「お母様! おじ様がいないよ!?」

一人息子のエミールが、セシルがいなくなったと騒いでいた。

「家に戻ったのだろう」

「ううん! お城にも行ってみたけど、おじ様はいなかった! どこに行ったの?」

エミールは昔から弟のセシルにとてもよく懐いていた。14歳という兄というには少し年が離れているが、一人っ子だったせいだろうか。セシルのことが昔から大好きで、いつでもおじ様、おじ様とセシルの後ばかりついていっていた。

「……叔父さんは、旅に出たんだ」

「何で!? 僕をおいておじ様がいなくなるはずない!」

「叔父さんは、今一人でいたいんだ。分かるだろう? お前ももう大きくなっただろう? 叔父さんには今時間が必要なんだ」

物静かでおっとりしている弟が何時までも一人でいるのを心配して、伴侶を見つけた。とても目出度い日になるはずだったのに、エミールの叫び声で、駆けつけてみればそこには弟の無残な姿があった。
美しいバラ園でセシルも大好きなそこは、この城に訪れるたびに愛でていたはずの場所で……俺も即座には動けなかった。セシルの姿が余りにも哀れで、触れることが出来なかったからだ。
エミールの叫び声で招待客まで集まってきてしまい、夫がセシルを抱きかかえてくれるまで俺は何も出来なかった。

セシルに出来る限りは抵抗したのだろう。
しかし身体に傷らしい傷はなかった。これは魔力で押さえつけられたのだろう。
乱暴に剥ぎ取られた衣服が、申し訳程度にセシルを覆っていて、どう考えても合意の上ではない事が見て取れる。

上半身で怪我らしい怪我は、おそらく自分で噛み締めていた口腔内だろう。口から血が滲んでいた。
そして……下半身は、血と精液で汚れていて……怪我もすぐに魔法で治した。汚れも洗浄魔法できれいにした。服も着せて、見た目は何時ものセシルにした。
これで……セシルが何も覚えていなければ良い。
けれど何事もなかったことには出来ない。エミールが騒いだせいで、セシルが汚されてしまったことが招待客中に知れ渡ってしまったのだ。
可哀想なあの弟はもう一生結婚しないだろう。できないのではなくて、セシルはそのことを気にして一生独身でいる気だろう。

もっと警備を厳重にしておくべきだった。
セシルを一人にすべきじゃなかった。
こんな悪意に満ちた行為をする人間がこの国にいるなんて信じられなかった。

例え激情の余りしてしまったとしても、相手は責任を取るべく名乗り出るはずだった。

セシルは記憶があやふやなのでそれほど傷ついていないと言い張っていたが、やはり王都には居づらいと、一人で旅でもしてみたいと旅立ってしまった。
それを俺も、兄も、両親も止められなかった。

エミールが寂しがるのは分かっていたが、エミールのために行かないとくれとも言えない。

「おじ様に会いたい! どこに行ったの?」

「お母様にも分からないんだ。叔父さんは誰にも行き先を言わずに出て行ってしまったからね。今は、叔父さんは一人になりたいんだ。きっとすぐに戻ってきてくれるから、それまで待ちなさい」

「僕、探しに行って来る」

「駄目だ」

セシルには特にエミールのことを注意して欲しいといわれていた。
エミールがセシルを発見したのだ。きっとショックを受けていると思うし、そしてエミールに会わせる顔がないとも言っていた。
俺も、少しエミールがセシルに依存しすぎている気もする。
叔父離れする良い機会でもあるだろう。

「夏季休暇が終わって、すぐに士官学校が始めるだろう。叔父さんを探す暇なんかないだろう? お前はこの侯爵家を継ぐたった一人の人間だぞ。そろそろその自覚を持ちなさい」

「どうして、僕は一人っ子なの?」

「え?」

「僕も兄弟が欲しかった。そうすれば……僕一人でこの家を継げとか言われなかったのに」

俺は18歳で結婚して20歳でエミールを儲けた。普通よりもかなり早い。結婚できるようになってすぐに嫁いだのだ。
この調子でいけば実家のように三兄弟くらい産めるかと思っていたが、それ以降子宝に恵まれなかった。

「お母様、まだ若いでしょ? 弟が欲しい」

「急にどうしたんだ? 弟が欲しいなんて言い出すには遅すぎるだろう?」

5歳くらいの子どもが言い出すのなら分かるが、エミールはもう12歳だ。今頃弟と遊びたいと言い出すような年齢でもないはずだ。
家を継ぐ自覚を持つようにと最近皆から言われているせいだろうか。プレッシャーを感じているのかもしれない。弟がいれば、自分が駄目だったときに任せられると、逃走気分が言わせたのかもしれない。

エミールの言うように弟を産んであげれれば良いが、12年間妊娠しなかったので今更難しいと思う。

そんなに今から思い悩む必要はないよと言い聞かせ、叔父さんに関しても帰ってくるのを待とうと説得したら、大人しく寮に戻っていった。

「……弟がいたら、こんな家飛び出して、叔父さんと暮らすのに」

そんなことを言っていたことを知らないまま。


*****

エミールに考える時間が欲しいと言いながら、私は逃げ出した。
それ以外の道があの時は考えられなかったのだ。

エミールはNOという選択肢を許してくれていない。
18歳になったら結婚することを承諾する以外に、私には答えることが許されていなかった。

だが考えてみても欲しい。
エミールが18歳になった時に私は32歳だ。14歳差の夫婦は珍しいがいないわけではない。高位貴族ともなれば、肉体が若いままだ。年齢差がそれほど問題になるわけではない。
ただ、どうやっても叔父と甥という関係は変えれない。エミールは簡単に許可が下りると思っているようだが、私には無理だ。エミールをそういう対象として見ること等出来ない。

