「花婿の毒薬は、花嫁の毒薬と対になる、公爵家門外不出の秘薬だ」
花嫁の毒薬は広く知られた、誘拐花嫁に飲ませて夫なしではいられなくなる秘薬だ。
代々の花嫁たちは誘拐され、薬を飲まされ、夫の身体で慰められなければ生きて行けない身体にされ、何人もの子どもを産まされ、故国に帰ることなく異国の地で生涯を終えた。
これだけ聞けば、公爵家の男はどれだけ傲慢で勝手で酷い男だと思うだろうが、愛だけはあった。
しかし愛だけあっても誘拐された花嫁にとって果たしてそれが救いになるのか。
花嫁の塔で、故国や愛する家族、恋人のことを思って泣く花嫁……ばかりではなく、一人、花嫁の毒薬の効果に苛まれながらも、僅かな正気の時間で作り上げたのが、後に花婿の毒薬と呼ばれる薬だった。
効果は、夫の性欲の減退……どころではなく、男として尊厳さえ無くすような恐ろしい物を、誘拐花嫁は発明したのだった。そして夫に密かに飲ませ復讐を果たしたという。
「……誘拐されて泣いていただけじゃなかったんですね」
「まあな、たまにはこういう気概のある花嫁もいたそうだ。この秘薬は、花嫁の毒薬以上に門外不出とされ、一族以外存在を知るものがいなかったはずだ」
「なら、この菓子に花婿の毒薬が入っていたということは……混入した犯人は……」
どう考えても公爵と前公爵しかいない……
俺の息子を使い物にならなくして……復讐か? それとも、メリアージュ様に奉仕させないようにしたとか? 仲を悪くしようとしたとか……
「父上や兄上だろうな……」
「ばれないとでも思っていたのでしょうか?」
被害者が俺だけだったら、メリアージュ様に飽きたからとか悪口を吹き込めたかもしれないけど、これだけ被害者が何百人といるんだ。すぐにばれてしまうだろうに。なんというか、詰めが甘い。
「思っていたんだろうな……あの人たちは嘘が下手というか。嘘をついても誰にも咎められないし、そもそも嘘をつく必要がないから、何時も最後の詰めがなっていないんだ」
そうでしょうね、嘘なんかつく必要なく。何かあったら、魔法で殺せば良いし、気に入らなければ国を滅ぼしちゃうような人たちだから、こういうチマチマとした謀に向いていないんでしょうね。
「そんなことよりも、どうやったら元に戻るんですか!? 副隊長! こんなんじゃあ、奥さんに愛想を尽かされちゃいます!」
「そうです! どうやったら俺の息子は回復するんですか!」
他の部員から泣き言のような問い合わせが……そりゃあそうでしょう。一大事ですから。
「メリアージュ様?」
「……おそらく解毒剤はあるはずだ。その花嫁は後に、何人も子どもを産んで、それで俺たちがいるのだから」
花嫁の毒薬は夫に抱かれる事で効果は切れるが、花婿のほうはそもそも役に立たないのだから奥方を抱いて効果終わりとはいかないのだろう。そう考えれば確かにこの方がいるということは、花婿公爵のほうは何とかインポを克服したということの証明だ。
「良かったです……それに、俺……メリアージュ様が俺にがっかりして、出て行ってしまうかと思って心配していました」
「そこまで短気ではない。たった三日の事だ、何か原因があるかもしれないと思って、今日はより念入りに見張っていて良かった」
メリアージュ様ってナチュラルにストーカー宣言をしてくださるので、誰も突っ込めない。しかし、今日は見ていてくださったお陰で原因が特定できた。そうでなければ、俺たちだけでは菓子が怪しいとまでは分かったろうが、結局何も解決策を見出せないままインポのままだったろう。メリアージュ様の愛のお陰で、俺たち部隊数百人は救われるのだ。
しかし短気ではないとおっしゃりながら、城が半壊するほど俺をボコボコにしましたが?
