「クライス様って、罪な男ですよね」

「……なんだ、その言いようは」

罪な男?
そんなふうに言われる覚えはないが……

「だって、クライス様に言い寄ったせいで、命を失った男、もう何人になるんでしょうかね」

「……あれは、ユーリが悪い」

通常、俺は言い寄られたりはしない。結婚しているのもそうだが、魔力がある状態の時は、魔力の弱い男は俺の魔力に圧倒されて言い寄る事などできない。
ただ、妊娠中や産後魔力のない時期は、この国の風習を良く分かっていない馬鹿な男が時々言い寄ってくる事はある。

噂では知ってはいるだろう。この国の夫たちはとても嫉妬深く、愛のためなら何をしても許されるという事を。
ライバルを殺害したって何も言われないし、愛する人が結婚していたら暗殺することを躊躇いもしないし、妻に言い寄る男がいたら外国人だろうと平然と殺しても喝采を浴びるという習慣を。
妻を愛していたら監禁するのも当然。

噂程度では知っていても、まさか本当に言い寄るだけで殺されて、文句も言えない立場だなんて、それまで自国で特権階級にいた男たちからしてみれば信じられない思いなのかもしれない。

「ユーリ隊長、クライス様を愛していますからね。他の男にクライス様が見られるだけで我慢できないんだと思いますよ……」

「手を出そうとしたら殺しても良いと思うが、言い寄るだけで殺すのは少しいきすぎだろう?」

俺も魔力がないときは、ユーリに洗脳されている時なので、俺を守ってくれるユーリって最高に格好いいとして思わず、止めようともしないからな。

「俺、一度も言い寄られた事なんてないですよ。クライス様は絶世の美貌の持ち主ですから、やっぱり魔力がないと皆欲しくなってしまうんですね」

「まあ、クライスが美しいのは認めるが、少し隙がありすぎるんじゃないのか?」

「ユーリに洗脳されているから、隙がありまくるんだろうよ」

ユーリを好きという気持ち以外は通常の俺と変わらないはずだが、何故、ああなってしまうのか分からない。

「お前が、あの公爵家の次期公爵夫人だって知られれば誰も手を出しては来ないはずなんだがな。ユーリがあまり表に出さないからか?」

「まあ、公式行事なんかあってないようなものだし……3人も妊娠して産んで子育てしていたら、そうそう表に出るような事もないしな」

他国と交流があるようでないこの国では外交や国の交流を全く大事にしていない。
何かあったら魔力で全て解決してしまう国だからな。

一応こちらからは騒ぎを起こさないようにしているらしいが、国内に入ったら最後だ。

「ユーリも雑魚くらい放っておけば良いのにな」

「そうですよね。ユーリ隊長に比べたら皆雑魚にしか見えないですよね。本当に、性格知らなければ完璧な夫にしか見えませんからね」

「外面だけが良いんだ」

「ユーリ隊長ってもてたんでしょう?」

「……さあな…知らんし、興味がない」

ユーリという男がいるのが知っていたが、実際に会うまでは隊長の弟という認識しかなかった。
それは、公爵家の次男で優秀な男なのだから、もてたんじゃないかとは思うが、特にどうでもいいとしか思えない。

「どうだったんですか? エミリオ分隊長」

「そうだな……隊長が長男だったから、色んな婚約者候補を送り込んでいたことは知っている」

「それがクライス様たちですもんね」

「ユーリはどうだったかな。とにかく長男を先に結婚をさせないとといけないと、ユーリは二の次にされていたような?……隊長が先に結婚をしたら、次はユーリに結婚攻撃しただろうが。婚約者らしき男はいなかったとは思う。ただ、あいつも結婚には興味がなくて、親の連れてくる男で良いよ、みたいな感じのことを子どもの頃言っていたな」

ユアリス様もそんなことを言っていたな。
基本的にうちの国の男は、愛する人が現れない限り恋愛に興味がないしな。

その代わり、好きな人が出来たらどんな事をしてもてに入れようとするが……

「親の決めた相手と結婚していれば良かったものを……」

「え? でもユーリ隊長、既婚者でもクライス様に出会ってしまったら絶対に諦めませんよ?」

「私もそう思うな。結婚してようがなんだろうが、絶対にクライスと結婚しようとするだろう」

いや、いくらユーリでも自分がもう結婚していたら諦めるしかないんじゃないのか?

