転移した先には何もない森だった。
しかし一瞬後に、10年生活をしていたあの家が現れた。

「エ、エミール?」

「貴方が住み慣れた家が良いと思って。この土地は友人の領地だから、両親にも追跡される心配はないし、安心して暮らせる」

そう言ってエミールは私を抱き上げると、花嫁でも抱くように二階に上がって行き、寝室のドアを開けた。

「エミール!」

これではいかにも今から……するとしか思えない。だが私は衝動的にエミールに付いて来てしまったとはいえ、こういうことをする覚悟は決まっていない。
そもそも何故付いて来てしまったのか。もっとやれることはあったかもしれないのに。エミールと兄達をもう少し冷静に話し合いの橋渡しや仲介をすべきたっだのではないか。そう思うと後悔ばかりがこみ上げてくる。結局、私が何をやってもエミールはこうなる運命だったのだろうかと。

エミールが一人でいられるのは耐えられない。せめて私だけでも側にいてあげたい、そう思って反射的に付いて来てしまったが、エミールは私がエミールの物になると解釈してしまっただろうか。いや、そう考えて当たり前だろう。ついて来ただけで、そういうつもりはなかったなんて言い訳は通用しない。だってずっとエミールは私に求愛していたんだ。

「セシル、今更駄目なんて言わないでくれ……ずっと恋焦がれて、やっと手に入れたんだ。分かっている……セシルは可愛い甥っ子の俺に同情しているだけなんだろう? でもそれでも良い。愛している……」

私は何時もエミールの愛に応えられない。できるのは何時も流されるだけだ。

エミールの手が私の衣服を脱がそうとしてくる。

「だ、駄目だっ!」

「セシル、無理だよ。ここまで来て、止めれない」

何も解決していないのに、エミールの中ではもう全てが解決したとでも思っているのだろうか。

「……君はさっき勘当されて、これからのこととか考えなければいけないことがたくさんっ」

「どうでも良いよ……そんなこと。どうしてもっていうんだったら、後で考えよう。今はもう俺はセシルのことしか考えられない」

魔法もいまだに封じられていてあがらう術はない。いや、本気で嫌ならここまで一緒には来なかった。嫌じゃないけれど、したくはない。

「……エミール……私はもう年なんだよ。36歳なんだ……君の若さを受け止めきれるか自信がない」

若い頃でもエミールの毎夜の求めに応じるのが辛くて、エミールが学校に行っている間は半分眠っている事が殆どだった。
今はもう36才だ。28歳だった頃とは違う。

「セシル、綺麗だ。年なんか関係ないよ……セシルが気を失っている間にセシルのことを色々調べたよ。セシルはあのユアリス王子と双璧をなす美人で有名だったんだって? 今でもその美貌で俺を狂わせるんだな……」

「んっ……あっ」

エミールは私の唇を塞ぎながら全ての服を脱がしてしまう。そして、自分の服もあっという間に剥ぎ取って、お互い全裸になってしまった。

エミールの裸は何度も見た事がある。けれど、あの頃とは全く違った。
厚い胸板に、そそり立つそれも全く違う。

思わず見ていられなくて目を逸らしてしまった。

「セシル、可愛い……恥ずかしいのか? 初めてじゃないんだろ?……俺は記憶はないけど、俺がセシルを抱いたんだよな? 他の男になんか抱かれていないと言ってくれないか?」

エミールは推測を重ねて、自分が私を襲った犯人だとたどり着いたけれど、誰も面と向ってそうだとは言っていない。

「君は……まだ子どもだったんだよ。子どもで、まっすぐな愛情を私に向けてきて……記憶を失う前、他の誰も愛さないでと……エミール以外の誰にも抱かれないで欲しいと……君は私に言ったんだよ」

それが、そう、ずっと呪縛のように私の縛り付けていた。

もっとも純潔じゃない私が、他の誰かを愛することも抱かれる事も有り得なかっただろうが、エミールが泣きながら頼んだから、絶対に他の男に抱かれないで欲しいと言ったから、私はそうするしかなかった。エミールを裏切れなかった。

「だからっ……私は」

「……ありがとう、セシル。俺を待っていてくれて」

「私がっ……君についてこなかったら、どうしていたんだ?」

待ってなんかいなかった。記憶は一生戻ってはいけないと、もう二度と私なんかを愛してはいけないと、二度と会うつもりもなかった。

だけど、どうやっても君は私なんかを好きになってしまうんだね。

「そんなの……誘拐したに決まっているだろ?」

だけど、私は君が幸せになってほしいんだ。君にとって私なんてこの世で一番愛してはいけない人間なんだし、私のせいで君は実家も家族も地位もなくした。それで私だけになってしまったんだったら、私は君に私をあげることなんてたいした事じゃない。

「セシル、俺初めて……じゃないんだっけ。でも覚えていないから、セシルを酷く傷つけてしまうかもしれない」

「良いんだよ……君になら何をされても」

それに初めてじゃないと言っても、8年ぶりだし、エミールはあの頃とは違って見知らぬ他人のようになっている。私だって初めてと殆ど変わらなかったし、凄く恥ずかしい。他の男に抱かれて欲しくないと言ったエミールとの約束を破ってはいないけれど、今から私を抱く男はエミールじゃないような気さえする。