「今から実家に行って解毒剤を手に入れてくるから、待っていろ」
「俺も一緒に行きます!」
「いや、お前が一緒に来ても……たぶん、転移をかける時点でお前は除外物に入っているだろうから、結界にはじき飛ばされて死ぬぞ?」
そりゃあ、あの親子嬉々として、俺を最重要除外物に指定していそうだな。
なので、メリアージュ様が俺を抱っこして、除外物に指定されないほうに保護され、公爵城まで転移した。
「メリアージュ! 戻ってきたのか!!」
「お父様は待っていたぞ!」
……なんかもう犯行を隠す気ないでしょう。
「俺が何のために戻ってきたか分かっているでしょう?」
「ん? アルフ、何のことか分かるか?」
「いえ、全然分かりません」
「とぼけるのもいい加減にしろ! さっさと花婿の毒薬の解毒薬を出せ!」
ああ、その一言だけで公爵親子は涙目に……本当にメリアージュ様を愛しているんだな。
「ロアルドに花婿の毒薬を盛っただろう!?」
「知らないもん!」
「そいつに愛がないだけだろう! インポになったのは!」
「父上……兄上……」
「メリアージュ様……こうなるのは分かっていたでしょう」
とぼけて、薬を出そうとしないのは。そう簡単に罪を認めるはずはない。この二人はどうやってもメリアージュ様に帰ってきて欲しいのだから。
「一つお聞きしたいのですが、どうして俺が邪魔なら花婿の毒薬なんか飲ませるような回りくどい真似をしないで、殺さないんですか? 公爵たちなら簡単に俺を殺せるでしょうに」
伯爵家が無事なのはメリアージュ様がいるからだ。そして俺が生きているのもメリアージュ様がいるから。けどこの方々ならメリアージュ様よりも魔力が強いので、ばれないように殺す事も可能だろう。勿論疑われるだろうが。
「そんなことをしたらメリアージュに一生嫌われるじゃないか!」
「そうだそうだ! メリアージュに憎まれたらお父様生きていけない!」
「だから、貴様の股間を狙ったんだ! インポになればメリアージュ愛想を尽かして目を覚まして捨てて戻ってきてくれると!」
「メリアージュが貴様に抱かれているかと思うと我慢できない! その股間が許せん!」
「子どもができたら一生戻ってきてくれないんだから!」
俺の股間狙い撃ち……殺すと嫌われるから股間を狙うって……それでも怒られているし嫌われているでしょうに。
「白状しましたね? これ以上怒らせたくなければさっさと解毒剤を用意して下さい」
「そんなものはない!」
「そんなはずはないでしょう!? 実際に花婿の毒薬を使われた先祖は、その後何人も子どもを儲けているのに!」
「ないものはないんだ! よく考えてみろ! 夫に復讐をしようと思って発明した薬の解毒剤をわざわざ花嫁が用意すると思うか? 実際に、夫が懇願して解毒剤をくださいと頼んでもせせら笑って、拒否したそうだ」
「解毒剤がないからこそ、この秘薬は門外不出なんだ! これで出回ってみろ……恐ろしい事に。だから、一族以外名前も知らないんだ!」
「……確かに解毒剤は見たこともない」
つじつまは合っているけど、けど、実際ご先祖様はインポから回復したんだろう?
「ご先祖には偉大な愛があったんだ! 解毒剤などなくとも、花嫁への愛で薬などには負けなかった! わずか2ヶ月で、薬の効果を自らの身体で打ち破ったのだ! 貴様もメリアージュへの愛がそれほど深ければ、治るだろうよ」
「帰るぞ、ロアルド」
「ええ?? 良いんですか?」
「嘘を言っているとすぐに分かるから、父上も兄上も嘘は言っていない。解毒剤は本当にないんだろう……ならここにいても意味はない」
それはそうなんでしょうが……しかし、あの方々をあのままにしておいたらまたくだらない悪事を企むんじゃないでしょうか?
