ロアルドに子どもは要らないと言われた。
ロアルドは優しい男だ。俺と結婚したときから、子どもは望むまいと心に決めていたのだろう。

俺はこの国で最も権力があり、最も魔力の高い家柄に生まれた。
ただし、俺という人間は公爵家からしてみると魔力がそぐわない、出来損ないと言われても仕方がない存在だった。
しかし、幸いな事にと言うべきだろうか、兄二人は俺が生まれた頃にはとうに成人しており、年上の甥まで誕生していた。つまり期待して生まれたわけでもないので、俺の魔力が低かろうが高かろうがどうでも良かったのだろう。
むしろ、公爵家にしては魔力が低い俺を、蝶よ花よというように育てられた。不出来なほど可愛かったのかもしれないし、母が父を許して受け入れた頃に出来た俺は、父にとって母の愛の化身とも思えたのだろう。

魔力が低い事で不当な扱いを受けた事はなかった。両親と兄夫婦に可愛がられ、愛が過ぎるほどで、とうとう結婚まで身内を宛がわれそうにすらなっていた。
甥だが兄のように一緒に育ったアンリと結婚するのは、お互い遠慮をしたいという気持ちだった。
しかしお互いに愛する人が出来なければ、甥と結婚をしていたかもしれない。

しかし、俺はいわゆる運命の人に出会ってしまったのだ。

父や兄はよく言ったものだった。運命の伴侶なら出会った瞬間、その目を見れば分かると。
母は誘拐されてやってきて、兄嫁は手篭めにされて兄に嫁いだと聞いていたが、兄や父の言った意味が分かった。
会った瞬間に、手に入れたいと思ってしまう。この血に流れる業の深さを思い知った。

ロアルド、俺の一生の伴侶となる存在を俺は知ってしまった。

これでも俺は悩んだ。
ロアルドの好みの男は俺とは正反対だ。
優しく、穏やかで、夫を立てるような、そんな慎み深い妻が欲しいのだろう。リサーチしてロアルドの好みのタイプは良く分かっていた。
俺なんてただの鬼上司で、ロアルドの結婚相手の候補に考える事すらしたことはないだろう。怖がられている事もわかっている。
もっと優しくしたり、好みの男を演じれば良いのは分かっている。
でもこの俺が、優しくロアルドの好みのようなぶりっ子なんか、できるはずがない。やれば余計に怖がられて気持ち悪がられるだろうし、そもそもそんな真似死んだって出来ないだろう。

俺はプライドが高すぎるし、ロアルドと結婚しようと思えば魔力的にいって俺が妻になるだろう。妻になるのが嫌なわけではない。ロアルドと一緒になれるのだったら、夫だろうが妻だろうがなんでも構わない。
ただ、この体に流れる征服者の血がロアルドを何でも良いから手に入れろと、支配したいと言う事を聞かない。
ロアルドを思えば、俺が身を引くべきなのに。こんな俺と結婚したところでロアルドが幸せになれるはずがない。
そう分かっていても、手に入れたいという欲求は止められなかった。

他の誰にも渡したくはない。

見合いを邪魔をし、ロアルドの両親に俺がロアルドと結婚するつもりだから、これ以上見合いの話を持ってくるのは止めてほしいと直談判をした。ロアルドの両親は公爵家の三男に頼まれば嫌と言えるはずがない。分かっていて俺はそうした。
だがせめて、息子はまだ一人前じゃないので、俺につりあわない。分隊長になって、肩を並べるまではいかなくてもそれなりに社会的に求められるまで結婚は待ってほしいと言われ、俺は承諾した。

それからは、家から出る術を考えていた。
父や兄は結婚を許してくれないだろう。俺を嫁に出すなんてきっと考えた事もないに違いない。アンリなら、実家にそのまま残れるから薦めただけであって、基本的に俺が嫁に出るなど有り得ないと思っているだろう。アンリが駄目でも嫁を取らせようと考えているかもしれない。
それが相手が跡取りとは言え、伯爵家では身分が違いすぎると言うだろう。決してロアルドの家柄は悪いほうではない。王国でも有数の富裕の一族だ。だが実家と比べれば明らかに格が落ちてしまう。

母に、どうしても好きな人が出来てしまったから、父や兄には反対されるだろうから家を出るつもりだと伝えた。兄嫁にもだ。
俺にとって二人の母親だ。兄嫁は兄と仲が悪い(一方的に嫌っているが)俺のことは実の息子のように可愛がってくれた。二人に内緒で家を出るわけにはいかなかった。
二人は、好きな人がいるなら父や兄のことはどうでも良いし、どうにかしてあげるから好きにしなさいといってくれた。
家を出たらもう会えないかもしれない。それでも好きな人と結婚できなかった二人俺の愛を応援してくれた。

無理矢理手に入れるのにだ。

俺の事などこれっぽっちも好きではなかっただろうロアルドは俺の求婚に驚き、呆然としている間に結婚をした。
そして結婚しただけで満足しなければいけないのに、しょせん俺はロアルドに好かれていない、押しかけた妻だという思いからか、どうしてもロアルドを束縛したいという気持ちが抑えきれなかった。
縛り付けたら余計に嫌われるだろうとは分かっていた。兄を見ていれば、俺のすることがどれほど自分勝手で、嫌われる行為か分かっているのに、どうしてもロアルドを縛り付けて誰も見ないようにしたくて堪らなかった。これが脈脈と流れる公爵家の血なのかと、人を愛するようになって初めて分かった業だった。

