「お兄ちゃん、セシルおじさんをいじめちゃ駄目なんだよ。おじさんは体が弱いから静養で田舎で暮らしているんだよ」

「悪かった……エミリオ。何故だか分からないけど、お兄ちゃんだけが何も知らないから、頭がおかしくなりそうだったんだ。もうおじさんを虐めたりはしないよ」

誰かが私の頭を撫でているのが感じられた。

ああ、そういえば私はエミールの追及に疲れきった体で耐え切れず、気を失ってしまったのだった。ふわふわのベッドで寝ていることからも、エミールがここに運んでくれたのだろう。

「ああ……起きたのか? 体調は大丈夫か? セシル」

叔父と分かってもエミールは私をセシルと呼んだ。おじ様と呼んでくれたようには戻らない。記憶が無いから当然なのだろうが。

「セシルおじさん大丈夫? おじさんはか弱いんだから、お兄ちゃんに酷い事しちゃ駄目だって叱っておいたからね」

「ありがとう、エミリオ」

小さなエミリオが私を庇うようにしてくれるのを、どこかくすぐったい気持ちでいた。

私はもういい年なのに、自分の息子に庇われるなんて。私はあの頃から全く成長していないんだ。エミリオを産んでから、世捨て人のような生活をしていたから、全く時間が私を変えていなかった。だから私は何時までたってもエミールから何とか逃げようとするばかりで、何も出来ない人間のままだった。

「エミリオとは仲が良いんだな……」

「やきもち焼いているの? 僕の名前もセシルおじさんが考えてくれたんだって。何でお兄ちゃんはセシルおじさんのことを知らなかったの?」

「……私はちゃんとエミールのことを知っていたんだよ。小さな可愛い子だった……私がね、田舎に引きこもったから、それ以来会っていなかったんだよ。エミールは小さかったから、おじさんのことを覚えてくれていなかったんだ」

それでエミリオは納得できるだろうか。エミリオは納得できたとしてもエミールはきっとそれでは納得できないだろう。
いくら私が田舎にいたからといって、弟のエミリオは頻繁に会っていたのに、何故兄のエミールは物心ついて以来一度も会わなかったのか。兄がエミリオを連れてくるのなら、エミールだって連れてきて会わせているはずだ。

それに、何故あの森で会った時、エミールは身分を明かしていたのに、叔父だと名乗り出なかったのか。

「エミリオ、少しセシルと二人きりで話をさせてくれないか?」

その言葉に、これ以上追及されたくない私は思わずエミリオを行かないでくれとでも言うように抱きしめた。
ベッドの上で私に抱っこをされてたエミリオは困ったように私と兄の顔を交互に見比べたが、ギルちゃんをおうちに送っていかないといけないからと部屋を出て行ってしまった。

「……随分、エミリオを可愛がっているんだな」

「だって私の甥だよ……」

「俺だって、貴方の甥なんだろう! 知らなかったけどな……甥だって言うんだったら、同じように可愛がってくれてもいいんじゃないのか?」

「え?……」

「エミリオにしたみたいに、俺を抱きしめてくれてもいいはずだろう? 俺も同じ甥だって言うんだったら!」

「君は……もう、大人だろう? エミリオみたいな子どもじゃない」

「子どもの頃、エミリオみたいに可愛がってもらった記憶が無いんだ! 俺の叔父だって言うんだったら、やってくれても良いだろう?」

エミールは私が目覚めてから、甥と叔父という関係にあったと分かってから一度も結婚の話をしていない。
甥だと分かったから諦めたのだろうか。
昔よりもまだ理性的になっているエミールなら、禁忌の関係だと分かって自制心が働いたのかもしれない。

「良いよ……こっちにおいでよ」

エミールがベッドに乗り上げてきて、私の横に座った。そのエミールをエミリオにしたように抱きしめる。
ただし、私の腕の中にすっぽりと入ってくれたエミリオのようにはいかなかった。

