「ほお…兄弟で仲良く旅立ちかい」
「デュース、将軍」
ダリヤは抱きしめていたユーシスを背後に隠すと、デュースと対峙した。あまりユーシスにこの男と会わせたくは無かったからだ。
デュースの“兄弟”という部分を強調するのを嫌味に感じながら睨み付けた。ダリヤとユーシスが兄弟などではないことは、ここにいる誰よりも知り、それを散々利用してきた男のわざとらしい物言いに、嫌悪感すら通り越して、憎悪すら感じた。
「ちょうど良い、これを返す」
その感情を押し殺して、デュースに差し出したのは国家魔術師のエンブレムだ。ここから立ち去るダリヤにはもう何の用も無いものだ。かつてこのエンブレムを手にすることを切望したことがあった。ジェスと同じ国家魔術師になって、彼が大総統になる夢をかなえたい。そんなふうに思った、ほんの10歳頃の自分だ。
「どうして返す必要がある?」
「どうしてって!ユーディングを殺したんだ!もう役目は終えた……俺は国家魔術師を辞めて、ユーシスとここを出る」
そういう約束だったはずだ。それだけのことをダリヤはしたのだから。
ニヤニヤと笑っている将軍を睨みつけると、エンブレムを投げつけるように壁に叩きつけた。と、同時にデュースの部下たちがダリヤに銃口を向けた。
「なんの真似だ?」
「なに……君にユーディング中将殺害未遂の容疑がかかっている……このまま自由にして逮捕され余計なことまでしゃべられては困るのでな。ここで死んでもらおう」
「なっ!」
「ヘマをしたな…もう少し用心深いと思っていたが、証拠を残すような真似をするとは。ああ、安心しろお前の大事なユーシスだけは助けてやろう。今までどおり研究材料として利用価値がまだ残っているからな」
お前の頭脳は惜しいがな、仕方がない、という言葉が合図となり一斉に引き金がダリヤに向かって引かれた。
銃弾をすばやく避け、魔術を発動させようとするが、ここでは魔術は使うことが出来ない。
「くそっ!」
こんな所で死ぬわけにはいかない。しかもこんな男に。
義足の左足で近くの男を蹴り倒し、銃を奪うと銃口をデュースに向けた。
「お前が!死ね!」
この男のせいでどれだけユーシスが辛い目にあってきたか。何も持たなかったダリヤを自分の出世の駒として扱い、自由を奪った。何度殺してやろうと思ったことか、自分でも分からないほどだ。
「ダリヤ!」
「ユーシス!」
引き金を引こうとした瞬間、背後にいたはずのユーシスに向けられる銃口。
ダリヤはユーシスの名を叫んで、力一杯突き飛ばした。
肩に激痛が走る。それでもユーシスに怪我はない。しかし、ユーシスまでの距離が遠すぎた。伸ばす手が弾丸に遮られ、届かない。
「ユーシス!!絶対に助けに来るから!ここから出して見せるから!」
ダリヤは走った。このままここに残っても、数からいっても勝ち目はない。殺されるだけだ。
ここで自分が死んだらどうなる。誰もユーシスを救えない。あの研究所では魔術は使えないようにされている。だから今までどうやっても連れ出せなかった。ユーシスを救うことができなかった。今もデュースの部下たちを相手にユーシスを連れ出すことは不可能だ。
だから逃げた。ユーシスを助けるために。すぐには殺されないはずだ。デュースのいうように、まだユーシスには利用価値があるから。
ダリヤは命など惜しいと思ったことはない。でもまだ死ねない。まだ死ねないんだ。ユーシスを自由にするまでは。
「くっそ!……散々こき使われた結果がこれかよっ!」
持っていた銃を投げ捨てると、ズルズルと座り込んで膝に頭を伏せた。逃げる途中に、ありったけの弾は使い切った。何人殺しただろうか。足掻けば足掻くだけ深みにはまっているようだった。
「ユーシス…ユーシス。ごめん……やっと自由にしてやれると思ったのに」
たった一人で置いてきてしまった。それしか方法がなかったとはいえ、どんなに心細い思いをしているだろうか。必ず、助け出してみせる。今までのようにどんな方法を使ってもだ。
手首にしていた包帯を解くと、肩の止血を応急処置だが施した。銃弾は貫通しているようだし、病院に行くわけにもいかない。痛みよりも人を撃った感触のほうが、生々しくこの手に残っていて、吐き気を堪えるのに必死だった。何度経験しても、人を傷つける行為に慣れることはなかった。
「ははっ!やっと終わりにできたと思ったのに……生きている?中将が?」
ユーディング中将殺害未遂とデュースは言っていた。死んでいるのなら、未遂ではなく殺人容疑と言うはずだ。
確かに心臓がとまっていたのを確認したはずだったのに。それでも生きているのだろうか。あのジェスが。
「ユーディング中将……アンタはやっぱり何処までも俺の邪魔をするんだな」
何かの因縁のようなものすら感じて、ダリヤは自嘲した。上手く行かない。何時ものこととはいえ。
それでもこの胸に上がってくる高揚感は何なのだろうか。ジェスが生きていた。
自分で殺しておきながら、それでもジェスが生きていたことを嬉しく思う。それは自分があそこまで愛した男が無様であっては納得がいかないからだ。
ダリヤは痛む肩を治癒しながら、そう自分で自分に言い訳をしていた。