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「俺が殺したんだ…クライス。俺が……自分の子どもを生き返らせたいばかりに。蘇らせようとしてをして、母さんを巻き込んで、死なせた」

 そこにいる誰もが息をすることすら忘れて、ただダリヤの血を吐くような告白を聞いていた。ジェスも例外ではなかった。いや、最もダリヤの告白に打ちのめされていたのはジェスだった。

 ジェスの子どもを取り戻すために、ダリヤは自分の母親を犠牲にしてしまった。



 ダリヤが蘇生魔術をした結果、ダリヤは反動として左足を失った。そして禁忌を犯したため、軍に縛り付けられている。それは知っていた。想像していたことだった。

 だが蘇生魔術は死んだ母親の命を取り戻すためと、ジェスは思い込んでいた。まさか子どもを取り戻そうとした結果、母親をも巻き込んで死なせていたことは、想像の範囲外だった。

 その可能性を想像することすらしなかった自分をジェスは悔やんだ。今さら悔やんだところで何も変わりはしないが、それでもこんなふうに父親と母親のことで対峙することだけは防げたのかもしれないのに。

 あれだけのことをしたジェスの血を引く子供など、憎いと思うのが当然だろう。

 どうしてそんなことを目の前にいるダリヤに問いただしたくて堪らなかった。こんな冷酷でダリヤのことなどゴミ屑のようにしか思っていなかった男の子どもを、母親を犠牲にしてまで選んだのだと。

「俺もアンタも命を弄んだ……クライス。俺はアンタのことを嫌っていたはずなのに、こんなところは嫌になるほど似ているんだな」

 ジェスは胸が痛んだ。ダリヤは父親と同様、道を外していることを誰よりも辛辣に分析し、そして自分を客観的に見て、父親と同じほどに自分のことも侮蔑していた。

「どうしたい?最後に選ばせてやるよ……ここで俺の手にかかって死ぬか、それとも捕まって死刑になるか。こんな父親を持った俺が、人生にピリオドをつけてやる…俺なりの最後の慈悲だ」

 そのためにやって来た、そう父親に向かうダリヤは、不思議なほど穏やかな目をしていた。過去父親のことを罵り、悪し様に語っていた様子からはほど遠かった。

 止めなくてはいけない。そうも思った。だが十年ぶりほどに再会した親子にどんな言葉で制止すべきだろうか。

 クライスはジェスこそが殺そうと思っていた男だというのに、今はそんな気も起こらなかった。ここにいるのは妻を失い、人生の目標さえ失ったただの哀れな男なのだ。勿論それだけでこの男に殺された女たちの無念を思えば、クライスに同情の余地すらない。

「エリーゼのいない世界などに…何の未練も無い」

「そう……じゃ、俺が、今ここで……アンタを殺してやる」

 そう決めてきたのだろう。ダリヤの言葉には何の迷いもなかった。ずっと昔からこんな瞬間を思い描いていたのかもしれない。

「だが…エリーゼの血を引くお前がいれば、エリーゼを取り戻すことができるかもしれない…お前の体を媒介にすれば」

 途方もないことを言い出したクライスに、流石にダリヤも目を見張った。クライスの言うことは、今までと同じくらい長い年月と犠牲を出し続ければ、可能かもしれない。同じ遺伝子を受け継ぐダリヤがいれば、不可能ではないだろう。彼ほどの才能の持ち主ならば。

「無理だよ……今はアンタのために死ねない。俺しか守ってやれない奴がいるんだ…父さん…アンタに母さんしかいなかったように、俺にも唯一のものがあるんだ」

 泣き笑いの表情を浮かべて、ダリヤはクライスが伸ばした手を振り払った。
 ダリヤは父親を殺そうと魔術を発動しようとし、父親も同じ行動を取った。

 彼にとっては娘よりも妻のほうが大事なのだ。邪魔をする者は自分の子でさえも容赦なく殺すだろう。ここで大人しくダリヤがクライスに協力をすると言えば、そんなことはしなかっただろう。クライスにとって妻を蘇らすためにダリヤは必要な人間なのだから。
 だがクライスにはもう一人ユーシスという子どもがいる。だから一瞬でクライスは自分を殺そうとしたダリヤを切り捨てた。ダリヤもジェスもそれを悟った。

「ダリヤ!止めろ!」

 ジェスのその声が合図だったかのように、一斉に銃弾の音があたり一帯に響き渡った。銃弾を避ける際に体勢を崩したダリヤを抱きとめると、父親から遠ざけた。

「何をするんだ!俺はアイツを殺さないと!離せ!」

「駄目だ!君が殺すべきじゃない……あんなやつでも君の父親だ!」

 それ以上もう、自分の家族を殺そうとするなとは言えなかった。それはダリヤが母を死に追いやったことを責める意味合いに感じたからだ。

 暴れるダリヤを右手で押さえ込むと、ジェスは左手で魔術を発動し火炎を作り出した。

 あたり一帯に人が燃える嫌な匂いが漂った。

「見るんじゃない」

 ジェスは強くダリヤを胸に抱きこむと、ダリヤに父親が死ぬ姿を見せようとはしなかった。はじめはダリヤは暴れていたが、やがて大人しくなった。自分ではもう何もする術がないと悟ったからだろうか。

「私を憎むんだ……君の父親を殺したのは私だ。私が殺したんだ」

 ダリヤを解放すると、その目を覗き込み、何度もそう言った。だがダリヤはジェスを見ていなかった。ジェスの声を聞いているかすら怪しかった。何もその目には映していなかった。黙ったまま、悲しみも、怒りも、何の感情をも写していなかった。

 それはジェスが殺したクライスも同様だった。焔に巻かれても、悲鳴一つあげることはなかった。クライスの魔術を持ってすれば、焔を消すことなど容易かったはずだ。この包囲網も潜り抜け、再び逃走することも可能だったかもしれない。それをせず、余りにもあっけなく消え去ってしまったのは、彼自身もう疲れ果てていたのかもしれないとジェスは思った。

 妻はもうこの世にはなく、2人の子どもを犠牲にしたとて何時妻を取り戻すことができるか分からない中で、生きることを放棄したのだろうか。

 ジェスとしては最後の最後で、父親としての情で己の子どもを犠牲にするよりは、死を選んだと思いたかった。それはダリヤのためであって、クライスの罪を許すためにそう願ったわけではなかった。

「クライスは抵抗したため、私が殺した。もともと射殺命令も出ていた。後の処理は任せた」

 とは言っても、高温で焼き尽くしたクライスは、遺体どころか灰ですら残ってはいなかった。ここでジェスが射殺させようと、燃やし尽くそうが殺人犯を始末しただけだ。ジェスが責められるいわれは決してなかった。

「行こう」

 抜け出して来ただろうダリヤを伴って、その場を去ろうとした。見張りにつけてきた部下がダリヤの手にかかっていないかと、そんなことを気にかけながら。

 ダリヤはジェスの言葉に従い、そのまま大人しくその場を去ると思っていた。

 だがダリヤは動かなかった。呆然と立ち尽くし、父親がいなくなった場所をただ見つめていた。

「ダリヤ……」

 ジェスの声など聞こえていない様子でフラフラと歩き出すと、父親がつい数分前までいたとは思えない、ただジェスが焼き尽くした痕跡が熱さでしか感じないだろう地面に座り込んだ。そして父親の生きていた痕跡を少しでも探すように、手であちこちを探っていたが、焔の熱さすら時とともに消え去っていった。

 もうダリヤの父親が生きていた証は何一つ無くなっていった。



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