「まず、独身に戻りますよね?」

「ああ、既婚者のままクライスにアプローチなどしたら軽蔑されるだろうから、妻を殺害するだろうな」

「しかも誰にもばれない方法で、ですよね? たぶん病死に見せかけるのかな? そうしたら奥さんが病死をしたら可哀想にって、同情を買おうと思うでしょうし」

「で、晴れて独身に戻って、クライスに求愛するんだろうな」

「目に見えるようですね……やっぱり、ユーリ隊長は独身で良かったですね。もし結婚していたら罪のない奥方が犠牲になっていましたよ」

俺に言い寄る男を殺すユーリは、邪魔の妻がいたら……平気で殺害するのか?



「クライス、ただいま」

兄嫁とまた従兄弟に妻でも邪魔なら平気で殺害する男だと認定された夫が帰宅した。

「俺よりも先に子どもたちに、言ってやれ」

「ただいま、アンジェ、ジュリス、ユリア」

良い父親になるとは言っているが……たくさん産ませるわりには、ギルフォード王子のほうが良い父親だと思う。
ギルフォード王子は本当に息子二人を可愛がっていて、子煩悩な父親だ。
だからこそ、エミリオもほだされて何時の間にか三人目も作っているのだろう。一番初めの時は子どもは一人しか要らないと言い張っていたのに。まあ、それはエミリオの性格も関係しているだろうが。あいつは一見真面目そうで清廉潔白に見えて、結構いい加減な性格をしている。何度部下の分隊長から、エミリオ分隊長に苦情を言っても、聞いていない振りをされるんですと言われた事か。
そして根に持たない性格もしているので、面倒だからギルフォード王子で良いか、という結論に至ってしまったのだろう。

しかし俺の夫は物凄く根に持つ性格をしている。ちなみに俺もだ。
だからこそ、俺は昔ユーリに強姦された事を忘れたわけじゃないし、今でも根に持って覚えている。

「クライス、お茶会楽しかったかな?」

「……まあ、それなりに」

「今日は俺の話題で盛り上がったようだね。そんなに俺って卑劣な性格をしているかな?」

どう見ても卑劣で冷酷な性格をしているだろう。

「仮にもね、自分の奥方になった子を殺したりはしないよ」

友人たちとのお茶会の話までストーカーしているくせに、妻は殺しませんと言われても信用はできないんだが。

「じゃあ、俺の事は放っておいてくれたのか?」

「そうだね……絶対に諦めなかっただろうね。ほら、俺って陰険な性格しているしね……だからね、全部なかったことにするんだよ。妻がいた事実も、その時間も、全てをね」

「痕跡ごと全て消し去るっていうのか?」

それはまあ、公爵家の力なら戸籍から人一人いなかった事にするくらいわけないだろうが。

「いや、妻と言う邪魔な存在がいた時間を全て抹消する。その男と結婚する前まで時を戻せば良いんだよ……だって、失礼だろう? クライスと結婚するのに、俺が純潔じゃなかったら」

