「どけ!お前たちの上司には逮捕状が出ている!デュースと道連れになりたくなければ、大人しく私を通せ!」

 魔法陣を身につけ、護身用の銃を片手に第三研究所の門を潜れば、誰もジェスを止めようとするものはいなかった。元々ジェスに抵抗する勢力の力を削ぐことにここ数ヶ月は費やしていた。特にジェスを嵌めたデュースなどその傾向は顕著であったため、もはやジェスが単身で研究所に入っていっても、止めるものなど存在しないのだ。

 叩けば埃が出てくること間違いないだろう薄暗い研究所を一人歩いていった。ダリヤの手紙にはユーシスという子どもの特徴も、広大な研究所のどこにいるのかも書いていなかった。だから研究員を脅して案内させると、扉を開けた途端銃弾が飛んできた。

「ユーディングか」

「デュース中将…随分なお出迎えで」

 普段の余裕ぶった嫌らしい笑みとは違った憔悴しきった顔つきで、一人の小さな少年を抱え、ジェスに向け銃を向けていた。

「その子を離すんだ!…貴様には逮捕状が出ている」

 おそらくデュースに抱えられて顔の見えない少年が『ユーシス』なのだろう。

「ダリヤに伝えろ!この子どもの命が惜しければ、自分でその命を絶てと」

 ジェスに向けていた銃を少年に向け、デュースは怒鳴った。デュースの命令でジェスを暗殺しようとしたと証言したダリヤがいなくなれば、罪に問われないと安易に思い込んでいる愚かな男だ。こんな男が長い間上層部の椅子に、大総統候補にまでなったことに、怒りさえ感じた。

「無駄だ…ダリヤが死んでも、彼が持ち込んだ膨大な証拠書類がある。それで、お前は終わりだ。裁判にかけられ、貴様に相応しい刑罰が下されるだけだ。分かったら、さっさとその子を離せ!お前の罪を増やすだけだ」

「そうか!…お前もあの女に誑かされたのか!あのきれいな顔をした売春婦に!あの女にユーシスを助け出してくれと頼まれたのだろう!」

 馬鹿な男なのにカンだけは鋭かったようだ。

「どんな女だか知っているのか?お前が誑かされた女が!あの女の大事なユーシスを助け出してやる価値も無いような、売春婦なんだぞっ!」

「知っているさ」

 デュースよりもずっと。どんなにダリヤが苦しんできたか。その人生のこの数ヶ月でこの目で見続けてきたのだ。

「さあ、デュース中将。いい加減観念してもらおう。その子を人質にとったところで無駄だと分かっただろう。その子を離して投降するんだ」

 冷静に考えればそれが最も罪を軽くする方法だったと簡単に予想できるだろう。ジェスを今ここで殺したとしても、罪を重ねるだけで大総統になれるはずもないし、死刑しか残ってはいない。だが目の前の男の目は血走っていて、それでも冷静にこの状況を分析していたのかもしれない。ここで大人しく投降したところで死刑には変わりない。だから、全てを駄目にしたダリヤの大事なものと、そして憎んでも余りある存在ジェスを道ずれにすることを選らんだのかもしれなかった。

「知っているか?…ここでは魔術は使えないということを。これもあの女の父親が発明した魔術の一つだ。だから、あの女もどうやってもここからユーシスを連れ出すことはできなかった。そして、ここではお前の魔術は使えない!…ユーディング貴様を道ずれにしてやる。お前も殺して、こんな目にあわせてくれたダリヤの大事なユーシスも殺してから、私も死ぬ」

 ユーシスに向けられていた銃が外れ、ジェスに向けられた。これはチャンスなはずだった。ジェスはたとえ魔術が使えなくても、こんな男に負けたりはしない。銃がなくても素手でも勝てただろう。

「あぶない!」

 だから容易に避けれるはずだった。その少年が声を出さなければ。その少年の顔を見なければ。その顔が余りにもジェスに似ていなければ。

「っ!」

 左目に激痛が走った。咄嗟に銃を持っていない左腕で左目を覆うと、残った右目で少年を、ユーシスを見た。怯えた表情で『ダリヤ、ダリヤ』とこれまで唯一守ってくれた者の名前を呼んでいた。

