私は人を愛した事がない。恋もした事はない。ただ何となく結婚するんだな、と思い婚約にも了承しただけだ。

勿論、家族は愛している。エミールも愛していた。誰よりも可愛い甥っ子。

結婚する、恋愛対象で愛する人ではないのだ。エミールは。だって生まれる前から知っていて、自分の甥に恋をするなんておかしいだろう。

もみじのような手を必死に自分に伸ばして抱っこをせがんで来た、小さな、小さなエミールに、私がそういう意味で愛する事なんてあるはずがない。

私はそう……この見知らぬ青年になってしまったエミールを……叔父として以外に、愛するなんて有り得るはずがないんだ。

例え、かつて、あの腕に抱かれ、激しくキスをされ、何十回となくエミールのものになったが、そしてエミリオを産んだ。でも、それだけだ。エミールは愛して良い人間ではない……

「セシル……俺以外の男を思ってそんな顔をするなんて、許せるはずはない! 全部消して、これから貴方にあるのは俺だけで良い」

エミールの手が私の額に伸びてくる。エミールが本当に私の記憶を消そうと思ったら逃れる事はできない。私はエミールより魔力が低く、一度魔法をかけられたらエミールに関する記憶を全て失ってしまう事になる。
ならエミールから逃げるしかない。
幸い、エミールは私は魔力があることに気がついていない。転移して逃げるしかない。領都は魔力無効地帯が続いている可能性が高いらしいが、なら他の何処へでも良い。エミールのいない場所に、と転移をかけるべく魔法を発動させるが、ここも魔力無効の効果がまだ少し残っているせいか発動まで時間がかかり、記憶を消そうとしたエミールに異変を察知されてしまった。

「……セシル、何俺から逃げようとしているんだ? まさか、セシルが転移できるほど魔力を持っていたなんか気がつかなかったよ。まだまだ俺にたくさん隠し事をしているんだろう? でも、不幸中の幸いかな? 転移できるほどの魔力があれば、両親も絶対に俺とセシルの結婚に反対しないよ……じゃあ、記憶を消そうか」

「嫌だ!」

「じゃあ、選ばしてあげる……記憶を失って、俺と結婚をするか……この魔力封じの指輪をはめて、俺と一緒に大人しく領都まで来るか。どちらかしかない」

記憶は絶対に失いたくない。記憶を失ったら、色んなことがあやふやになってしまい、何か起こっても対処のしようが出来なくなる。
魔力を封じられてしまったら、エミールから逃げる事はできなくなる。しかし、上手く兄や侯爵に会うことが出来れば、兄たちが逃がしてくれるだろう。それならこの指輪を嵌めるしかない。

「本当はこんな犯罪者を拘束する指輪じゃなくって、結婚指輪を嵌めたかったけど……仕方がない。セシルと正式に結婚できるまでは、この指輪で我慢する」

それからはまた馬を走らせ、数時間後領都についた。そのまま領都にある城に連れられていった。
城にいる使用人たちは、私を知っているものはいなかった。もう10年近くもこの城には来ていないので、私の顔を知る者がいなくてひとまずは安堵できた。

「分隊長、報告いたします……無効地帯の広がっていた森は、発生源ではありませんでした。段々あの森一体では無効化が薄まっていっており、発生原因も不明のままでした」

どうやらこの城を一時的な調査隊の場所にしているのか、何人もの騎士が滞在していた。

「やはり発生原因は分からずか……無効地帯そのものはそれほど珍しくないが、ここまで広範囲なことは今までなかったことだし、どう考えても人為的なものなのだが……しかもこの領都が発生場所までは分かったが、人為的なら他国が攻めてくるなら分かるが、他国にそのような動きは一切ないし、何のためにしているのかが分からん……まあ、ご苦労だった。しばらく休みを取るが良い」

「ありがとうございます……さあ、セシル疲れただろう。部屋を用意させるから休んでくれ……代々の侯爵夫人が住んでいた部屋だから、きっと気に入ると思う。母は滅多にこの城には来ないから、これからはセシル専用の部屋にしようか」

私の手を離さないまま廊下を歩く。

どうしてこんなことになってしまったのだろうか。今は私を知るものがいないが、いつ何時私がエミールの叔父だとばれるかもう分からない。

「あ、お兄ちゃん! お仕事終わったの?」

「エミリオ? どうしてお前領都になんているんだ?」

「お父様と一緒に夏休みで領都に来ていたんだ。領民と触れ合うようにって……先にお父さんはお仕事があるから帰っちゃったんだけど、僕は叔父様のところに行こうと思って残っていたんだ、けどこの騒ぎで帰れなくなっちゃったから王都からのお迎え待っているの。あのね、お兄ちゃんに内緒で相談したいことがあるんだ」

エミリオ!……思わず呼吸が止まりそうになった。
夏休みはもう終わっている時期なので、まさか城に残っているとは思っていなかった。
今年の夏休みに何時ものように遊びに来てくれると言っていたが、この無効地帯の騒ぎがあり、来ることが出来なかったし連絡も出来なかったのだろうと思っていた。残念に思っていたが、エミールたちが来るなど慌しい日々でエミリオがここにいる可能性を少しも考えていなかった。

