18
 ダリヤが駆けつけた時にはもう始まっていた。クライスは完全に包囲され、それでも焦りの表情一つ浮かべていなかった。あの男ならこれくらいの包囲網を潜りぬけることも不可能ではないからだろう。

 それよりも、目の前にある古びたアパートにいるだろう母のことのほうが気になっていたのかもしれない。それは偽の情報であり、もうダリヤの母でありクライスの妻であるエリーゼはとっくに死んでいるとも知らずに。

「父さん」

「ダリヤ!?来るんじゃない!」

 ダリヤの声を聞くと驚いたように大声で叫んだが、そんなジェスに微笑みかけて一歩一歩クライスに近づく。ちょうどクライスを挟んで反対側にいるジェスはダリヤが父親に近づくのを止められない。

 十数年ぶりに出会うこの男は自分が娘だと分かるだろうか。そう思った。

 ダリヤも記憶の底でしか浮かばないようなあやふや顔しか、もう覚えていないような父親だ。幼い頃に出て行ったきりでそれ以来会っていない。
 それでもその顔は写真で見るのと同じものだった。似ていると思った。あの優しかった母よりは余程ダリヤはクライスに似ているだろう。そこには確かに血の繋がりがあった。あれほど憎み、侮蔑した父親が目の前にいるのだ。

「ダリヤか?」

「……俺が分かるんだ」

 余りにも悲しすぎる再会だった。

「どうしてこんなことをしたんだ?母さんはずっとアンタのことを信じていたのに」

 お父さんは本当はそんなことをする人じゃないの、そうエリーゼは何度も言っていた。きっと何かの間違いなの、お父さんを恨まないであげて。そうダリヤとユーシスに、エリーゼは嗚咽を堪えながら頼んだ。

 この父親のせいで故郷を追われ、安住の地もなく彷徨い続けて尚、エリーゼはクライスを信じ続けていた。きっと命を失った最後の瞬間でさえ、そうだったに違いない。

「エリーゼのためだ」

 容易に予想できたことを、クライスは語った。彼は父親としてむいていない。母しか愛さなかった、愛せなかった男だ。娘や息子よりもずっと母を愛した男。

「エリーゼは…元々体が弱かった…ユーシスを産んでからは特にだ。あのままにしていたらエリーゼの命は長くはない」

「馬鹿だな……母さんは長く生きるよりも、少しの時間でもいいから、アンタと過ごしたかったはずなのに」

「長年の望みが叶うんだ…ダリヤ、お前も嬉しいだろう?エリーゼを元のように丈夫な身体に戻してやれる」

 そう嬉しそうに笑った。狂気さえ滲んでいると感じさせるものだった。ダリヤの話をまともに聞いているのかさえ疑わしいと思った。

「母さんは死んだ!もうあんたのやっていることは無意味だ!」

「死んだ?エリーゼがか?馬鹿な!」

「本当だ……俺が殺した」

 周りの視線が自分に集まるのを感じた。特にジェスとクライスの視線が痛いほどだった。でもダリヤが見ていたのは父だけだった。

「母さんが生きているように見せかけたのは…餌だったからだ…アンタを呼び寄せるための軍の餌だ。母さんはとっくの昔に死んでいるのに。軍はアンタが欲しかったんだ…たとえ狂った殺人鬼でも、その頭脳だけは惜しかったみたいだから」

 だからデュースはダリヤをエリーゼの代わりに、クライスを呼び寄せる餌として生かされてきた。

「お前が、お前が殺したのか?!私のエリーゼを」

「そうだ!俺が殺した!俺が殺したんだ!母さんを…俺が、俺が……母さんを!だから……アンタがしてきたことは、無意味だったんだ!」



 子どもが死んだ日の真夜中、ダリヤが犯した最大の罪。



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