「……大きくなったね……昔はね、私の腕の中に納まるくらい小さかったのに」

今はもう、私の腕で抱きしめても後ろまで手が回らない。
もうしっかりとした大人の男になっている。
分厚い胸板に、太い腕。昔の知っていた頃のエミールじゃない。
昔私を抱いたあの頃のような、小さなエミールじゃないんだ……

「私は君の叔父なんだよ……私を好きなんて言うから、言い出せなかったんだ。もう、大丈夫だよね?」

「何が大丈夫なんだ? ああ、セシルが言っていた事か。身分違い? 大丈夫になって良かったよ。王族で身分も高いセシルなら、俺の妻になっても何の差しさわりもないよな? うちも良く知った家だろうし、嫁入りしても母上はセシルの兄なんだから、何の心配も要らないだろう? 俺の事もよく知らないって言っていたけど、可愛い甥っ子だったんだから、問題ないだろう? これまでと変わらない家族と一緒に暮らせるんだ」

「叔父だって分かったのに、まだ君は私と結婚する気でいるのか?」

「セシルと同じ血が流れていて嬉しいよ。どこの誰だか、セシルは絶対に話そうとしなかったけど、身元もはっきり分かったし、もうこれで俺から逃げないでくれるかと思うと、叔父さんだって分かっても俺別に何の絶望感もわかないよ。結婚だって、侯爵家が特例結婚を申し込めば100%の確率で許可が下りるはずだ。何の問題もない」

セシル、変わらず愛しているよ。と囁くと、エミールは私をそっとベッドに横たえ、上に跨った。

「な、なにっ?」

「……セシルは俺の事を甥としか見ていないのか? 俺が赤ん坊の頃に会ったきりなら、甥だからって赤の他人のようなものだろう? 俺を一人の男として愛してくれないのか?」

赤の他人なんかじゃない。私は……君に数え切れないほど抱かれて、君の熱情を受け止めるのに精一杯だった。私よりも小さな体の君に、何度も何度も抱かれて、そして子どもさえも身篭った。だけど、私にとって君はずっと愛しい甥っ子だった。

「エミール……私は君よりも14歳も年上なんだ。叔父というのもあるけれど、君の情熱に応えるにはもう年を取りすぎている……お願いだから、そっとしておいて欲しいっ、ん」

エミールが私の拒絶の言葉を塞ぐように、唇で私の唇を塞いだ。そのまま激しく貪られる。

「やっ! 嫌だっ!……無理強いはしないって約束したはずだっ」

「無理矢理は抱かない。キスだけだ、セシル……キスだけ」

いやだと繰り返してもエミールは止まってくれなかった。しかしキス以上には及んでこなかったので、それ以上抵抗はしなかった。

「……男に抵抗が無いんだな?」

「え?」

「レイプされたのに、男を怖がっていない。男を受け入れ慣れている……」

こんな中でもエミールは私を観察していた。

「エミール……」

「セシル、王都に戻ろう。父上や母上にセシルとの結婚を許可してもらうんだ」

あの二人が認めてくれるはずはないのに。
世界中の誰よりも反対をするはずだ。それをエミールは知らないし、私がいくら言った所で無駄だろう。逃げ出すにも魔力は封じられたままで、私は兄の驚愕の表情をすぐに見る事になった。

「母上、父上、任務から帰ってまいりました。そして、俺の花嫁を連れてきました……セシルです。勿論、お二人とも良くご存知でしょう? 俺は知りませんでしたが、俺の叔父らしいですが、関係ありません。セシルと結婚します。勿論祝福してくれますよね?」

「セシルっ! どういうことだ!?」

「……申し訳ありません。こんなことになってしまって……エミールが任務中に、あの家にやってきたんです」

それだけしか言えなかった。エミールを前にして詳しい事は何もいえない。エミールの高い魔力では心話でさえも読み取られてしまう可能性もある。
だが兄も侯爵もただそれだけで、事情を察したのだろう。
強張った顔で息子を見ていた。

