「先輩……俺、愛している人、実の叔父なんです……セシルは本当は俺の叔父で……あの人を愛して愛して、頭がおかしくなりそうなんです。誰も俺を祝福してくれません」

狂気のように突然出会った美しい麗人に猛烈にアタックし始めた後輩、エミールが突然その気持ちを吐露した。仕事をしないであの人ばかり、と注意したら、どうも訳ありの様子で出来ればもうそれ以上は聞きたくなった。

「そうなんだ」

どう言えって?
叔父さんなんだろ。たいした事ないだろう? なんで誰も祝福してくれないんだ?

「まあ、頑張れ」

事情はどうでも良い。俺は何も知らなかったことにするよ。

近親相姦とか、そんなのもうお腹が一杯だ。

俺の夫なんか、お前の悩みなんか笑いたくなるような代物なんだよ。


俺の生まれた家は、王国でも隔絶された第二の王家と呼ばれる存在だ。ただし表舞台には出ない。代々身内同士でしか結婚しないので、親戚もいない。寂しい家系だが、国にはなくてはならない存在と言われている。

建国の際、主要人物で爵位を分けたというが、我が家は公爵家だ。ただ、あの有名な誘拐公爵と同じ家系ではなく、表立って公爵家があることも知られていない。王国で公爵家といったら誘拐する家系ね、あれ一つね。と思われているだろう。

「シリル、お前の弟が生まれたよ」

「僕の弟! 僕のお嫁さん!」

「気が早いな、シリル。そうだな、このまま他の兄弟が生まれなければ、シリルのお嫁さんになるかもしれないね」

勿論、俺は兄と両親が俺の誕生の際にこんな会話をしていたことは知らなかった。知りたくもなかったよ。

「僕がお名前つけてもいい? 僕のお嫁さんになるんだから、僕が名前をつけたい!」

「良いよ、何て名前かな?」

「クロード! 僕のお嫁さんにはクロードってつけようと思っていたの」

というわけで、俺の名前はクロードになった。弟が生まれたというのに、弟が生まれたというよりもお嫁さんが生まれたとしか兄の中での意識はなかった。

そう、我が家は代々血族結婚をしている。

その原因は建国まで遡る。建国の際、王国に集った若者達は、非常に高い魔力を持つ者たちがいた。いわば突然変異に現れたと言われている。
初代国王、初代公爵、初代辺境伯、そしてわが先祖が代表的なメンバーだった。

彼らは生まれつき魔力が高かったのだろう。しかし魔力が高いといっても、普通は魔力を使うと回復までに時間がかかる。莫大な魔力を行使すると、回復が追いつかずに死んでしまうことも多い。しかし彼らは莫大な魔力を自由自在に操り、あっという間に回復をしてしまう特異体質だった。
いや、そう思われていただけで、その源となっていたのがわが一族の特異魔法だった。
魔力の元となる魔素は一定量しか大気中には存在せず、そのため回復までに時間がかかるが、先祖はその魔素を作る出す事ができた。
仲間のために魔素を国中に撒き散らし、その莫大な魔力を支えたという。

初代国王と初代公爵が兄弟だったと同じく、わが祖先も三人兄弟だった。独自魔法はその3人とも持っていたが、次男が仲間と結婚し、子どもができてもその独自魔法が遺伝しなかった。二人目、三人目が生まれても同様だった。
突然変異で生まれたので遺伝はしないのかと、落胆の目で見られていた。何故なら先祖の独自魔法がなければ、仲間達はその莫大な魔力の維持が難しいからだ。

しかし残った長男と三男が間違いを犯した。俺は間違いとしか思えないんだけど……まあ、先祖にとっては兄弟ながら恋をしてしまってムニュムニュ……で、子どもができてしまって、その子どもが独自魔法を遺伝していたのことが分かった。
二人目も兄弟の間にできて、その子もまた遺伝していて。

