僕は二人の伯爵家の跡取りの方に求婚され、決闘し勝った相手と結婚する事になっていた。

そのため、この決闘場に来ていたが、待てども待てども二人とも来なかった。

「来ないな……」

「すまない!……あの二人は来れなくなった」

元々、僕はあのお二人、リリア様にルーカス様のことを愛してもいなければ、これっぽっちの恋情もなかった。
僕はこれまで人を好きになったことがなかった。
好きになるという気持ちがどんな物かも分からなかった。
あのお二人に求愛されても、何も感じなかった。

きっと僕は一生人を好きにはなれないのだと思う。愛する事の意味も分からなければ、恋をするという思いも知らないままなのだと思う。

だからリリア様でもルーカス様でもどちらでも、勝ったほうと結婚すれば良いのだと思っていた。
あのお二人とて、僕の事が好きというわけでもない。
何故か決闘をすることになるほど、僕を取り合っているかのように見えるが、ただお互い張り合っているだけで、僕を好きなわけでもないことは、恋という感情を知らない僕にも分かった。

「あの二人は急遽、他の……男の花嫁になってしまった。というわけで、決闘は行われない事になった」

とても言い難そうにしている方がいた。普通に考えれば結婚するかもしれなかった二人が、二人とも僕以外の男と結婚しているという事実は、とても言い憎いだろう。
だが、僕はどこかホッとしていた。結婚しなくても済むんだと。
伯爵家の方に申し込まれたら、僕からは断われない。身分の差がありすぎるからだ。

「良いんです……もともと、お断りしたかったのですが…僕みたいな身分では、お断りする事すら失礼に当たりますので」

この方は典礼省からいらっしゃった方だろう。通常、決闘する際には立会い者が典礼省からやってくるらしい。
決闘する者たちより身分が高く魔力の高い方が派遣されて、決闘を見守る。被害が回りに出ないように厳重に監視する役割でもある。

「それでは……彼らのことは好きではなかったのか?」

「ええ……僕には、人を好きになるという気持ちが……たぶんないんでしょう」

「君の名前は何と言うんだ?」

「……マーリーンです」


僕は、ライバル同士の喧嘩に巻き込まれただけ。だが、結局、振られた形になり、良い縁談をまわすのが難しいと両親に言われた。
伯爵家のご当主になられる方に見限られた形になっているのだ。伯爵家以下の爵位を持つ方々にしてみれば、不詳を買う相手と結婚などできないのは当然だろう。

でも、僕は特に結婚したいわけではない。縁談が来ないというのなら来ないで構わなかった。

「侯爵様……」

僕は恋はできない。恋なんて知らないと思っていた。人を好きになるなんて一生ないと思っていた。

でも、僕は振られたと言われる日に、恋をしてしまった。

雲の上の方だと思っていたリリア様やルーカス様よりも、さらに爵位の高い方。伯爵家でも恐れ多かったと言うのに、僕が一目見て忘れられなかった方は、侯爵家の方だ。しかもご当主でもある。
氷のような怜悧な目をした、とても美しい方だった。僕が捨てられたと思ったのか、哀れみの目で見ていて、優しい言葉をかけてくれた。
僕は一応軍属だったが、いわゆる正規ではなく、産休を取っている方々の補充として軍に所属していた。
だからリリア様たちが結婚してしまい、居場所がないと心配した侯爵様が僕を典礼省に入れてくれたのだ。
本来だったら僕の家柄や成績では、とうてい入省できないというのに。

侯爵様はとても優しい方だ。

そして僕は余りにも雲の上の方を愛してしまった。

「辞めたい? どうしてだ? マーリーン。待遇が悪かったのか? きちんと面倒を見るように部下に言っておいたのだが」

「いいえ……違います。結婚が決まったので、退職をしようと思います。侯爵様にはとてもお世話になったのに、こんなに早く辞める事になって申し訳ございません」

「結婚? 何故だ!? マーリーン、君は人を好きになれないといっていたではないのか?!」

「好きにはなれなくても、結婚は出来ます」

リリア様やルーカス様とも好きではないけれど、結婚しようと思っていた。

「両親が……どうしても結婚して欲しいと、言うんです。僕の家はそれほど裕福ではなく……今度の縁談はとてもお金持ちの方からなんです」

たぶん、それだけ言えば分かるだろう。僕が家のために結婚するのだと。
僕も、誰と結婚しても同じだから、両親が用意してくれた相手に異を唱えるというわけではない。誰でも一緒だ。

「相手は貴族なのか?」

「いいえ……商人の方です」

「では、魔核を破壊して嫁ぐ気なのか!? 正気とは思えない!」

夫になるほうが魔力が高い。これはあまりにも一般的なことだ。魔力の高いほうが夫になり、低いほうが妻となり子どもを生む。

だが、例外もありうる。魔核さえ破壊してしまえば、遺伝的な要因はともかく、魔力がなくなり、どんな相手の妻にもなれる。

魔力がない、またはあっても高くない裕福な商人階級では、貧乏でそれほど魔力が高くない貴族の相手を希望する際に、魔核を壊して嫁がせるということを闇でしているのだ。そうすれば、魔力は無くなったが、遺伝的要因では高い潜在能力を持つ妻との間に魔力のある子どもをもうける事ができる。

僕は、そう、両親に売られていくのだが、僕の今の価値はこんなものしかない。仕方がないと思っている。

「そんなことをして、幸せになれるとでも思っているのか!? 魔核を壊したら、どうなると思っている!!」

「こんな、僕です……ご縁を頂いただけでありがたいと思わないといけません……」

「誰でも同じだというのか!?」

「はい……」

侯爵様、貴方以外だったら、たぶん誰でも同じなんです。

「なら、私の花嫁になっても構わないという事だな?」

「……え?」

「誰とでも結婚しても同じと言うのだったら、私と結婚しても良いのだろう? 私とだったら魔核を破壊する必要などない!」

「侯爵様……」

ああ、この方は僕に同情しているのだ。縁が無くなってしまった僕を哀れんで、魔核を破壊して嫁がせるくらいだったら、代わりに結婚しても良い、そう言って下さっているのかも知れない。

