クライス。ダリヤがジェスの次に憎んだ男のだ。一応ダリヤの父親に当たる。だがそれだけの存在。母だけを愛し、母以外のことを考えようともしない男だった。2人の子どもの父親だということすら分かっていなかったのかもしれない。

 今まで捜査の手を掻い潜ってきた男だ。事件が起きたのはここ中央だから、今もまだ中央に潜伏している可能性は高かった。だが、予想できるのはそれだけだった。他に何の情報もない。

 実の子のダリヤにも何の連絡もよこすことはなかった。それは今に始まった話ではなく、一番初めの殺人を犯す前にフラリと家を出て行って以来、一度も連絡はなかった。あの母にさえにもだ。

 もっとも今のダリヤは厳密に言えば、クライスは父ではない。ダリヤ・クライスからダリヤ・ハデスと名前を変え、戸籍さえ新たに作り直したダリヤにとって、父はもうすでに父ではなかった。

 ジェスを殺人事件の容疑者に仕立て上げた今となっては、ダリヤにとって今一番やらなくてはいけないのがクライスの確保だった。今ダリヤが動かせる部下は、書類上はジェスの部下たちだ。ジェスに代わってダリヤが代理となっている。だが、ジェスの部下たちがダリヤの命令に従うはずもないことは分かりきっていることだ。

 従ってデュースから与えられた部下たちを使うしかない。

「囮を使え」

「囮ですか?」

「そう……30代中頃くらいの…亜麻色の髪の女性が良い。そいつを犯行時刻として一番多い2〜3時ごろにかけて、娼館がある通りをの近くを歩かせておけ」

 母に似た外見の女を使えば、クライスをおびき寄せる可能性は高くなるのではないかとダリヤは思った。逆に母を連想させる容姿は父親を躊躇させるかもしれなかったが、目的は殺人を犯させることではない、父を捕まえることだ。父の目を引く女性であればそれで良かった。

 犯行時間として一番多い時間と、被害者は娼婦が多い点とで、そんなことしか思いつかなかったが。

「それで捕まりますか?」

「さあな……だが他に方法もない。何もせずに手をこまねいているよりはマシというくらいだろうが。仕方がないさ……デュース将軍様が捕まえろとご命令だからな。何もやってないと、言い訳も出来ないだろ?」

 ただ時間がないことだけは確かだった。

 ダリヤは父親になりきったつもりで考えてみる。大事なもののためにどう動くか。そう考えると面白いほど父の考えが伝わってくるのだ。こんな時は一緒に過ごしたこともほとんどないような父親がやけに身近に感じる。嫌なところだけ似ている親子だと自嘲した。

「そう遠くない未来に再び、アイツは人を殺す。最後の仕上げが足りないだろうからな。それもここ中央で…」

 きっとそれが最後になるだろうということも。あの前回の魔術では成功していたように思えた。ならば、最後の仕上げにあと一人といったところだろう。

 ジェスはクライスを捕まえるために、母エリーゼが生きて中央にいるという情報を流していた。それをもし噂で知ったなら、絶対に父は中央を出ていないだろうし、最後の一人の犠牲者も中央で捕まえるはずだ。



 だが数日が過ぎても、何の情報も入ってくることはなかった。ジェスたち先鋭が捜査しても尻尾すらも捕まえさせなかったのだ。当然かと思う反面、時間がないと焦燥感に煽られるのを抑えることはできなかった。

 今もまだジェスを牢にいれてある。だがと時が経過すればするほど、ジェスたちに有利になっていき、こちらが不利になっていくのだ。もともと勢力的にはジェスのほうがデュース側よりも大きいのだ。一気に片をつけなければ、いつ覆させられるか分かったものではないのだ。今もきっとロシアスの手のものがダリヤやデュースを監視しているに違いないだろう。

「囮も使っていますし、何人も捜査に入らせています。それでも……なんの情報もないと、これ以上打つ手はありません……」

「デュース将軍からは?」

「早く見つけ出せとのことです……かなり焦っているようです」

「だろうな……相変わらず自分では何も考える頭もないくせに、文句だけはタラタラと早いときてる」

 おそらく、ジェス側から圧力がかかってきているのだろう。弱みを何個か握られているのかもしれない。だからといってここでジェスたちの言うなりになったら、次に残っているのは破滅しかないのだから急かすのも分からないでもない。ジェスは一度自分に牙を向いたやつらをのさばらせて置くほど甘い人間ではない。

 デュースが終われば、ダリヤも終わりだ。あの時はダリヤを殺そうとはしなかったが、今回は殺されるかもしれない。別に死ぬのが怖いわけでもなければ、権力をなくすことが惜しいわけでもない。そのくらいの覚悟をしていないわけでもない。殺したければ、殺せば良い。死を恐れたことなどない。
 最後までやり遂げたら、という条件が付くくれど。

「俺が行く…」

「貴方が…ですか?」

「俺なら……何処にいるかが…分かるような気がするんだ」

 父親と生き方が、考え方が似ているからだろうか。親子の絆ではなく、因縁のようなもので、繋がっているような気がした。

「危険ですよ。何も貴方が自ら行かれなくても」

「ここに居たって何も情報は入ってこない。なら、いてもしょうがないだろ?……危険といったって、相手は一応俺の父親だぜ?……たとえ狂った殺人鬼だとしてもな」

 親子の情なんてものをダリヤが感じていないように、アイツ自身も自分の子どものことなどどうでもいいと思っているだろうが。
 だが似ていた。その生き方が。愛する人のために盲目になってしまう。そして煉獄に落ちても足りないほどの罪を犯すさまが。

「定期的に連絡は入れる。そっちも引き続き情報を集めてくれ…囮捜査のほうも忘れずに」




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