「それで、結局シリウス王子は俺達の先祖だったのか?」
「ええ、系譜を調べたら、確かに俺達の先祖でした」
兄マリウスに、一応経緯を説明してみた。
全くの無関係ではないし、勝手にあの国を併合してしまったが本来であれば、長男である兄に一番の権利がある。
もっとも兄がそんなことを望む人間ではないことは、わかっているが。
あの場所に兄がいなくて良かったと心底思う。
この人は余り魔力も高くないし、一応軍人だったが今は妊娠中のため、ろくな抵抗など出来なかっただろう。俺ならユーリが何時でも見張っているが、兄の夫のロベルトはそうはいかないだろう。
俺の夫だから、ああも非道なことを平気でするし、結果、まあ俺の身を守れたわけだが。
「兄さん、欲しくはないと思いますが、あの国欲しいですか?」
ユーリだって、面倒だといっていたくらいなので兄が欲しいといったら平気でくれるだろう。
勿論欲しがらないとは思うが、兄の権利の一つだ。
もともと兄は何の権利も実家から貰っていなかった。だから要らない物でも念のため聞いておいてあげたいんだ。
「要らないよ。貰ってもどうしようもないし、ロベルトの実家もかなりの領地持っているらしいから、夫も要らないって言うと思うし」
「まあ、そうですよね」
「……俺は何も要らないけど、父上たち……クライスの子どもたちのこと、きっと諦めていないだろ? 俺のせいで、迷惑をかけていないか?」
「いえ…別に」
俺には何もいってきていない。
ユーリには再三お願いをしているらしいが、俺への面会をユーリが許可しないから父といえでも会えないらしい。
「……クライス、父上や母上のこと好きだっただろう? 俺のせいで、父上たちと仲違いして欲しくないんだ。クライスが構わないんだったら、跡継ぎも出してあげて欲しい」
俺はずっと知らなかった。両親は俺の目の前では兄を可愛がっていたし、とても良い家族だと思い込んでいた。ずっと兄が犠牲になって、見えないところで阻害されていたのを気がつきもしなかった。
兄は俺のことを何となく避けているのは気がついていた。
ただ、それは兄よりも俺のほうが地位が高くなってしまい、遠慮してしまっているのだと思い込んでいた。俺は同期の中でもかなり出世が高かった。
エミリオなどはもともとの能力に加え権門の出だから、出世が早くても当然なのだが、俺は名門とはいえそれほど権力のある家でもないので、出世が早かったのは第一部隊の上のほうがあっという間にリタイヤしていって、上の席があいたことと、隊長の結婚相手の都合がよいように、という理由もあったらしい。だから実力だけで出世できたわけではない。
というわけで、それほど遠慮しなくてもと思っていた鈍感な自分を責めているところだ。
たぶん兄には嫌われているんだろうな、と思う。ただ、兄は優しいからこんな俺でも許してくれているんだと思う。代わりに自分が不甲斐ないからだと責めている。
少しコンプレックスが強いんだと兄の夫に言われている。だから俺はアンジェやジュリスを連れて来ない。
兄の長男であるアルベルはかなり魔力が高いほうだが、それでも俺の息子たちと比べると落ちてしまう。アンジェとアルベルをつい比べて自分に反映してしまうかもしれない。
従兄弟だが会わせないのもかわいそうだと思うが、ルカたちとは違うので、きっとアルベルにとってレベルの高すぎる従兄弟は負担にしかならないだろう。
「両親は……嫌いじゃない。でも、利己的なところがあるって分かったから、息子を養子に出すのは心配なんだ。特権階級的な思考を植えつけられたら嫌だし、息子の将来は自分で決めさせたい。将来息子が継ぎたいと思うんだったら考えようとは思うけど。けど、わざわざうちの実家を継がなくても領地が余りまくっているからなあ」
一国の公爵家というには余りにも広すぎる領地を持っている。
それこそ、いくつもの国よりも広大なのだ。
一体どうやって管理をしているのか不思議になってくるほどだ。
「俺も嫌いじゃないよ……」
「兄さん……」
「親になってみて分かったんだ。やっぱり、親は子どもに期待するんだよな……クライスと俺をみたら、やっぱりクライスを跡継ぎにしたいって気持ち分かるんだ。だから……俺のせいで仲違いをして欲しくないし、俺を思って跡継ぎを出さないせいで、あの家が途絶えるのを見るのがつらいんだ……たぶん、クライスは俺なんかよりも、ずっとあとで後悔すると思うから……」