「え? 今からか? お兄ちゃん、大事な用があるんだが」

「僕も大事なようなの! 早く早く!」

私がフードを被っていたからか、エミリオは私が叔父だと気がついていない。同僚の騎士だとでも思っているのだろう。

このままそっといなくなりたいがエミールがこの手を離してくれない。下手に声を出して、先に部屋に行っていたいなど言ってしまったら、声でエミリオにばれてしまうかもしれない。どちも物凄い危険があり、ジレンマでどうにかなりどうだった。

「このお部屋にね、いる子なんだけど……ギルちゃん」

エミリオの私室まで案内されると、そこには幼いながら類稀な美貌を持った、愛らしい少年がいた。3〜4歳くらいだろうか。天使のような顔立ちをしていた。

「エミリオ、この子がどうかしたのか?」

「うん……あのね、ギルちゃんって言うんだけど、僕が剣を教えてあげていたんだ。近くの町に住んでいる子なんだけど……魔法が使えない原因はギルちゃんのせいかもしれない」

ギルちゃんが城に剣を習いに来るようになって、エミリオはギルちゃんの側にいると魔力が無くなるような気がした。でも、離れると普通に使えるので何も問題はないと思っていた。しかし、領都の城から離れようとした日から、この魔力無効地帯が急速に広がり、今では領都全体で魔法が使えなくなってしまった。
しかし城に来ている騎士にギルちゃんのことを言ってしまったら、ギルちゃんが殺されてしまうかもしれないと危惧したエミリオはギルちゃんのことを誰にも言えず、兄が来るのをずっと待っていたらしい。

「そうか……話には聞いていたが、おそらくこのギルって子は魔力阻害症じゃないか?」

「魔力阻害症?」

「そう、非常に珍しい体質で滅多に生まれないそうなんだが……その子の周りで魔法が使えなくなる、生まれつきの体質なんだ。でも、普通はこんなに広範囲で無効化するなんて聞いた事がないんだけどな…せいぜい数百メートルが限度だってきくけどな。なあ、ギル君?……今、領都では魔法が使えないんだけど、これはギル君がやったのかな?」

「わからない……でもでも、魔法がつかえなかったらリオ君はここにいてくれるでしょ?」

「いや……確かにエミリオは今この騒ぎのせいで帰れないけど、馬車でも馬でもいくらでも帰る方法はあるんだ。ギル君がしていることのせいでたくさんの人が、不便な思いをしているんだ。だから、魔法をつかえるようにしてくれないかな?」

「やだ! リオ君がいっちゃやだ!」

私もエミリオが遊びに来てくれるときはこんなふうに何度か思った事があった。
エミリオの滞在は夏休み以外は短い。日帰りで兄と遊びに来て数時間で帰ってしまう。そんな時、この二人が魔法をつかえなかったら、まだいてくれるのにな、と思った事もあるのでギルちゃんの気持ちは分かる。
子どもの癇癪が、このような騒ぎを起こしてしまったのだろう。

「ごめんね、ギルちゃん。僕は学校があるから王都に帰らないといけないんだ。でも、また遊びに来るから、ギルちゃん、皆に魔法を使えるようにしてあげて、ね?」

リオ君、リオ君と泣くギルちゃんに困ったエミールは、おろおろしていた。

「じゃあ、リオ君、ぼくのお嫁さんになってくれる? ぼくと結婚してくれるなら、ぼく、リオ君があいにきてくれるまでまってる」

「え?……ギルちゃんと僕だったらお嫁さんになるのはギルちゃんなんだけど……でも、ギルちゃんは可愛いから、良いよ」

ギルちゃんがエミリオと結婚する約束を取り付けると、ギルちゃんは満足したのか、急に魔力の無効化がなくなっていった。

「これで、領都での任務も完了になるのか……セシル、すぐにでも王都に連れて行って、両親に合わせたい」

「あれ? セシルって……お兄ちゃん、その人」

それまで私の存在を疑問に思っていなかったエミリオが、セシルという名前で私に気がついたようだ。恐れていた事態に体が強張る。

「この人は、俺の妻になる人だ……セシルと言う。綺麗だろう?」

「セシルおじさん! 僕に会いに来てくれたの? ごめんなさい、会いにいけなくって」

気にしなくていいんだよ、という言葉がどうしても口から出てこなかった。
それ以上しゃべれないでくれ、と祈ってもエミリオの口は止まらなかった。

「エミリオ、お前セシルのことを知っているのか?」

「? 僕たちの叔父さんだよ。お母様の弟だよ、お兄ちゃん知らなかったの?」

エミールの私を掴む腕の力が、手が折れそうなほど痛い。

「本当なのか? セシル?……貴方は俺の叔父なのか?」

黙っている事が肯定とうつったのだろう。

「どうして隠していたんだ? いや、どうしてエミリオが知っていて、俺が知らないんだ!?」

エミールは混乱しているのか、色んな質問を私に投げかけてくるがどれも答えれなかった。

「他にも何か隠している事があるんじゃないのか!?」

たくさんあるけれど、どれも君には言えないんだ。

「お兄ちゃん、セシルおじさんと結婚したいの? ……でも、叔父さんとは結婚できないんじゃなかったっけ?」




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