「この子どもがダリヤにとってどんな存在だったかまではユーディング、貴様も知らないだろう。自分の命よりも大事な存在なんだそうだ。こんな化け物のどこが大事なのか私には分からんがな!…だがそのお陰で随分役に立ってもらったがな。初め拾った時にはこんなに役立つとは思ってもいなかったが」

 それでジェスは全てを悟った。どうしてダリヤが軍に囚われたままだったのか。あれほどの才能がありながら、こんな男に言いなりになっていたのか。ジェスへの憎しみなど、復讐など、ダリヤにとってはユーシスの二の次で。ユーシスという存在を、目的を隠しておくためのただの名目でしかなかったことを。

 そしてその何よりも大事なもののために、自分の全てを捨ててジェスにユーシスの救出を託した理由を、今やっと分かったのだ。この少年はずっと死んだと思っていたジェスとダリヤの子どもだ。

「貴様を、貴様を……一番に殺しておくべきだった」

 これほどこの男を生かしておいたことを後悔したことはなかった。ダリヤや息子を散々に苦しめた男を、大総統選に不利にならないように生殺しの状態で放置しておいたことを激しく後悔した。こんな男など真っ先に殺しておけば良かった。そうすればダリヤはとっくの昔に自由になれたはずだったのに。

 ユーシスを離しジェスを殺すことだけに執着を見せる男の腕を、ジェスは打ち抜いた。

「馬鹿か、せっかくの人質を放す犯罪者がいるか」

 無様な悲鳴を上げる男に致命傷にはなりえない四肢を打ち抜いていく。ジェスの左目から流れ落ちる血と、デュースの血で部屋の中は血の匂いで充満していた。内戦では嗅ぎ慣れた匂いだった。懐かしささえ感じるほどだ。

「無様だな……お前みたいな男に、ダリヤがいいように扱われていたかと思うと」

 殺しても飽き足らなかった。ダリヤが苦しんだ何十倍もの苦悩をこの男に味合わせてから殺してやりたいほどに。もはや悲鳴さえ上げる気力もなくしたデュースを、最後に一発が残った銃身を心臓に向けたが、背後からかかった部下の声に最後の一発を残したままになった。

「中将、殺しては」

「分かっている!……ちゃんと裁判にかけて、こいつに相応しい罰を与える…それが正しい方法だ。私の怒りは……ただの私怨に過ぎない。いかんな……司令塔が私事に走っては」

 軍人として、抵抗する術が無くなった男に止めを刺すことはできない。だが一人の男としては、愛する少年をこんな目に合わせた男を八つ裂きにしたくて仕方が無いのだ。その元凶が自分なのだから、尚更ジェスの怒りの行き場は無かった。

「ユーディング中将!怪我が!…どうしてお一人で行動されたんですか!」

「たいしたことはない怪我なんて……どうしても、一人で片をつけなければいけないことだったんだ。今回のことは……それより奴を連れて行ってくれ。これ以上目の前にしたら、私はやつを殺してしまう……ダリヤのためにもこいつに洗いざらい吐かさせてくれ」

 デュースに残された役目は、ダリヤの罪をすべてを被らせることだ。それだけのために、生かしてあるといっても過言ではない。ダリヤがジェスを殺そうとしたのも、人質に取られていた息子のため。ダリヤがこの場にいたら、きっとこの男を殺したいと思うだろう。だが、ジェスはそうできない。ダリヤがユーシスのためにこの男を殺せなかったのと同じで、ジェスもダリヤのためにこの男を殺すことが出来なかった。

 勿論、ダリヤが蘇生魔術をしたことや、知られてはまずいことは口外させるつもりはない。全部この男に罪を被って、ダリヤを救い出す。そうでなければ、どんなに非難されようがジェスは殺していた。

「たいしたことないはずないでしょう!眼球を傷つけておられるのでは?!失明されるかもしれないんですよ?」

「そんなことよりも大事なことがある」

 用済みになった銃を放り投げ、コートを破り止血代わりに顔に巻くと、部屋の片隅に放り出される格好のまま硬直している少年に近づいた。それを誰も邪魔しようとはしなかった。皆も一様にこの少年が誰かが分かったのだ。それほどに少年はジェスの面影を色濃く引き継いだ容貌をしていた。

 誰が見てもこの少年の父親が誰か分かるだろう。



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