ダリヤ、君がずっとこの小さな子どもを、あの小さな体で守り通して来た。

 たった14歳の頃から、誰も味方のいない中、どんな目にあってでも一人で耐え続けて来たのだろう。

 本当だったらどうしてジェスがこの少年に自分が父親だと名乗りを上げることができただろうか。ユーシスを一度死なせたのはジェスであり、こんな境遇へ叩き落した張本人だ。

 だが、ここでこのユーシスを目の前にしてジェスが父親でないと嘘を言えるだろうか。この子はこんなに小さくても真実を見抜く目を持っていた。

 もっと早くに気がつけばよかった。どうして、ダリヤの言葉を鵜呑みにして、蘇生魔術が失敗に終わったと決め付けていたのだろうか。どうして赤ん坊が生きている可能性をほんの一欠けらも思い浮かべたりしなかったのだろうか。そうすれば、一分一秒でも早く助けに来たのに。

「私が君の父親なんだ。迎えに来るのが遅くなって……すまない」

 どうしてこんなに迎えに来るのが遅くなったかは言えない。ユーシスには知る権利があるとはいえ、こんな幼子に真実を語ることが正しいとは思えない。誰だって知りたくはないだろう。自分が父親に疎まれて、殺そうとしたことを。だからダリヤだって話さなかった。ジェスとのことを綺麗な恋物語に仕上げて、語ったように、ここでもダリヤは嘘で塗り固めて、過ごしていたのだ。

「それで……ダリヤがぼくのおかあさんなんでしょう?ぼく、ダリヤがぼくのおかあさんかもしれないってずっとおもってたけど、ダリヤはおねえちゃんだっていってたんだ。でもちがうんでしょう?しょうさがおとうさんで、ダリヤがおかあさんなんでしょう?」

「そうだ……訳があって、ダリヤは君には言えなかったのかもしれないけれど、きっと誰よりもダリヤはユーシス、君のことを大事に思って、君の事だけを考えて生きてきたんだよ。だから何も言えなかったんだ」

 たった一つだけ残ったダリヤの大事なもの。それがユーシスだった。この小さな少年のためだけに、ダリヤは死を選ぶよりも辛い現実の中で生き続けてきた。

「ねえ、どうして…ダリヤのことおよめさんにしてあげなかったの?」

「え?」

「どうしてやくそくをやぶったの?どうしていなくなってしまったの?」

 

―――ユーディング少佐、俺、少佐みたいな国家魔術師になりたい!それで少佐が大総統になるのを助けてやるんだ!



 そんなふうに言っていた、金髪の子どもがいた。



「お嫁さん?」

「おもいだしたの?」

「ああ、君のお母さんに会った時のことを思い出したよ……やっと」



 内戦の地に程近い地いた金髪の小さな兄弟。

 ジェスが助けた小さな兄弟はジェスに憧れの眼差しを向けてきた。特に上の方だ。

 東方地方でリヤに再会した頃よりも遥かに小さく、だが今のダリヤよりはリヤに面影が重なった。純朴そうないかにも田舎で育ったというような風貌。少女とも少年とも見分けが行かなかったが、なんとなく女の子だと思った。

 ジェスはその少女の頭を撫でて、自分は将来大総統になって、その少女のような目にあう子どもを二度と作り出したりはしない。そんな国を作ってみせると言ったようなおぼろげな記憶が蘇ってきた。

 そしてその少女は自分も魔術が少しだけど使えると言った。だから大きくなったらジェスの役に立ちたいと、ジェスのような国家魔術師になってジェスを助けてやると言った。ジェスはそんな少年に苦笑すると、こんな可愛らしい女の子に人間兵器の魔術師になんかさせられないと。どうせなら、自分のお嫁さんになってくれたほうが嬉しいと言ったのだ。

 勿論ただの冗談のつもりだった。その少女がが本気にするはずが無いし、ジェスには当時婚約者が待っていた。ただ、ジェスは魔術師が何であるか、身をもって知らされていた。ただの人殺しだ。それも一般兵に比べて効率良く、確実に人を殺すことが出来る優秀な殺人兵器。こんな幼い子が人間兵器になることなど想像したくもなかった。

 だから国家魔術師などにならないように諭した。そんなものになるくらいだったらジェスのお嫁さんにおいで、とそう茶化して言った。ただそれだけのほんの数分間。



「もっとはやくおもいだしてあげれば、ダリヤすごくよろこんだよ…きっと!」

「そうだね……私はいつも遅すぎるんだ。思い出すのも…愛するのも」

 手遅れにならないと何も気がつけない。ユーシスのことも手遅れになるほんの一歩手前だった。自分の子どもが、ダリヤが何よりも大事にしていたユーシスが無事に救い出せて本当に良かったと思った。ユーシスが死んでいたら、もうジェスはダリヤの前に決して立てなかっただろう。

「ダリヤね、ダリヤね、ぼくのくろいかみのいろがだいすきだっていってた。おとうさんにそっくりだって。おとうさんににてよかったって、いっつもいってたんだよ。ダリヤはおとうさんのこともおかあさんのこともなにもはなしてくれなかったけど、ぼくのお父さんがくろいかみをしていることだけはおしえてくれたんだ。ねえ、しょうさ。ぼく、しょうさとにてる?」

「ああ……とても良く似ているよ。私の子どもの頃のアルバムから抜け出てきたかと思ったくらいに……でもね、顔は私に似ていても、ユーシス。君はダリヤにとてもよく似ているよ。その真っ直ぐな心が」

 太陽のように笑うその様がリヤに、出会ったばかりのダリヤにとてもよく似ていた。そういうとユーシスは嬉しそうにしていた。思わずギュッと抱きしめると、ダリヤもこんなふうに抱っこしてくれたのだと笑い、余計ジェスの胸を熱くさせた。



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