「メリアージュ様、俺は貴方を愛しています」

「どうして分かって下さらないのですか?」

分かるはずはない。だって俺はこんなに可愛げがなくて、お前を支配したくて堪らなくて、いっそ閉じ込めて誰にも会わないようにしてしまいたいほどだというのに。
お前から色んな物を奪ったと言うのに、まだ俺には足らなかった。

俺はお前から幸せな未来を奪って、お前がいてくれるだけで幸せなんだ。けれど、奪っただけではなく、何かを与えたかった。
俺以外と結婚していたのだったら、もうとうに生まれていただろう、お前の子どもを俺は産みたかった。

誰もが言うだろう。俺とロアルドとの魔力の差では、絶対に無理だと。子どものいない夫婦もいるのだから、ロアルドは二人で幸せになろうという。
だが、俺はせめてたった一つだけでも、お前に何かを残してやりたい。


「メリアージュ様……」

「お前の子を産みたいんだ……諦めたくない」

他の男だったら容易に与えられたそれを、どうやっても諦める事はできない。ロアルドに人並みに父親になるという喜びを感じさせてやりたかった。

ただ、それは酷く難しい望みだという事も分かっていた。公爵家の秘薬の一部である、受精促進剤を服用しても、ロアルドの子を身篭る事はできなかった。きっとロアルドの言うように、無理なら無理と諦めて、二人で生きていくのも手なのだろう。ロアルドは優しく責任感も強い。こんな俺でも一生大事にする気なのだろう。

「寝るか……」

流石に今日は何もする気力はなかった。ロアルドを抱き寄せて、何時ものように眠ろうとした。

「メリアージュ様……」

「何だ……?」

今日はもう話し合うことはしたくなかった。これ以上話せば、きっとロアルドにまた辛く当たってしまう。

「私は、今までメリアージュ様にご奉仕をしてもらうばかりで、夫らしくふるまった事がありませんでした。ですが、メリアージュ様がどうしても子どもが欲しいのなら……」

抱きしめていた手を掴まれ、ベッドに縫いとめられるような体勢になった。見上げればロアルドが上になっていた。

「何をっ!」

こんなロアルドを見上げるような体勢になったことなどなかった。何時もはロアルドがこの位置にいた。
ロアルドは一度も不満を言った事はなかった。俺が言わせなかった。

「メリアージュ様……俺が今まで不甲斐なかったせいで、駄目だったかもしれません。夫らしく、メリアージュ様を抱かせて下さい」

「無理だっ!」

「どうしてですか? メリアージュ様から跨るのは良くて、どうして俺からはいけないんですか?」

俺は、ロアルドを愛しすぎている。
愛しすぎていて、壊してしまいそうなほどだ。
俺がロアルドに迫るのは良い。自分を律することができるからだ。
だけど、愛されていないのを分かっていて、ロアルドに抱かれる事はできなかった。
きっと無様な様を見せてしまうだろう。
愛している男にそんなのを見せられない。

「それはっ……」

だけど、そんなことは言えない。
お前に抱かれたら俺はきっと正気を保てないなんて。

「俺の事を愛しているんだったら、身を任せていただけないんですか?」

今まで、ロアルドから迫ってくる事などなかったのに。

「愛しています……メリアージュ様」

違う! 嘘だ!
お前は俺を愛してなんかいない。俺が無理矢理結婚したから、愛さないといけないと思い込んでいるだけだ。

「止めろ! 殴るぞ!」

「何時ものように殴って構いません。ですが、俺は止める気はありません。今までがおかしかったんです。俺に夫らしく愛させて下さい」

殴ればいい。嫌なら、何時ものように殴って、それで、それで……

「メリアージュ様が俺の子を産みたいとおっしゃったんですよ?」

ロアルドが身を屈めて俺に口付けをした。思わずビクリと震えてしまった。勿論キスなんど何度も何度もしてきた。初めてなんかじゃない。ただ、全て俺からでロアルドからすることを禁止していたわけではないが、してきたことはなかった。

「メリアージュ様、今日は俺に全てを任せてください。俺は、今まで情けない夫でしたが、夫が子作りは先導するものですよね。頑張ってメリアージュ様を妊娠させられるように頑張りますから、お願いですから抵抗はしないで下さい」

確かに歪な夫婦生活だったことは俺が誰よりも理解している。夫が何もさせてもらえず、妻のなすがままの生活など他の家庭では有り得ないだろう。
そしてロアルドは俺を怖がっている。そんなロアルドがこんなことをするだけで、とても勇気がいる事だろう。

「ロアルド……俺は、こんな姿をお前に見せたくないっ」

可愛い素直な妻なら、為すがまま夫に翻弄されても構わないだろう。だが俺なんかが似合うわけがない。

ロアルドが俺の服を脱がせるのを、黙ってみていることなどできない。だけど、ロアルドは本気で俺を抱こうとしていた。
ロアルドは俺より僅かとはいえ、魔力が高い。総合的に戦えば俺が勝てるかもしれない。ただ、魔力の高さというのは絶対だ。本能的に魔力の高いほうに、体が従ってしまう。抵抗できなくなってしまうのだ。そして俺は本気で嫌がってはいない。ロアルドに愛されるの。本気で嫌悪感を抱くはずはない。





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