プロローグ
 その時、私は最前線にいた。もっとも危険な死地に最も近い場所。

 毎日たくさんの同国人を殺し、もはや感覚は麻痺していたのかもしれない。

 血で血を洗う内戦はすでに始まってから何年も経っている。私たち国家魔術師はこの戦いを終わらせるための最終兵器として投入された。もうここに来てから何年が経つのだろうか。過ぎ去った年月すらよく覚えていない。

 後に英雄と呼ばれることになる私が、ここで見て、感じたことをよく覚えていないなど、お笑いでしかないだろう。

 いや、本当に覚えていないわけではなかったのだ。人を殺した痛み、苦痛、感触、そんなものは何もかも覚えていた。そのことを覚えているからこそ、今の私がいる。

 よく覚えていないのは、過ぎ去る日々と、己が殺した数数え切れないほどの人間たちだった。部下の顔ですら、覚えていないのだから始末に終えないだろう。

 

 そんな折、金髪の兄弟を助けた。内乱を起こした異教徒に人質として捕まっていた、幼い子どもたちの一人だ。

 もともとこの帝国は多数の国を制圧しできた国だった。したがって人種と言う点なら多数いた。もはや、領土は拡大され、元の人種も区別できないほどだった。
 だがただある種族だけははっきりと区別され、帝国内で差別され続けてきた。
 彼らは古代に魔術師たちが禁じされた魔法を使い、生み出したとされる種族で、人への恨みが強く帝国内で許されていない宗教を祭り、もはや帝国からは人間の扱いさえされず異教徒と呼ばれ迫害され続けた。

 今回のそれは内乱というよりも、異教徒と呼ばれる彼らの独立戦争であり、反逆であった。軍人であり魔術師でもある私には、国の命令で彼らを殲滅する任務があった。

 そんな私に、異教徒のテリトリーにする田舎町で起こった事件の鎮圧にと向かわされたのが、私の率いる部隊だった。毎日のように人を殺していた私に下された任務が救出という活動に、どこか皮肉めいたものを感じた。命の価値などもはや計れなくなっていたところでこの事件だった。

 いつものように異教徒を己の魔術で燃やすだけで終わる、簡単な任務だった。助けた子どもたちから犯人に向ける以上に脅える視線を感じて、仕方がないとため息をついた。子どもたちにとって、異教徒もその異教徒を殺した私も同じ人殺しにしか見えないだろう。

 国を守るために使うはずの魔術が、人殺しに使われる。軍に所属し、軍人である以上必然なことだが、子どもたちには理解できないだろう。

 故郷に残してきた恋人も、今の私を見ればこんなふうに脅えたような目で見るのだろうかと、ふと思った。内乱の制圧に行くことが決まったときに戻ってきたら結婚しようと約束していたが、こんなに何年も待っていてくれるだろうか。こんなふうに変わってしまった自分を見て、まだ彼女は私のことを愛していると言ってくれるのだろうか。そして、私はまだ彼女をのことを愛しているのか、それすらもう曖昧になっていた。嬉しい、楽しい、好きだと感じる感情が全て凍りついていたのだ。

 親友であるロシアスのように、恋人からの手紙を心待ちにすることもなかった。

 だから子どもたちに脅えた顔をされたことくらい、何の感情も沸かなかった。任務を終えればそれで構わないとしか思えなかった。今まで殺した異教徒人の子どもと、この子どもたちと一体何が違うのだろうと思うくらいだった。

 そんな怯えて泣き喚くばかりの子どもたちの中で、その兄弟だけは妙に落ち着いていた。怖がっていたのだろうが、上の子のほうは弟を庇って絶対に泣くまいと歯を食いしばって、弟は逆に上の子に心配をかけまいとしていた。

 少女だか少年だか分からない容貌をしていたが、俺と自分の事を言っていたので、少年だと分かった。

 その少年だけが私に脅えた目ではなく、憧憬のまなざしで見返してきたのだった。そのことだけはよく覚えていた。

 私の焔を凄いと喜び、将来私のような国家魔術師になりたいと言っていた。それに対して私はなんと言っていたのだろう。よく覚えてはいない。きっとたいしたことは言っていないだろう。

 ともかく当時少佐で小隊長をしていた私は日々の忙しさに忙殺していた。異教徒が人質を取る事件などその後珍しくもなかったし、よくある日常でもあったのだから。少年はそんなたくさんの中の一人でしかなかったのだ。

 だがそんな私の些細な一言が、一人の少年の運命を変えてしまったのだと、どうして分かっただろうか。

 そんな記憶の端にも残らないような出来事が、全ての始まりだったことが、その時の私に分かったはずもない。

 私はこれから先何度も後悔するのだった。その少年を助けてしまったことに。私がここで彼女を助けなければ、あれほど苦しませるようなことはなかったはずなのに。

 だが、この時から、私の罪が始まったのは確かだった。あの子に対する。


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