「分かった……跡継ぎのことは、ユーリと相談してどうするかちゃんと決めるから……だから、兄さんは気に病まないで下さい」
最近少しずつだが仲良くなれてきているのに、父の話題が出ると兄の顔は途端に曇ってしまう。
「俺は息子を跡継ぎに出す気ないよ」
「……いや、それは分かっているが。だが、お前俺と結婚するときに父と約束したんだろう?」
帰宅したユーリに兄と実家の跡継ぎ問題のことで話し合ったことを告げると、その言葉が返ってきた。
「まあ、クライスが良いなら次男でも三男でも出そうと思っていたけど。けど、クライスは納得していないだろ? だから出さない」
俺が妊娠中洗脳されている間にユーリは父と話をつけ、次男を跡継ぎに出すことで父を納得させたらしい。
王妃か公爵夫人になれるというのに、最後まで父は嫁に出すことを渋っていたらしい。
「クライス……まだ、クライスの中では義父のこととマリウスのこと、消化しきれていないだろう? 自分の中で収まりがついていないのに、息子を養子に出せるのか?」
「……確かにそうだな」
兄を思い、父に反発し、そんな家に息子を出したくないという思いと、それでも父に愛された記憶が相反する思いがある。あのまま実家か途絶えたら、可哀想だ。そんなふうに思う気持ちもあるのだ。
「そうだろう? だから、もうこの問題は置いておこう。まだ義父上も若いのだからあと数年でどうこうなることはないだろう? 息子達が成人してから、継ぎたい子が出てきたら、考えればいいだけだ。今すぐ答えを出さなければいけない問題じゃないだろう?」
「そうだな……息子たちの気持ちが一番大切だからな」
ユーリは家庭問題を解決するのが上手いと思う。
兄とロベルトさんのときも知らない間に動いてくれていたし、外面だけは本当にいい夫なんだろう。外面だけではなく、普通に父親としてもいい男だとは思う。そしていい夫にもなりたいとは言われているが……こういう時は年下ながら頼もしい夫なんだな、と思えるが。
一体何がいけなくて普段は最悪な夫だと思うのだろうか。
「お前、色々考えてくれているんだな」
「クライスを幸せにしたいんだ。俺を夫にして良いと思えられるように……少なくとも、俺が夫で良いねと皆に言われて、誇らしいと思ってくれたら良いなと思っているよ」
俺もわかっている。ユーリは俺に愛されていないことを知っていて、それでもできるだけの努力をしてくれていることは。
俺を真綿にでも包んでいるかのように、守ろうとしている。
愛せれたらきっと幸せになれるんだろうな、とは思う。
妊娠中や産後の俺は心底ユーリを愛していると洗脳されている。一見完璧なユーリに愛されて、可愛い子ども達がいてとても幸せだと思い込んでいる。
いっそ、あの夢から覚めなければ、幸せなままなんだろうな、と思わないでもない。
「時々、お前はいい男なんだろうな……とは思う。俺を幸せにしたいと努力をしてくれていることも……俺はずっとこれからもユーリの妻なんだろうし、子どももきっと何人も産むんだと思う。けど、それは愛じゃない。俺はきっと一生お前を愛せないままだと思う……」
「俺の美しい奥様は残酷だな……愛されていないことは俺はよく分かっているよ。だけど、愛せないって言葉にはしないでくれると嬉しいな。現実を直視させられて、こんな俺でも結構落ち込むよ」
ユーリでも落ち込むのか。笑いながら人を犯す男がか。まあ、人間だから当たり前か。
「でも、良いよ。クライスは俺の一生の伴侶で……一生離さないから、死んでもね……」
愛せないという妻を、それでもユーリは執着する。
俺だったら愛せないという男をそばにおく勇気はない。
愛せない俺が悪いのだろうか。
でも、どうやったらこの酷い男で、それでも俺に愛されたいと願う男を愛せるのか俺も良く分からない。
「俺ね、今新しい魔法を開発中なんだ。来世でも伴侶になれるようにって、魂ごと縛り付けて、同じ年代・同じ国で生まれ変われるような魔法なんだよ。魂に絡み付いている魔法のせいで、誰も好きになってもらえないし、誰とも(俺以外)交われない魔法なんだ。あと少しで出来そうだから」
「……お前のそういう陰険なところが、愛せない一番の理由なんだ!!!!!」
END
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