要するに、突然変異でできたので、突然変異を持つ者同士で交配をしないと後世に受け継がれないらしい。

まあそれからは、よその血入れないでね。同じ家系だけで受精してね。兄弟もOKだからね。親子も……一夫一夫制だから、親子は駄目かもね。でも叔父と甥とかはOKだよ。ちょっと外聞悪いから、秘密の家系にしようか。でも裏王家とか公爵家の地位上げるから偉いよ。

とか、凄く制約のある結婚しか許可されない家系になってしまったのだ。絶対に外部の血を入れてしまっては駄目なので、同じ一族としか結婚できない。そうすると大抵は兄弟。運が良ければ従兄弟、叔父になる。

俺の両親も実の兄弟で結婚している。

兄に僕のお嫁さんになるんだよ、と絵本の読み聞かせのように言われ、そういうものだと思っていた、7歳まで。

小学校に入り、恋愛の小話になった時に、僕はお兄ちゃんと結婚するんだ、と言ったら皆に笑われ、兄弟やお母さんとは結婚できないんだよと言われた。この年代では、僕はお母さんと結婚するという子もいるので、お兄ちゃんと結婚発言はそれほど奇異に思われなかったが、俺はこの時、兄弟で結婚するのはおかしいんだと物凄くショックを受けたのを覚えている。

兄弟で結婚している両親。同じく兄弟で結婚すると思っている兄。それを当然のことと受け止めている両親。

自分の家族はおかしいんだと、幼かった俺は落ち込んだ。同じように小学校に通っている兄は、おかしいとも思っていない事実にも疑問に思った。隔絶された世界に住んでいるわけでもないのに、何故兄弟同士で結婚する事に疑問を感じないのだろうかと。

昔は、俺たちのような一族は必要だったかもしれない。小国故に、魔力の高さは大きな武器になっただろう。

だがこれほど大国になった今、俺たちの一族は必要なのだろうか。

兄との結婚の話が真実味を述べてくる18歳に近づくに連れてそう想うようになって言った。

これほどの大国になった今、どこの国もわが国に戦争を仕掛けようなどと考える馬鹿はいないだろうし、戦力も充実している。

公爵家は俺たち一族がいなくても、もう化け物のようになっているし簡単に魔力が回復できるのではないだろうか。となると、我が家の存在意義はもはやないように思えた。
何時まで近親交配を続けないといけないのだろうか。
俺や、俺の子どもも兄弟同士で結婚を続けるのだと思うと、外の世界の常識を知ってしまった今、どうやっても兄と結婚など承諾できない。

「お母様……俺って本当に、お兄様と結婚しないといけないんですか?」

「クロード? 何を言っているんだ? 生まれた時から、クロードとシリルは婚約者だよ?」

何を当たり前のことを聞いているんだ? とばかりの言い様だった。

「お母様は、お父様と結婚するのを疑問に思った事はなかったんですか?」

母は、父の兄だった。勿論同じ腹から生まれた両親ともに同じくする兄弟だ。
きっと祖父母も兄弟同士だろう。

「どうしてだい? お前のお父様はとても賢く、凛々しく、夫にするのにこれ以上ない弟だよ? お父様には18歳にならないと結婚できないと何度も言ったんだけど、どうしても我慢できないって何度も夜這いをされてね。拒むのにとっても苦労したんだよ。私も早く抱かれたかったし、お父様はそれはもう情熱的に求めてきて」

「……両親の性生活は知りたくはありません」

駄目だ……きっと母に兄と結婚したくないんですと相談をしても、理解されないだろう。そういう世界で育ってきたんだ。兄の何処が不満だと言うだろう。
きっと父も同様だろう。父も母に惚れきっている。きっと兄弟どうして結婚するのが一番だよ、と言うに決まっている。

