俺がセシルのことを思い出したのは、そう、18歳の誕生日を迎えた頃だった。アンリ様にかけられた記憶消去の魔法は、俺の愛が勝ったのか記憶を取り戻す事ができた。
そして頭を抱えた。
やり方を間違わなければ、18歳になったらセシルと結婚できていたはずだったのに。
セシルに会いたくて仕方がなかった。俺の愛しい、恋人であり、叔父でもある美しい人に。
どこにいるかは大体分かっていた。俺が建てたあの家で、深い森の中でたった一人閉じこもっているんだ。
他の男に見られたくない。他の男に触れさせたくない。だから森の中でたった一人でいることは構わない。ただ、俺がセシルに触れる事ができないのが堪らなく切ない。
結界が強力すぎて俺でも破壊できなかった。何時出てくるか分からないセシルを24時間見張っている事は、精神的に不可能だった。ただ俺に出来る限りで見張っていて、あの結界の中に入っていく人は、俺の母と弟と父だけだった。
他の男はいなかった。
俺がセシルに与えた媚薬のせいで、俺が記憶を奪われた後、セシルは他の男に身を任せ続けたのではないかと心配していたがその気配はない。再会した後も、色々探ったが、あのセシルが俺との約束を破って他の男に抱かれたしたら、あんな態度は取れないだろう。だから、セシルは抱いたのは俺以外いないはずだ。
セシルは俺が記憶を取り戻していたのを隠していた事を、酷く怒ったが、結局セシルは何時ものように俺を許してしまう。セシルは俺に甘いのだから。
ねえ、セシル、俺はどうやってもセシルを諦められないよ。何度記憶を奪われたって恋をするのは貴方一人だし、絶対に思い出してみせる。
エミリオのことだけは、セシルにどうやっても償いきれない事をしてしまった。けれど、今更親だと告げる事はできないし、セシルは望んでいなかった。
俺もエミリオのことは愛しいと思っている。けれど、今更息子だと中々思えない酷い親だ。
ただ、エミリオにはとても感謝をしている。今、セシルが生きていられるのはエミリオのお陰だ。エミリオが生まれてくれたから、セシルは生きてこれた。
結局、俺は自分の幸せのためにエミリオを利用してしまったけれど、それでも俺たちは君を愛している。
「父上……兄上? どうしてここに」
森の中に閉じこもって以来、一度しか会ったことがない父と兄が訪ねてきた。エミリオの母ではない長兄のほうだ。
「エミールがお前と暮らしていると言い出して……一度話を正式にしたいと」
「エミール!」
顔から火が出る思いだった。兄も父もエミールとの関係をこれっぽっちも知らないはずだった。次兄は自分達だけで留めておいて、勿論エミリオの出生の秘密も兄と父には話していない。何も知らない父と兄を巻き込んだ事に、どうしてという思いが沸き起こる。
「すみません、伯父様、おじい様、わざわざここまで足を運んでもらって」
「いや、構わんが……それにしてもセシルとエミールがこんな仲になっていたのは驚いた。昔からエミールはセシルに懐いていたが……」
「俺はずっとセシルおじ様のことを愛していました……大人になってもずっとです。両親には反対されてしまいましたが、セシルと一生添い遂げたいと思っています」
そんなことを父や兄にばらしてどうするつもりなのか。余計な心配をかけるだけにしかならない。私のせいで父はかなりの心労をかけた。
私が犯人がエミールと言わなかったから、息子が暴漢に襲われて、しかも貴族中に知れ渡ってしまっているのだ。どんなに心を痛めたか分からないだろう。だけど、私はエミールを守るほうを選んで、父にどんなに苦しい思いをさせたか分からないほどだ。
「だから、セシルと俺を結婚させてください。お願いします!」
「……真剣に考えているのは分かった。だが、私たちに言うのはお門違いだろう。結婚の許可を出すのは侯爵だ。私たちでは何もしてやれない」
「両親には廃嫡されました。俺はもう侯爵家の人間ではありません。あの家はエミリオが継ぐことになります。失礼ですが伯父様には子どもがいない。このままではあの家は断絶してしまうでしょう」
長兄は結婚しているが子どもはいない。私もいない事になっている。唯一この血筋で残っているのはエミールとエミリオだけだ。
「エミリオは跡継ぎに差し出さないと母上に断わられていたはずです。それにこうなっては、侯爵家を継ぐのはエミリオになった今、あまりにも現実的ではない。エミリオが結婚して子どもに継いでもらおうとしてもその子どもが成人するまであと40年くらいはかかるはずです。その前にこの家はなくなってしまうはずです……俺がこの家を継ぎます。だから、この家の当主として次期跡取りに結婚の許可を下さい!」
結婚の許可を出すのはその家の当主だ。当主に反対されれば絶対に結婚できない。
エミールは兄の次の跡取りになることで、この家から許可を貰おうとしている。
「そんなことをすれば、本当に侯爵家とは縁が切れてしまうぞ?」
「構いません。俺にはセシルだけいれば良い……両親にはこんな息子で申し訳ないと思っているし、エミリオにも俺の後始末をさせる事になってしまう。けれど、もうセシルと結婚する方法はこんなことしか思いつきません。俺がこの家にできる事を全てします。だから、どうか!」
