「大佐…本当に俺をお嫁さんにしてくれる?」

 結婚してくれる。そんなふうに約束してくれたのはそんなには前ではなかったはずだ。

 ジェスはいつも行為の後、すぐにシャワーを浴びに行くのだ。一人残されたダリヤは、ジェスの体温の残るシーツに痛む身体を横たえ、苦痛が治まるのをやり過ごしていた。

「疑うのかい?そんなに私は信用がないかな」

 水滴が髪から滴るのを拭きながら、苦笑をするジェス。信じていないわけではない。信じたいと思っている。こんな何も無い自分でも好きだといってくれるジェスが、誰よりも好きなのだ。彼の言うことなら何でも信じたかった。どんなに現実と夢とのギャップがあろうとだ。

「ううん……そうじゃないけど…今俺をお嫁さんにしてくれるのは無理?」

 ダリヤが16歳になったら結婚してくれると、ジェスは約束してくれた。今は何も形になるものはダリヤには渡せれないけれど、ダリヤが16歳になったら、母ときちんと会って指輪を贈り結婚式もしてくれると、ジェスはそう言ってくれていた。

「リヤ!今は無理だ…分かっているだろう?君はまだ13歳だ。結婚できる歳ではないんだ」

「でも、でも!」

「一体何がそんなに不安なんだ?あと3年のことだろう」

「そうだけど…」

「なら、それまで待ってくれ。今まであんなに聞き分けが良かったのに、急にどうしたんだ」

 苛々したようにジェスは髪をかき上げる。ジェスの不愉快な時の癖だ。今まで嫌われたくなくて、ずっとダリヤはジェスの言われるがまま振舞ってきた。だからジェスは何でもダリヤはジェスの言うことを聞くと思っているのだろう。

「分かったね?あと少しの辛抱だから」

「だって……俺、赤ちゃんができた」

 意を決してやっとそれだけを言った。

「……冗談だろう」

 ジェスの呆然とした声。

「本当だよ…俺、お店のお姉さんたちが見てもらうお医者さんに、内緒で見てもらった。ここに」

 大佐の赤ちゃんがいるんだと、呆然としているジェスの手をダリヤの腹部に持っていき触れさそうとした。

「止めろ!」

 腹部に到達する前に、音を立てて叩き倒された手。ダリヤのほうこそ叩き倒された腕をもう片方の手で押さえ、呆然としてしまった。ジェスの青ざめて微かに震える横顔を、同じように青ざめて震える手で見ていた。

 まるでダリヤのお腹を汚らしいものに触れたくも無いとでもいうように、拒否したジェス。

「やっぱり…迷惑だった?…俺、俺……」

「違う!……だが考えてもみてくれ。君はまだ13歳だ。とても産めるような年ではないし…結婚できる年でもないだろう。まさか…妊娠するなんて」

 最後のほうのジェスの言葉は一人言のように呟いていた。そのまま髪を乱暴に何度もかき上げる。それはジェスの不愉快なときの癖だ。

「めい、わく…なんだ……よね」

「ちゃんと君が16歳になったら結婚すると言ってあるだろう?…だが今では不味いんだ。今君が産んだら、結婚するときに大きな子どもがいることになる。それでは私たちの関係を露呈しているも同然だ!…そんなことがばれてみろ」

「……困るんだよね…大佐が」

「そうだ…今は時期が悪すぎる。可哀想だが、始末してくれ…手配はこっちでしておくから。それが私たちの将来のためで、君の身体のためでもあるのだから」

 ジェスはダリヤは抱きしめると、言い聞かせるように背中を撫でながら、分かってくれるねと囁いた。

「ちゃんと結婚できれば幾らでも子どもは作れる。それまでの辛抱だから」

 分かってくれるかいという問いに、言葉にならないダリヤは肯き返すことで、ジェスの願いを肯定した。

 ダリヤはジェスの子どもができたと分かったとき、戸惑ったがとても嬉しかった。無条件で産みたいと思った。年齢やジェスの事情も考えず、ジェスも喜んでくれると何も疑わなかった。考えてみれば迷惑がられるのは当然だったのに。

 それでもダリヤの記憶の中で会ったジェスならば、きっと喜んでくれると信じて疑わなかったのだ。こんなふうに将来のためだからと、簡単に始末してくれと言われるとは思ってもいなかった。

 ジェスの言うことは尤もなことだ。分かっているけれど感情が付いていけなかった。悲しくて、辛くて、ジェスに見られないように涙を零した。

 その夜もジェスはダリヤを抱いた。



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