「そんなに時を遡る事ができるのか? たしかほんの数分しか出来ないと聞いた覚えがあるんだが」

「普段は5分が限度かな? だけどね、一生に一度だけ自分の好きな自点まで戻すことができるんだよ」

本当に公爵家の男たちときたら、有り得ない独自魔法ばかり持っているんだな。

「……まさか、今、もう巻き戻しをしているとか言わないよな?」

「安心して? 俺は身も心もクライスしか知らない、クライスだけの俺だよ」

それはそれで……別に嬉しくないが。

「じゃあ、もし……時間を巻き戻す事ができなかったとしたら、お前は妻を殺すか?」

「仮定の話だね……まあ、クライスを手に入れるためだったら俺は手段を選ばない……と、だけ言っておくよ」

「お前に婚約者がいなくて、良かったよ……妻もな」

とても可哀想な目にあわせるところだった。代わりに俺がとても可哀想な目にあってしまっているのだが。

「ヤキモチ焼いてくれた? 俺に婚約者がいたらって」

「いいや……全く」

「……これでも、結構もてたんだよ。妻にして下さいって言ってくる男はたくさんいたし……」

「だろうな……王国一の名門一族の跡取りか国王になるんだから、もてないはずはないだろう。俺には全く興味はないがな」

「……母上も、婚約者候補たくさん連れてきたし……」

「そうか」

「本当にクライスって俺に興味がないんだね……俺、これでもクライスの夫だよ?」

「言われなくても分かっている。俺はお前の事一度も夫じゃないなんて言ったことはないだろう?」

「そうなんだけど……俺に何百回って抱かれて、俺の子を三人も産んだのに、俺の事なんとも思わないの?」

確かに俺はユーリの子を三人も産んだ。ユーリの望むまま抱かれる。

「妻の義務だ。お前の事は結婚した時から、愛なんてものこれぽっちも生まれないまま、現在に至っている」

ただ、変わったことがあるとしたら。まあ、ユーリの子どもを産むなんて死んでもごめんだと思っていたが、まあ今は仕方がないと思っている。実際子どもたちは可愛い。父親は愛さないが、子ども達は愛している。

「本当に……こういうこと聞くと、分かっていても結構大打撃と言うか、打ちのめされると言うか……ほんの少しの情もないの?」

「そうだな……子どもたちの父親という意味では、情はある。お前みたいな人でなしでも、アンジェたちの父親だ……貴様なんぞ死んでしまえと思っていたが、今は子どもたちのために、生きていて欲しいとは思っている」

生きていられると俺には自由はないが、ユーリに捕まってしまった今、どうしようもないことだと諦めている。俺は子どもを産んだ以上母としての責任があるからだ。
子ども達の魔力は俺よりも遙かに高い。父親がストッパーになってくれないと、暴走したときに止めようがない。それに、子どもたちはこんな父親でも全うな人間だと思って愛しているしな……。

「そうか……俺ってクライスの中では、子どもの父親としてしか価値がないんだね」

「そうだ……他に存在価値はないと思っている」

「じゃあ、やっぱりもっと子どもは必要だね」

そう言って、ベッドに押し倒された。

「……どのみち、四人目を作るといっていたくせにか?」

「もっと必要だってことだよ」

「……四人で終わってくれないか? 流石に最近俺は自分の未来が心配なんだが……」

ユーリに洗脳される時間がたぶんもっと長くなっていくだろう。俺の結婚生活の半分は洗脳されていると言っても過言じゃない。

「だから子どもを作るんだろう? クライスが逃げ出さないための枷と、俺を愛してくれるように俺の魔法にかかって欲しいんだ」

「……俺は逃げ出した事なんか一度もないはずだが?」

エルウィンのように悪あがきもしたことがなければ、性生活を拒否したこともない。実家に戻った事すらなければ、逃げようと考えた事すらない。なのに何故ユーリは俺が逃げ出したらとか、そんなことを考えるのだろうか。

「クライスが逃げようとしなくても、他の男がクライスを盗もうとするかもしれない。それにクライスは俺を愛していないから、子どもがいなかったらきっと逃げようとしたはずだ。結婚生活の初めから子どもがいたから逃げようとしなかっただけだよ。実際に、結婚前は俺から何度も逃れようとしたし、アンジェも始末しようとした」

「結婚前のことを持ち出されても……」

アンジェには申し訳なかったが、俺は確かにアンジェを堕胎しようとしたことがあった。
レイプされたあげく孕んだ子なんかあの時はいらなかったからだ。
だけど今は後悔しているし、お腹にいるときだったとはいえ、申し訳ないことをしたと思っている。

「それに、お前から逃げ出そうなんか馬鹿のすることだ。世界にお前以上に強い男がいないんだからな……逃げても無駄だってことは分かりきっている……絶対に俺を逃がさないだろ?」

「当たり前だ……クライス。逃げようとする前に捕まえるよ……行動を起こすことすら許さない。俺を愛さないんだったら、俺以外の男に触れることも許可できない。一生俺のものだ」

俺が他の男を愛そうとすることも、縋ろうとする事も、逃げ出そうとすることすら、全てがこの男の前にでは、無駄な行為となる。
だから俺は無駄な事はしない。

愛される事を享受するだけだ。

愛していない男のキスを大人しく受け入れ、体を開く。

「クライス、クライスは俺のこと世界で一番強いと思っているかもしれないが……俺の価値はそんなじゃないよ」

「……ん?」

「俺が世界で一番なのは……クライスを誰よりも愛していることだ。世界でクライスを一番愛しているのはこの俺……それを忘れたら駄目だよ」


ユーリ、お前の愛が世界で一番深いだろうが、世界で一番強いのだろうが、何でも構わない。

俺は、お前がなんだろうが……どうせ、お前の籠の中で閉じ込められる事には変わりはないのだから。





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