「セシル……痛いか?」

「っ……だ、大丈夫……」

「ごめんっ……俺、昔よりもだいぶ大きくなったから、辛いよな?」

「良いから……」

確かにエミールは私よりもずっと背が大きくなっていて、受け入れるのに物凄い苦痛を伴った。今も歯を食いしばって耐えているが、エミールがそれでも凄く嬉しそうだから我慢できる。

「セシル、俺セシルを抱けて物凄く幸せなんだ。愛している……愛している。セシルは?」

枕に顔を横たえてエミールに顔をなるべく見られないようにしていたが、エミールに問いに思わずまっすぐに見てしまった。

「セシルは俺の事を愛していない?」

「……私は……君の事を、勿論愛しているよ。だって君は私の甥だから……」

「セシルは甥にだったら誰にでもこんな事をさせるのか? エミリオにもせがまれたらさせるのか? そんなことはないよな?」

「そんなことさせるはずがっ」

「だったら俺だけなんだろう? セシルは俺が強姦したのに、許していたんだろう? 俺が無理強いしようとした時も、男に嫌悪感も持っていなかったし、俺の事を憎んでもいなかった……俺のことを愛しているから、こうして俺を受け入れてくれるんだろ? 甥じゃなくって一人の男として……愛してくれているんだろ?」

そんなこと、有り得ない。だってエミールは私の可愛い甥で、愛して……

「俺の事を愛しているって言ってくれ! セシル……」

「分からないよ……君の事は世界で一番大切で、誰よりも愛しているけど……っ、そういう意味で愛しているかなんて」

私達は今日何をしてきたか。私は心配してくれている兄を裏切ってエミールと逃げて。
エミールは両親を捨て、家を継ぐという責務を放棄して、そして私達二人はエミリオを捨てた。

「分からないっ……お願いだから、私にそんな事を聞かないでくれっ! もう私の家族は君しかいないのにっ……」

「ごめん……俺と一緒に来てくれただけでも満足しないといけないのに、焦りすぎたよな。俺がセシルのことを愛しているから、それだけで良いから、側にいてくれ」

エミールはそれから何度も私に愛しているといい続けて、何度も私を抱いた。

朝目覚めるとエミールの腕の中で目が覚めた。昔は私よりも小さく抱きしめると、抱きついているようにしか見えなかったが、今はもう違う。


「セシル、おはよう」

「……おはよう」

私にとってはエミールがいるだけで、何時もと全く変わらない朝のはずだ。
同じ家、同じ部屋、同じベッド。

だけどエミールがいるだけで、また私の中で時間が動き出した気がした。

「ご飯を作ろうか?……お腹空いただろう」

私のためではなくてエミールのために朝食を作る。私だけならただの義務で食べていただけだった。
エミールが子どもの頃は学校に戻って食事を取っていたから、私がエミールのために食事を用意した事など殆どなかった。
誰かのために作ることが、何故かとても嬉しいと感じられた。

駆け落ち、と言えるのか分からないが、何もかも捨てて逃げてきたのに、こんなふうに思ってはいけないだろう。けれど何故か高揚する気持ちは抑えられなかった。

エミールは私が用意をした朝食を気持ちがいいほど食べてくれた。

私はそれほど食欲を感じなくて、パンを少しづつ千切りながらエミールを見ていた。

「君は……これからどうするつもりなんだ? 兄上たちともあんなふうに終わってしまって。騎士の仕事だってあるだろうし」

できれば兄たちと修復をして欲しい。けれど兄たちがエミールを許すことはとても難しい事だろう。
そして兄たちの善意を無視して、エミールについてきてしまった事も裏切りに映ったに違いない。

私達はもう二人きりだ。

「仕事は……父上たちが邪魔をしなければ続けようと思う。セシルと一緒に暮らすのに無職で金銭的に不自由はさせたくないし」

「ここにいれば、お金なんか必要ないよ。でも、そうだね……仕事を続けるのはいいことだと思う」

私と二人きりだけになったらきっとエミールは駄目になってしまうだろうから。
私がいる時点でもう駄目になっているような気もするが、少しは外の世界を見るべきだろう。

「そして……家族を作ろう。俺、セシルに似た子どもが欲しい。きっと可愛いだろうなって、昨日寝る前にずっと思っていた」

無邪気に笑うエミールの言葉に胸が痛んだ。

「それは……できない」

「セシル?」

「君には、私の全てをあげるよ……何でも。でもね、子どもだけは、どうやっても無理なんだよ」

私にはエミリオだけが私の子どもだ。

育てられなくて兄上達に託した、そんな私がもう一度子ども産んで育てるなんて、そんな欺瞞に満ちた事はできない。

私達が捨てたエミリオに申し訳なくて、例えエミールの願いでも、それだけはどうしてもできないことだ。




- 176 -
  back  






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -