「ダリヤ?」

 確かに昨夜一緒に過ごしたはずの少年はベッドにはいなかった。寝起きの気だるい身体を起こして、ダリヤがいたはずのシーツに触れる。体温が残っている形跡もなかった。

 そういえば朝ごはんでも作ると言っていたことを、寝ぼけた頭で聞いていたことを思い出して、一階に降りていった。だが何処にもダリヤの気配はない。

「ダリヤっ!!……どこに居るんだ?」

 この家から出て行く宛もないはずなのに、この家のどこにもダリヤの気配がしない。バスルームもダイニングにも、勿論寝室にもダリヤはいなかった。

 たった数日だったというのに、ダリヤがいるのが当たり前になっていた。

 
 ダイニングのテーブルにはダリヤが作っておいたのだろう、パンとサラダとスープの簡素な朝食が置いてあった。たった一人分の朝食。

 そしてテーブルの片隅には一枚の紙が折りたたまれ、そっと置かれていた。


 ジェスは震える指でそっと手紙を開いた。そこにはダリヤの少し右上がりの字が並んでいた。




ユーディング中将へ

ずっと昔のあの夜、母を殺した夜に俺は死にました。ダリヤ・クライスは死んで、ダリヤ・ハデスに生まれ変わりました。あの時から俺の第2の人生が始まったといっても過言ではありません。

本当はあの時、母と共に死んでしまえたらと何度思ったか分かりません。母と一緒に死んでいれば、幸せな思い出だけを抱いて逝けたと思います。だけど死ねませんでした。そして用意されていた人生はデュースの犬として生きていくことだけでした。

俺は、クライスを憎んで、あいつと同じ血が流れていることを嫌悪し、何度も手首を切りました。中将は自殺未遂の痕かと思ったようだけど、違います。あいつと同じ血が流れていることに耐え切れず、この身体に流れる血を全部出して入れ替えてしまえば、綺麗になれると思ったからでした。細胞の一つまであいつの遺伝子で構成されているから無駄だと分かっていたはずなのに、そうすることしかできませんでした。

こんな馬鹿馬鹿しい運命を憎んで、クライスを憎んで、そして中将を憎みました。中将を憎むことで生きてくることができました。中将が俺の存在理由でした。

デュースから中将のところへ行かされると聞いたとき、チャンスだと思いました。俺をあんな目に合わせた中将に復讐ができるのだと。俺が見た絶望以上の目に合わせてやろうと、誓いました。

中将に再会したとき、俺の中には……確かに復讐心しかありませんでした。俺を見てもリヤというある意味純粋で馬鹿だった過去の俺のことを、中将は欠片も思い出そうとしませんでした。そんな中将に怒りと軽蔑とそして深い絶望を感じました。命令されたように、俺が最も望んだ死などという楽な方法で中将を楽になどさせてやらないと、死んだほうがマシだと思うような屈辱を味合わせてやりたいと思いました。

それでいて、あの遠い昔約束したように俺の策略など軽くかわし、大総統になる中将を望んだという、矛盾した願いも抱いていました。俺が一度は愛した男ならそれくらいできて当然だという想いもあったのです。


世界で一番好きになった人に、誰よりも憎まれている。それがどれほどの絶望か中将には分からないかもしれません。どれほど身を切り裂くように辛く苦しいものか、経験した者にしかきっと分からないでしょう。

俺はこの四年間ずっとその絶望に身を浸しながら、生きてきました。

今、中将のことをもう恨んでいないと言ったら嘘になります。でも、もう、それも止めにします。憎しむことの連鎖を俺で終わりすることにしました。もう全てをここで、最後にすることにします。

だから、俺の願いを最後に一つだけ叶えてください。

昨日俺の言わなかった願いはただ一つ。

『ユーシス』という名前の少年を助けてください。医療研究所で研究材料になっているまだ3歳の子どもです。俺が任務を失敗し逃亡したせいで、助けることが出来なかった何の罪もない少年です。

俺を愛してくれたという言葉が、本当に嘘偽りないものなら、彼を俺の代わりに命を懸けて守ってください。彼の人生に光を与えてください。

それだけが俺の望みです。他には何も必要はありません。

さようなら。



ダリヤ・ハデス


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