「一目見て、セシルに恋をしました。後で叔父だと知りましたが、どうでも良いことです。愛して妻にしたいんです」

「駄目だ!」

「何故ですか? 叔父だからと言うことでは納得できないししませんよ! 許可が下りれば何の問題もないことですし、許可をもらう事にも何の問題もないはずです。セシルは陛下の従兄弟だ。特別な計らいがあって当然の立場です」

それだけではなく大貴族であるエミールの父が頼めば、問題なく許可証は発行されるだろう。それだけの力を持つ一族だ。
しかし反面、侯爵が反対するならば許可が出るはずがない。
そしてこの義兄がエミールと私の結婚を認めるはずがない。

「私も妻に同意見だ。エミール、お前とセシルの結婚は絶対に許可は出来ない」

「どうしてですか? 何故、理由もなく反対されるんですか? 反対される理由が分からない」

年の差や近親であること、そして私が純潔ではないこと。どれもが明確な反対の理由になりながら、たいした根拠にならないのも確かだ。
年の差はお互い魔力が高いのでそれほど壁にはならない。近親である事も、許可証さえ出れば問題はない。あとは私が純潔でない事だけが問題だろうが、赤の他人ならともかく弟なのだ。不憫な弟にそんな理由で排除するのもおかしいかもしれない。全てにとってエミールには納得のいく理由ではないだろう。

「……お前では到底セシルを幸せにできるとは思えない。セシルはこれまで辛い目にあってきた。お前のような子どもがセシルを愛して欲しがっても、セシルは幸せにはならない。むしろ苦しめるだけだ。セシルをそっとしておいてやれ」

「なら、母上はセシルにあんな生活を何時までさせておくんですか!? あんな人里離れた家で一人っきり、世捨て人のような生活をさせて、会いに来るのは母上やエミリオが年に数回ですか? 何もかも諦めたような顔をさせて一人ぼっちで死ぬまで暮らさせるんですか!?」

「誰のせいで、セシルがそんな目にあっていると思っているんだ!」

兄上!
……言ってはいけない。少しでもエミールに疑惑を持たせてはいけないのに。

「それは俺のせいなんでしょう?」

全員がエミールに驚愕の眼差しで見た。
たった兄のそれだけの言葉で、導き出せるわけはない。

「俺は、セシル叔父様をとてもとても慕っていたそうですね。12歳の時、あの事件がこの城で起こるまで、セシル叔父様のあとを何時もついていたそうだと、使用人からもおじい様からも聞きました。では、何故俺がセシルのことを全く覚えていないのか? 12歳だったんだ。忘れるはずない……そしてセシルが暴行された事件を俺だけが知らないはずはない。知らないのは、記憶を消されたからだ……俺がセシルをレイプしたからその罰として、記憶を消去したんだ……そうでしょう? 頭ごなしに母上が反対するのを見て、確証を得ました」

兄も侯爵もなんと言おうか迷っているようだった。認めるわけにもいかない。けれど、認めてそれを理由にエミールを排除するべきか、迷っているんだ。

「だから、不自然にもセシルは俺に会った時に、叔父だと名乗らなかった。分かるんですよ、俺がその時、婚約パーティーの場所にいたとしたら、俺はきっとセシルを結婚させないために汚しただろうって。だからセシルを抱いたのは俺だけだ。許してもらえない理由は、分かります。こんな俺にセシルを渡せないと言いたいんでしょう?」

「お前は! 自分の息子ながら、虫唾が走る!……セシルがどんな思いで、これまで生きていたと思うんだ!? 散々苦しめたのに、また同じことを繰り返す気か!」

「俺はどうしてもセシルを愛しているんです。どうか、やり直すチャンスを下さい。今度こそ、俺は間違わないようにセシルを大切にします」

あの頃よりは大人になった。あの頃は両親といえども殺してやるといっていた。
けれどエミール、君がいくら大人になったとしても、絶対に認められる事はない。二人は知っているから。エミリオがどうやって生まれてきたかを。

エミリオの処遇を決めようとしたとき、もう産む事は決めていた。今更兄もおろせとは言わなかった。
ただ、私生児として産ませるわけにはいかないことは、この国で生きる以上当たり前の事だった。私がエミリオを育てるわけにはいかない。全てを知っている兄夫婦に託すしかない。
ただ最後まで反対していたのは侯爵だった。息子がこのような過ちを犯した挙句、私から子どもまで奪っていいのかと苦悩をしていた。
それでも、これがこの子のための最良の道なのだからと、私がお願いしてエミリオを育ててもらった。
二人はあの頃を忘れられないからこそ、絶対にエミールを許すはずない。

「お前は自分の事ばかりだな……セシルの気持ちは聞いたのか? セシルはお前と結婚したいと一言でも言ったのか?」

「言うはずがありません。セシルは俺の記憶を含めて、色んなことを言えずにただ黙っていた。そんなセシルが正直な気持ちを言うはずがない」

「セシル、どうなんだ? 君は、息子と結婚する気はあるのか?」

私は、私も同じだ。
エミリオと別れた時のことを覚えている。生まれたばかりの子を抱く勇気もなく、抱いてしまったらきっと離したくなくなるだろうから、兄にすぐに連れていて欲しかった。でも、兄は一度で良いから母親としてだけと私を叱った。

「いいえ……エミールとは結婚しません」

エミリオに色んなものを背負わせてしまって、エミリオを捨てた私が、今更エミールと結婚などできるはずない。それはもうずっとエミールに言っていた事だ。結婚する気はないと。

「セシルも拒否しているのに、結婚させるわけはないだろう? お前は本当に諦めの悪い奴だな! セシルの記憶を消したのに、またセシルを探し出してきて同じことを繰り返す! これ以上セシルにつきまとってみろ! もう一度その記憶を消去してやる!」

「止めて下さい! もう、エミールの記憶を消さないで上げてください!」

何かが自分の人生で欠けていたような気がすると言ったエミール。不確かなあいまいな消失感はきっとまたエミールを苦しめるかもしれない。
私もエミールに記憶を消されるといわれたときには、生きてきた全てが消されてしまう絶望を感じた。もうそんな思いをさせてたくない。

「可哀想です……もう、止めてあげて下さい」

「なら、エミールお前に選ばせてやる。記憶処理を受けて何もなかったことにするか、あくまでセシルのことを諦めないと言うのだったら、もうお前はこの家の子ではない。廃嫡する」

「兄上!」

「構いません。この家を出て行きます」

「では、もうお前は俺たちの子じゃない! さっさと出て行け。勿論、セシルを連れて行くことも許可はしない! 二度と会うこともだ!」

こんな場面を見たくなかったから、エミールが全てを失ってしまうのが嫌だったから、私は何も言わずにエミールを守ろうと思った。
エミールには何をされても、嫌じゃなかった。エミールを守るためなら、私などどうなっても良かった。こんな未来を迎えないように、何でも出来た。

けれど、結局はこんな最悪の結末を迎えてしまった。

「エミール……」

「貴方をもう一度忘れるよりも、このほうがずっと良い……愛しているよ、セシル」

家族を失ってエミールはどう生きていくのか。たった一人で、私があの森で暮らしたように?

エミールは幸せにならないといけないのに! それだけが私の望みだったのに!

「でも、どうしても貴方を一緒に連れて行きたい。セシル、一緒に来てくれないか?」

どうして私はその言葉を拒否できただろうか。

私のせいで全てを失うことを選んだエミールを、一人ぼっちには出来なかった。


「一緒に行くよ……エミール」


私はエミールの腕の中に飛び込んで、そして二度とこの家には戻らなかった。




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