だいぶ目立ち始めたお腹で動き回っていると、揶揄することが何度も掛かった。

「リヤ…そのお腹の子、何時産まれるんだい?」

「馬鹿な子だね…どうせ男にやらせるんだったらタンマリ金を貰えば良いのに、ただでやらせた挙句孕まされて捨てられるなんて。あんたを狙っていた幼児趣味の親父もたくさんいたって言うのにさ」 

 クスクスとかかる女たちの嘲笑の声。何時ものことだった。

「捨てられてなんか無い!ちゃんと戻ってきてくれるって約束したんだ!」

「じゃあ、何時戻ってくるのさ?10年後?20年後?ちゃんと結婚してくれるって言ったのかい?今頃その男は自分の身分に合ったお嬢さんとでも結婚してるさ……そんでもって、リヤちゃんとお腹の赤ちゃんのことなんて、思い出しもしないだろうね…戻ってくることがあるんだったら、奥さんに飽きて、リヤの小さな小さな身体が恋しくなったときかもしれないね」

 きゃははと甲高い声で毎日のようにダリヤを中傷する声に傷付いたりしない。ジェスはそんな卑怯な男じゃないことはダリヤが一番よく知っていた。だからもう言い返したりはしない。

 この女たちも可哀想な人たちなのだ。家の事情で売られてきたり、男の借金を払うために身体を売っている。夢も希望もない日々で、それでも自分の自尊心を満足させるために、自分以外の不幸を見つけたがっている。

 別に構わない。ダリヤにとって、ここにいるのはただ幾ばくかの賃金とジェスに会うためだけのことだった。仕事だと切り離して考えれば、この女たちのちょっとした嘲笑もたいしたことはなかった。

 ダリヤにとって大事なのはジェスと母親だけだった。この2人がいればそれで生きていけるのだ。母はもうすぐいなくなろうとしている。それは神でも変えられない事実なのだ。そして変えてはいけない禁忌でもある。

 でもまだダリヤにはジェスがいるし、これから産まれてくる子どももいる。他にはなにもいらない。今のささやかな幸せがあればそれで良いのだ。

 以前のように中絶してくれと言われたことが時折頭をかすめたが、ジェスは優しい人だからきっと許してくれると信じていた。きっと仕方が無いと笑って許してくれる。ジェスの子どもだからきっと可愛がってくれるはずだと、まだ中央にいるはずのジェスのことをダリヤは思い描いていた。

「大丈夫…大丈夫」

 仕事の合間にお腹に手をやり、小さなわが子に何度も言い聞かせた。

「お前のお父さんは…英雄なんだ。とっても偉い人で、未来の大総統になる人なんだ……だからお父さんに似て産まれてくるんだぞ。お母さんに似てきたら駄目だからな」

 何時ものように話しかける。ダリヤの汚れた血が入った子でもジェスの血が混ざれば、きっと産まれてくる子どももそれを誇りに生きていけるはずだと信じていた。

「大丈夫だから…きっと愛してくれるよ」

 もうすぐ約束の半年が過ぎようとしている。もうあと少しでジェスは戻ってきてくれるはずだった。ジェスさえ戻ってきてくれれば、全部上手くいく。そんなふうに信じて、信じるより他はなかった。



「リヤ…上にお酒を持っていってくれないかい?お待ちかねのユーディング大佐だよ」

「え…?本当?…大佐が戻ってきたの?ローゼットさん」

「ああ、本当だよ。リヤを呼んでいる」

 やっぱりちゃんと約束どおりジェスは戻ってきてくれた。急いでジェスの元へ向かおうとするダリヤの背に、女将の声が掛かった。

「リヤ…ユーディング大佐には本当にその子どものことは話してあるんだろうね?」

「…前にも言っただろ!…大佐が中央に行く前にちゃんと話してあるって」

「なら良いけれど…だが高望みはするんじゃないよ。自分の立場を弁えるんだ。良いね?お金でも貰って愛人にでもしてもらえれば万々歳だとくらいに思っているんだよ。間違ってもそれ以上望んではいけない……面倒事は御免だからね」

「分かってる…」

 この人はジェスの協力者でビジネス関係だけで成り立っていた。その分面倒事を嫌う性質だ。ダリヤが妊娠したときもジェスは知っているのかと何度も訊ねられた。そしてダリヤは偽りを口にした。ジェスの了解を得ていないことがばれたら、何をされるか分からないからだ。この人はジェスの不興を買わないためなら、ダリヤの子どもなど平気な顔で処分しようとするだろう。

「なら良いさ…早く行きなさい。大佐がお待ちだよ」

 言われるがままジェスの元へ向かう途中で、ジェスと何時も一緒にいる金髪の背の高い人とすれ違った。彼が唖然とした顔でダリヤの上から下まで、特に腹部を凝視していたのに何も言わず身を翻すとジェスの待つ場所へと急いだ。




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