体中が痛い。何故だろう?

ずいぶん長い間眠っていたように思った。目を開けると、光がまぶしく目が開けていられなかった。

そんな自分を誰かが何度も呼んでいるように聞こえた。

「セシル、セシル!……大丈夫か?」

「兄上?……どうしたんですか?」

どうして嫁いだはずの兄が、実家にいるのだろうか。何故こんな心配そうな顔をしているのか。
そう問いただしたはずの自分の声が擦れていて、何日も話していないみたいに感じられた。

「何日も高熱で……もう死んでしまうのかと思った」

何を大げさな事をと思わないでもない。治癒魔法を使えば熱くらい簡単に下がるだろう。

「何があったんですか?」

起き上がろうと思えば、このベッドに見覚えがないことに気がついた。この部屋もだ。見慣れた自分の部屋ではない。
ここは、どこなのだろう。
簡単に下がるはずの熱が下がらないかったのは何故だろうか。そもそも何故自分は熱など出して寝込んでいたのだろうか。

「セシル……何も覚えていないのか?」

「何を……?」

「良いんだ、思い出さなくて良い。ゆっくり休むんだ」

私の手をギュっと握りながら、何も思い出さなくていいと兄は沈痛な面持ちで懇願してきた。
何も思い出さなくて良いと言われても、こんな兄を見たらそんなわけにも行かないだろう。明らかに何かがおかしい。

それに、自分はここにいたのは……そうだ、確か……婚約披露パーティーで、兄が開いてくれてこの城にやってきたはずだった。
でも、出た覚えはない。私が主役だったはずなのに、出席した覚えがないのは……熱を出したから取りやめになったのだろうか。

「兄上、パーティーがあったはず……」

「……お前は何も心配しなくて良いんだ」

私は王族として生まれ、国王陛下の従兄弟として王族の一員に数えられていた。
長男は爵位を継ぎ、次兄であるこの兄は侯爵家に嫁ぎ、そして私だけが独身だった。

26才になって独身だった私を心配してこの兄が縁組を整えてくれたのだった。

特に好きな相手もいなかった私には、誰と結婚したい、結婚したくない言う気持ちはなかった。兄が選んでくれた相手なら間違いはないと言う思いがあったし、特に異論もなかった。

「寝ていなさい、良いね?」

「でも……何か、とても大事なことを忘れている気がして……」

兄が私の手を握る力が増した。

婚約パーティーの当日、そうこの侯爵家に逗留していて、周りの人間は準備に追われていた。私一人暇で、同じように暇だった……それで

「お母様……おじ様は目が覚めましたか?」

「エミール、叔父さんは疲れているんだ。来ては駄目だよ」

「エミールか、大丈夫だよ……心配をかけたのかな?」

兄の一人息子であるエミールが扉の向こうから顔だけをのぞかせて、心配そうにこちらを見ていた。幼い甥っ子にまで迷惑をかけてしまった。
まだ12歳の甥が声をかけてもらったことに喜んで、こちらに子犬のように走ってきた。
少年らしい笑顔を私に向けてきた。

「おじ様、大丈夫?」

その声に何故か嫌悪感を感じた。何故だろう。

大丈夫だと答えようとした声が詰まる。

そう、このやり取りは以前にもあったはず。

「兄上……婚約は……婚約パーティーではなくて、婚約はどうなったんですか?」

その問いかけに兄はしばらく答えなかった。答えは分かっていた。

「婚約は……なかったことになった」

当然だ。私はもう、純潔ではない。あの日、私は汚されたのだから。




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