「いいえ……貴方とだけは違います」

「何が違うというんだ!」

それは僕が貴方を愛していると言うこと。愛している貴方に負担はかせさせられない。

「貴方とだけは結婚できません」

「誰も好きになれないというから、私はずっと見守ってやりたいと思っていた! だが、誰と結婚しても同じと言うのなら、何故私では駄目なんだ、マーリーン……私は一目見た時から、愛していたと言うのに」

とても都合の良い言葉を聞いているような気がする。侯爵様が僕なんかを好きだなんて。

「僕なんて……家柄が違いすぎます……」

僕の家は一応貴族だが、爵位すらない。父は男爵家の息子だったが、その父は爵位を貰えない次男に過ぎず、かろうじて貴族と名乗る事が許される程度にすぎなかった。

「魔力も低いし……」

産休の補充要員にくらいしかできない。

「そんなもの関係ない! 私の愛があれば、家柄も魔力も、関係ない! 私の妻になるのはマーリーン、君だけだ」

「侯爵様……」

「愛している……君が私を愛していなくても、大切にするから……私の妻になってくれないか?」

僕なんか妻にしたらきっと後悔する。こんな身分の低い僕が侯爵夫人なんて、認めてもらえるわけがない。

「違います……僕は、僕は、貴方を愛して……います。愛しているから、妻には、ご迷惑になるからなれま」

「マーリーン……君が私を愛していなくても妻にするというのに、愛していると言う言葉を貰ったら、何を言われてももう止められない! どうやっても私の妻にするよ……愛している」

僕は馬鹿だと思う。
侯爵様のご迷惑にしかならないというのに、結局僕は侯爵様を拒めなかった。
こんな僕を愛してくれると言うのだ。

侯爵さまのためなら何でもしたかった。

僕との結婚はかなり反対された。とくに、侯爵様のお父さまはこんな魔力の低い嫁など認めないと言われた。相当もめたし、こんな僕なんかとやはり結婚しないほうが良いと何度も言ったが、侯爵様は諦めず一族を説き伏せて結婚をしてくれた。

僕は相応しくない妻と思われていても幸せだった。
侯爵様がいてくださるだけで、何を言われても何も感じなかった。

「奥様が魔力が低いから、すぐにでもお子様に恵まれますね」

たぶん、皮肉だったのだと思う。僕が魔力が低いから、子どもができやすいのだろうと。
侯爵様に相応しい魔力の持ち主と結婚していれば、数年はできなくても不思議ではない。
だが僕が相手なら、すぐにでも妊娠してもおかしくない。

そうか、僕は侯爵様の妻になったからには、侯爵家に相応しい魔力も持つ子を生まないといけないんだ。
僕は侯爵様がいてくれれば、それだけで幸せだけど、侯爵様のためにも魔力の高い才能ある子を生まないと駄目なんだ。

「クラレンス様……申し訳ありません」

そうして産んだ子は、あまり魔力の高い子ではなかった。
僕に比べればかなり高いだろう。だけど、侯爵様の跡継ぎとしては相応しいほどの魔力を持っていない事は歴然とした事実だった。

「気にするな……跡継ぎとして落第点というほどじゃない。これくらいあれば充分当主になれる」

放逐されるほどの魔力ではなかった。ただ、期待外れという程度だ。だが、僕なんかを妻にしたから、高い魔力を持つ子が生まれなかった。それは義両親もそう言ったし、侯爵様も頑張ってくれたという割りには、がっかりしているのが分かった。

どうしてもっと高い魔力を持ってこの子は生まれてくれなかったのだろうか。長男は父親に似ることが多いというのに、魔力は僕のほうに似てしまった。
そのせいか、僕はどうやっても長男を愛することができなかった。
元々、僕は人を愛する事ができない性質だ。侯爵様だけが例外で、他の誰も、両親ですら愛してはいなかった。
愛する侯爵様の子だというのに、自分が産んだ子だというのに、どうやっても僕は息子を愛せなかった。

そしてすぐ第二子を身篭ってしまった。

また魔力の低い子を産んだら、侯爵様に愛想をつかされるかもしれない。
やはりもっと魔力の高い妻を娶ればよかったと後悔されるかもしれない。

僕は子どもを産む事が怖かった。

愛せない事が怖かった。

「マーリーン良くやってくれた!」

だけど、第二子を産んだ時、誰もが笑顔を浮かべていた。
僕を侯爵夫人と認めてくれない義両親ですら、僕を労ってくれた。

第二子として生まれた息子はとても魔力が高かった。僕なんかが生んだとは思えないほどにだ。

夫はとても喜んでくれた。親戚中も、ようやく僕を一族の一員として認めてくれた。
夫はとても息子を可愛がってくれている。僕を褒めてくれた。

生まれてきてくれてありがとう。侯爵様がとても喜んでくれたんだよ。生んで良かった、きっと僕は君を愛せると思う。
なんて名前をつけようか。
長男は僕の名前からとって侯爵様がつけてくれたけど、今度はクラレンス様の名前から付けて上げたい。

きっと、幸せな家庭になると思う。相応しい子が生まれてきてくれたから。
ありがとうね、侯爵様のために生まれてきてくれて。


END
ご、ごめんなさいです。あの両親のお話でした。
本人たちとても幸せなんです。跡継ぎには恵まれませんでしたが・・・(爆)



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