かといって俺には止められないでしょうけど。
「め、メリアージュ、だからそんな男など捨てて戻っておいで」
「嫌です。例えロアルドが一生このままでも構いません……俺はロアルドを愛しているんです。何があっても戻ってきません。父上たちがこれ以上何をしたとしても……だから、何をしても無駄ですよ」
泣き濡れる公爵親子を無残に切り捨て、メリアージュ様と俺は家に戻ってきた。破壊されていた城はきれいに修復されている。メリアージュ様が直してくれたのだろう。
「メリアージュ様……」
「毎回、うちの家族が迷惑をかけて悪いな……」
「いいえ、お父上たちのお気持ちも理解できますので……」
大事に大事に育てた、それこそ王子様のようにチヤホヤして育てたメリアージュ様の結婚相手が俺ではなかなか納得できないだろう。
「お前たちのことを……俺が何とかして解決方法を見つける」
愛があれば解決できる、そう公爵は言っていたのだが、メリアージュ様はそのことには言及しない。
「メリアージュ様、愛していれば治ると公爵が」
「分かっている……分かっているが、俺はそれに期待はしない。分かっているからな……お前が俺を愛していないことは」
「メリアージュ様っ……」
俺なんかのせいで、そんな顔をさせてしまうなんて。こんなにもメリアージュ様は俺なんかのことを思ってくださっているのに。
なのに、メリアージュ様は俺に愛せと強制したことはない。俺を束縛するのに、愛は諦めているのだろうか。
何故なんだ。いつものように、俺を愛せ!と、妻にするよなと迫った時のように言って下されば良いのに。
結婚は強制できても、愛までは、気持ちまでは強制できないと思っているのだろうか。
メリアージュ様が兄君に、お前は愛されていないんだろう、と言われたときに、そんなことはない! と言わせられなかった、俺の不甲斐なさを恥じた。
こんなに俺のことを愛してくださっているのに、俺はそれに1つも報いていない。
「メリアージュ様っ……お、俺……今だったら、今だったら言えるような気がするんです!……俺、メリアージュ様をとても、とても愛おしく感じているって!」
メリアージュ様の目が大きく見開いた。
「愛している、かも、しれません」
「……そんな嘘をつく必要はない」
「嘘なんかじゃありません! 俺、メリアージュ様の気持ちに報いたいんです!」
「愛は同情じゃない。そんな戯言を聞かされるほうになってみろ!!」
俯いてしまって俺の顔を見ようとしない。俺の言葉をメリアージュ様は信じていない。
「そんなことありません! 俺、今なら!……メリアージュ様のご先祖にも負けないかもしれません! 毒薬に打ち勝って見せますから!」
俯いて答えないメリアージュ様を抱き上げると、有無を言わせずにベッドに連れて行った。
そうだ、俺のほうが魔力がちょっととはいえ強いんだ! 力だって勝っている。他は負けているが……それでもメリアージュ様を抱っこくらいできるんだ!
「メリアージュ様、愛してい」
メリアージュ様の髪をあげて、何時もしてくれているようにキスをしようとし、その顔を見ると……頬を赤らめて、かわいっ
「ぐあっ!」
国境まで飛ばされていて気絶していた俺は、国境警備をしていた第2部隊に回収されたようでした。理由を聞かれて、奥様の怒りを買ったようで、と言えばそれ以上は何も聞かれませんでした。
家に戻ってくると、メリアージュ様はなにやら一生懸命研究のような事をしているようで。
「あの……」
「俺の先祖が作った薬だ!……なら、俺に解毒剤が作れないはずはない!……待っていろ、2ヶ月以内に作ってみせる」
いえ、そんなことをせずとも、俺の愛でどうにかしようと頑張ろうと思ったんですが。
そう言いかけるとギロリと睨まれたので、俺はもう大人しくメリアージュ様が解毒剤を作るのを我慢しようと思います。
どうして奥様は、俺から迫るのは駄目なんですか?
国境まで飛ばされるようなことをしたんでしょうか、俺って (?´・ω・`)
メリアージュ様は2ヶ月をかからずに解毒剤を開発され、部下一同約2ヶ月弱のインポを克服しました。
けど、相変わらず俺はメリアージュ様に押し倒される日々です。メリアージュ様の献身的な愛は感じますが……俺から愛するのは駄目なんですね(´・ω・`)
いつか、夫らしい夫になりたいとは思っておりますが……何時もメリアージュ様のほうが夫らしく、超えられる気がしません。
END
ロアルド愛に気がつく編でした!
メリアージュ様は迫られると弱いのです。
- 161 -
← back 一言あれば↓からどうぞ。