「セシルは……いいや、聞くまでもないか。お前はずっとエミールを可愛がってきたが、大人になったら妻になるのか」
「父上……」
「お前は、そうやってエミールに引っ掻き回されているほうが良いのだろう。あんな森の奥に閉じこもって死んだようなお前を見るのは辛かった。だが……エミールといたほうが人間らしい顔をしている」
そんな顔をしているのだろうか。分からない。
「陛下にはすぐにでも我が家の跡取りの結婚許可証を出してもらうようにお願いしよう。何、これでも私は陛下のただ一人の叔父だ。嫌だと言わないだろう」
「ありがとうございます!……おじい様」
騙してごめんなさい。父上。父上はきっと汚された私が、甥と人生をやり直すことができればと、きっと許可を出してくれたのだろう。私もエミールも父上を騙していると言うのに。
でも、どうしても私にはエミールが大事なんです。何もかもを捨てて、私なんかと結婚したいと言うエミールに、私はもう拒絶の言葉が浮かびません。私がいる事でエミールが喜んでくれるなら、私にとってもそれが喜びなんです。
「やっと、やっと結婚できるよ! セシル!……俺と結婚してくれますか?」
「嫌だって言ったら……どうするんだい?」
「今すぐにでも押し倒して、うん、と言うまで抱き続ける!」
相変わらず馬鹿だ……
****
私はエミールと結婚してからも子どもを産む勇気はなかった。
エミールは私を抱いて子どもができたとして、私生児にさせないためにどうしても結婚したかったのだと言う。
二度とエミリオの時のような思いをさせたくないからと。
だが、何時も思ってしまうのだ。兄達のあの子のためになるけれど、子どもを捨てるような私がもう一度親になって良いのかと。エミリオは捨てたのに、今度の子だけ私達で育てることなど、許されるはずはない。
エミリオは許してくれた。結婚すれば良いと。甥っ子離れするために、子どもでも作ったらと言ってくれた。でも、本当にそれで許されるのだろうか。
「セシル、今度こそセシルに子どもをあげたい。セシルに失った物を返してあげたいんだ……」
日々葛藤をしていても、エミールに抱かれれば、どうしようもないこともある。
「セシル? どうしたんだっ!?」
「……陣痛だよ……今日産まれるのかな?」
この痛みは二度目だ。けれど11年ぶりの陣痛は、二度目だからといって到底慣れるものじゃない。
「大丈夫だよ……そんなに心配しないで」
私のほうが心細い思いをしているのに、エミールのほうがずっと辛そうな顔で私を見ている。父が医者を何人も用意してくれたし、エミールがうろたえていても何もできるはずがないのに。
「何か俺にできる事はないのか?」
前回の出産では当然エミールもいなかった。医者もいなかった。出産を経験している兄がずっと側にいてくれて、出産を手伝ってくれた。
「兄上が……前は兄上が一緒にいてくれたんだ…」
「……母上に来て欲しいのか?」
「来てくれるわけないよ……あんなに良くしてくれた兄上を裏切ったのにっ」
「待っていてくれ」
エミールがいなくなってしまい、また陣痛の波が来た。そんなにすぐ生まれるものじゃない。まだ数時間はこの苦しみから逃れる事はできない。
「セシル……お前……」
「兄上……」
4年ぶりに会う兄は何処も変わっていなかった。そして隣にはエミリオを連れていた。
「おじさん、大丈夫? 今から僕の従兄弟を生むんでしょう? 僕赤ちゃんに会いたかったから連れてきてもらっちゃったんだ」
「違う、ああ……従兄弟でもあるのか。でも、正式には甥だ」
違うよ、エミール。従兄弟でもあって、弟なんだ。
「兄上、ごめんなさいっ……たくさん裏切って……エミールを取ってしまって。またこんなことになってしまって」
「良いんだ……今日だけは、許す。今日だけだ……だから、今日は元気な子どもを産むことだけ考えろ」
兄はずっと私の手を握っていてくれた。エミリオを産んだ時と同じように。
「エミリオ……君にもたくさん酷いことをしたんだ。お兄ちゃんを奪ってしまって、それで」
「おじさん、泣かないで。本当におじさん、泣き虫だよね。お母さんになるんでしょう? 何時まで泣いていちゃ駄目だよ」
「……本当だね……エミリオ、私を許すと言ってくれないか? こんな私が子どもを産むことを」
許される価値なんかないけど、エミリオに許してもらわないと踏ん切りがつかない。
「お母さんらしくないけど、許してあげるよ。だから僕のお母さんくらいしっかりとしないと駄目だよ、おじさん」
そうだね、そうするよ。君を愛する事が許されなかった分、この子に精一杯の愛を送るよ。
「エミリオ、この子にね……君が名前をつけてくれるかな?」
「この子セシルおじさんに似ている気がするから……んっと。じゃあ、お父さんとお母さんの名前両方からとって、エルシアでどうかな?」
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