エミールのことを可愛いと思うし、守ってあげたいと思う。強姦された事も恨んでいないし、今でもエミールを愛おしく思う気持ちに変わりはない。
しかしエミールを夫にできるかといわれると、それはどうやっても無理としか言いようがないのだ。兄にも申し訳なく思うし、そういう対象でもない。

もともと私には継ぐ家もないし、婚約が破棄となり結婚する義務もなくなった今、王都の城にいても意味はない。
エミールから遠く離れて、エミールが私のことなど忘れられるまで、家族の元には戻らないつもりだ。一生帰れなくても仕方がないと思っている。そのくらいの時間をかければエミールは流石に私のことを思い出さなくなるだろう。

兄にも家族にもどこに行くとは言わなかった。定期的に連絡をすることで許可を貰い、誰にも私は居場所は分かっていないはずだ。
兄に連絡を取るとエミールは夏季休暇を終え、学校に戻っていったと聞いたため、安堵している。

もうあれから半年が過ぎた。ずるいと言われても私はエミールから永遠に逃げ続けるしかないと思っている。

実家からいくらでも金の援助はあったが、何時まで続くか分からないたびだったので、とても貴族が泊まるとは思えない安価な宿屋に泊まっていた。勿論風呂もないし、硬いベッドだけの質素な部屋だったが、平民ならともかく私は一応王族だ。それなりの魔力がある。
風呂がなくても魔法で清潔を保つ事など簡単だし、硬いベッドも勝手にふかふかの布団に変えることもできる。定住しようと思えば、山深くに入って、魔法で家を作り、そこで住めば一銭もお金を使わずに生活をする事も可能だ。必要な物は魔法で賄えるし、食材も野菜なら魔法で大きく育て、肉なら獣を捕まえればいい。そんな生活も良いかと最近は思っていた。

硬いはずのベッドを寝心地の良いように変えて、夜を過ごしていた。悪夢を見ることはない。自分の中であの事件がそれほど影響を与えていたわけではなかった。

それなのに今夜はあの日のことを夢に見ていた。それほど記憶があるはずではないのに、妙に鮮明に思い出していた。
エミールが私に何をするつもりなのか分からず、ただエミールのほうが強い魔力で押さえつけられ、衣服を乱暴に切り裂かれ……だけど、あの日は違ってエミールは引き裂かずに、私から優しく服を脱がせていき……

「……エミール?」

「おじ様、起きた? 眠っていても良かったのに……眠っていたほうがきっと緊張せずに僕を受け入れられたと思うんだけど」

「どうして、ここに……」

「おじ様、凄く、凄く探したよ。酷いよ、僕から逃げようとするなんて」

夢ではなく、目の前にいるエミールは現実だ。
誰にも居場所を知らせずにいたはずなのに、いくらエミールの魔力が高かったとしても私を探し出せるはずはない。

「学校はどうしたんだ?」

「ちゃんと行っているよ。お母様に邪魔をされたくないから、おじ様を探すのは学校が終わってからにしたんだ。おじ様の痕跡を探して、この国をどこへでも転移して探したんだよ。段々、僕の魔力が薄くなっていくから、少し焦ったけど、完全に消える前に探し出せてよかった」

「僕の魔力?」

「そう、おじ様と交わって、おじ様の身体中には僕の魔力の痕跡が残っているんだ。それを頼りに探していたんだけど、たった一回だからかな? かなり近づかないと追跡できないから、こんなに時間が経っちゃった……何時、気配がなくなってしまうか、ずっと怖かったんだよ?」

エミールは魔力が高い。だがそのエミールでもこんな僅かに残った魔力の痕跡を追ってくるなんて、想像もできなかった。少なくても私には出来ない。

「エミール、叔父さんに時間をくれと言っただろう……早く戻りなさい」

「おじ様、僕は騙されないよ。僕はおじ様が頼むから、気持ちの整理をつける時間をあげたのに! なのに、僕から逃げ出したんだ! 僕を騙して、僕から一生逃げようとした!」

エミールが見たこともないほど激昂していた。こんなに怒っている甥を見たのは初めてだった。

「まだエミールが成人するまで6年はあるだろう……そのくらい、叔父さんに考えさせれくれても」

「僕は分かったんだ。おじ様は、絶対に僕を受け入れてくれる気はないんだって……だったら僕にも考えがあるよ」

エミールは私を魔力で動けせなくしたまま、何かを取り出した。綺麗な小瓶にはいった液体だ。

「おじ様、これ花嫁の媚薬だよ。聞いた事あるでしょう?……うちの宝物庫を探したんだけど、見つからなかったし、本家に下さいってお願いしても僕の年齢じゃ無理だから、僕がレシピ見ながら見よう見真似で作ったんだけど、たぶん同じ効き目があると思うんだ」

「エミール、馬鹿な真似をっ」

「こんなことを僕にさせるおじ様はいけないんだよ。どこに逃げてもすぐに分かるように、おじ様の身体に僕の魔力をたっぷりと注ぎ込んであげる……それに、この花嫁の媚薬で僕無しでいられない身体になってもらって、18歳になったらおじ様から結婚したいときっと思うようにさせてあげるから」




弟が欲しかったのは、家出したときのためのエミール君。



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