そして兄は……

「クロード、もうすぐ18歳だね。お兄様はずっと、クロードが18歳になるのをずっとずっと待ちわびていたんだよ。早くお兄様のお嫁さんになって欲しいな」

俺と結婚するのを夢にまで見て待っているらしい。
もう家族の中では18歳になったらすぐにでも兄と結婚するのが当然ということになっている。これで俺が一族以外と結婚するというのは難しいだろうと思う。誰も納得してくれないだろう。

「ユイシア、元気かな?」

「クロードにい様、にい様こそ! もうすぐ結婚式ですよね」

子犬のような仕草で近寄ってきたのは、従兄弟のユイシアだ。
両親は四人兄弟で、それぞれ兄弟同士で結婚している。
他家の血を入れていないので、ユイシアも俺も兄弟と変わりない血の濃さだろうが、それでも一応従兄弟だ。

どうでも良いことなんだが、うちでは絶対に兄弟の数は偶数だ。始祖が三兄弟でそのうち一組の兄弟しか結婚できなかったことからも、奇数では結婚相手がいない可哀想な子になってしまうので、偶数の兄弟を産むらしい。
俺もユイシアもそれぞれ二人兄弟だ。

ユイシアも自分の兄と結婚する事になっている。

「ユイシア、ユイシアに相談があるんだ」

「え? 何ですか? クロードにい様」

「……結婚相手、交換しない?」

「……意味が分かりません」

「だから、お前の夫には俺の兄シリルで、俺の夫にはお前の兄イリアスにしようっていうことだよ」

俺の一番の希望としては全く血縁関係のない人間と結婚したいんだが、それだと物凄い反発を食らってしまうだろう。
だから一族の人間で、一番歳が近く、両親も反対しない人間としたら従兄弟しかいない。

「……僕は」

「ユイシアも実の兄と結婚するよりも、従兄弟のほうが良いだろ? お互い勝手に決められた婚約者なんだし」

ユイシアともイリアスとも兄弟同然で育ってきたから分かる。ユイシアは嫌とは言えない性格だと。

「……僕、もうイリアスにい様に、抱かれているよ。僕が18歳にならないと駄目だって言ったのに、どうしても我慢できないって言われて……今日だって、つい数時間前まで、僕イリアスにい様に何度も抱かれて」

「あー……それ、どっかで聞いた話だよね」

18歳未満の未成年に手を出してはいけないんだよ。
しかもいたいけな弟に……うちの一族だから無事だけど、そうじゃなかったら死んでいるかもしれないのにね。

「それで、僕、イリアスにい様の赤ちゃんがいるの」

「おいおいおいおい、妊娠しているのにおにいちゃんの相手してちゃ駄目でしょう!」

色々駄目な所はたくさんあるけれど、これはかなり駄目でしょう。

「だから、昨日は入れちゃ駄目だよってお願いして……イリアスにい様は(;:゚:;д;:゚:;)な顔をしていたけど、けど赤ちゃ」

「いや、もう良い。夫を交換しようだなんていって悪かったね」

父と同じような行動を取る(しかも父は我慢したのに、従兄弟は実行したショタ)を夫にはしたくない。

「俺の結婚よりもユイシアのほうが先に結婚しないといけないだろう?」

普通だったら18歳未満はどんな事情があっても婚姻を許可されないが、うちの家には陛下のサインの入った婚姻許可証が転がっている。そこに好きに名前を書いて提出すれば良いわけだ。

「クロードにい様たちが結婚してからひっそりやろうって、イリアスにい様が。年齢とか、できちゃった結婚とか、ほら……」

「なら悪いが、俺はお兄様と結婚するつもりはないんだ。俺の結婚を待っていたら生まれちゃうだろうから、早く結婚しな?」

唯一、俺と結婚しても文句を言われなかっただろう従兄弟は、とうにできてしまっていたわけで。
俺はもう兄と結婚する以外に道はないのだろうか?

もう兄じゃなければ誰と結婚しても良いような気になってきたよ。





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