれを邪魔しようとする。

けれど、真実を知った今、倫理観が戻ってきたので、やっぱり嫌ですなんて兄に言えるはずはない。

一度捨てて、戻ってきて俺がいる事でこれほど幸せそうにしている兄をもう一度地獄に突き落とすわけにはいかない。

それにまた俺は妊娠してしまっている。子ども三人も捨てるわけにはいかない。長男のシオンは特にまた捨てられると傷つくだろう。俺のくだらない常識のせいで、大事な人をもうこれ以上見捨てるわけにはいかない。

愛しているんだ……兄を。

だからもう二度と兄から逃げ出さないように制約を誓った。たぶん兄に制約を誓ったのではない。決して兄から逃げ出さないように、自分への戒めとして誓った。




「俺のこと異常だと思いますよね? 先輩」

実の兄の子を三人も産んで、たぶんもう一人は確実に生む俺に、たかが伯父との恋愛で異常なんて思うわけないだろう。
年下の同僚エミールは実の伯父との愛に悩んでいるらしいが、伯父さんなんて悩む程度の事か?としか思えない。

俺の実の両親も兄弟で、俺の夫は実兄で、俺の子どももたぶん兄弟同士で結婚するんだと思う。三男を産んだ時の長男シオンの喜びようと言ったらなかった。僕のお嫁さんが生まれた!と、まるで兄の幼い頃を見るかのようだった。まだ誰も兄弟で結婚するのが当然なんだよ、とも言っていないのに、当然のように弟と結婚する物だと思っているのが、不思議ではあるが。

「いや……別に、そんな異常と思うような事でもないでしょう? セシルさんもお前のことを憎からず思っているように見えた。血縁なんてものに悩まずにアタックすれば良いだろう?」

「俺はそんな物に悩んでいるんじゃないんです。セシルが伯父という立場に悩んで俺を拒絶しているんです。俺の記憶まで消し去って……」

「でも、あの人はお前に甘そうだから、泣き落としでも同情でも使えるものは全部使ってみれば良いんじゃないか? きっと受け入れてもらえると思う」

任務で来た僻地で出会った、エミールの運命の人の話を聞いてみると、なんとなく俺と似ているように思えた。
あの人もエミールが実の甥という立場に囚われすぎていて、エミールのことを愛している事に気がついていないのかもしれない。

「……そうですね。俺できることをなんでもやってみようと思います……昔、うちの部隊ですごい悪妻がいて、夫と子どもを捨てたらしんですが、その夫ゴザをひいて捨てられましたとアピールしまくって、妻に泣いて縋っていたらしいって聞きました。そのくらい、なりふり構わずにならないと駄目なんでしょうね」

「……いや、あれは見習ったら駄目なレベルだろう……普通はドン引きされる」

だいたいアレは俺が恥ずかしかっただけで何の効果もなかった。ブランシュの魔法がなければ、いくら毎日城門の前で捨てられましたのプラカードを持って立っていられても無視し続けただろう。

「結局、その夫って奥さんに戻ってもらえたのでしょうか?」

「元の鞘に戻って、3人目も生まれたらしい……今は奥さんに専業主婦になってと泣きついているらしい……」

この長期任務につくと知ったときの、兄の悲嘆にくれた表情といったらなかった。
もう仕事を辞めて欲しいだの、四人目を作ろう! もう妊娠しているかもしれないから任務を辞退してくれなど、宥めるのに相当苦労した。

「そうなんですか……分かります。俺もセシルを誰にも見せずに閉じ込めたい」

どうしてうちの国の夫たちって皆こうなんだろうか……


*****

私には生まれる前からクロードが私の妻になる存在だと分かっていた。とてもとても生まれてくるのを楽しみにしていて、母のお腹の上から何時も将来のお嫁さんに話しかけていた。僕のお嫁さん、早く生まれてきてねと。

クロードは私の妻になるべき生まれてきた弟だった。
我が家は血族結婚が普通で、弟と結婚する事は余りにも当たり前だった。だが、私はクロードが弟だったから恋をしたわけではない。
むしろ、結ばれる運命だったから結婚すべき相手として弟として生まれたのだろう。

私は跡継ぎとして正しい教育を受けたが、クロードは伴侶となるべき存在だったため、一族で初めて外部の教育機関に行くことになった。陛下から、私達の一族は余りにも閉鎖的なので、外と交流を持ったらどうかと提案され試験的にクロードが、貴族が通う小学校に通った。私もその後、外部の学校に通ったが特に何事もなく終わった。
クロードも問題なく見えたが、その弊害はやっと私達が結婚できるクロードの18歳の誕生部前にもたらされた。
いわく、兄弟で結婚するのはおかしいという、悪魔の常識を植えつけられたのだ。

私は一つ屋根の下でクロードと一緒に暮らし、どれほど我慢に我慢を重ねて18歳の誕生日を楽しみに待っていたか。股間が限界になりながらも、18歳になって結婚するまでは手を出してはいけないと良い聞かせていた。
従兄弟のイリアスはまだ14歳の弟に手を出し、16歳で孕ませるような羨ましい、いや、鬼畜な男だ! 私はクロードを大切にしないと言い聞かせ、やっと股間の欲望を開放できる18歳の誕生日前に地獄に叩き落された。

今生まれた三人の子どもは絶対に外部の教育機関などには行かせないようにしないといけない。

しかも、クロードは私以外の男に抱かれ、私から逃げようとした。私が18年間かけて、呪縛のように魔法を何重にもかけていたお陰で、クロードの貞操は無事だった。しかし、クロードが抱かれようとした男を許せるはずもなく、その男を殺そうと思った。
しかし、その男ブランシュは長年誘拐し続けたおかげで高い魔力を保持する公爵家の直系の男だ。私の一族の長年一族だけで繁殖を続けてきたおかげで高い魔力を保持しているが、ブランシュとやりあってただで済むのは無理だろう。

しかしブランシュは良い男だった。クロードには何の興味もなく、私の恋の成就に手を貸してくれさえするという。

私はクロードと結婚し、子どもを二人も受けた。二人子どもを儲けるという事は、別れを意味していた。しかし、クロードも母になった。子どもたちを捨てていけるはずはない……そう祈っていたがクロードの意思は固かった。

6年前、約束したブランシュとの誓い(もてない男同盟)の時がやってきた。ブランシュは得意の記憶操作を少し改良して、クロードを頑なにしている倫理感を削除してくれるという。
もともとクロードは私の花嫁になることに同意をしていたのだ。変な思想さえ植えつけられなければ、何の問題もなく私の妻になってくれたのだ。

そしてブランシュに倫理観という邪魔な物を取り去ってもらい、私の元にクロードは帰ってきてくれた。
何度もクロードのことは抱いたが、お兄様愛していますと言われながら、抱き合った日のことは忘れられない。

そして3人目をすぐに孕ませた。二人子どもがいても駄目だったが、私を好きだと自覚してくれてなおかつ三人も子どもがいたら、流石にもう逃げ出さないだろうと信じてだ。
段々クロードは悩んでいるのが分かった。そう、ブランシュの魔法の効果が薄れてきているせいだ。もともと、ブランシュには倫理観の削除については、段々効果がなくなり消えるように依頼をしていた。
だってクロードに他の男の魔法がずっとかかっている事など、許せないからだ。クロードが触れるのも見るのも魔法にかかるのも私だけでいい。

優しいかわいい私の弟クロード。クロードが思い悩んでいる事は分かっている。だが、結局は私を選んでくれた。
愛しいクロード……もう何があっても離さない。制約の魔法に誓ったからではない。

私達は生まれる前から、運命の恋人だったからだよ。



END






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