「大佐っ!」

 仕事を終えると急いで2階に駆け上がった。思ったよりも遅くなってしまい、もう居てくれないかと思いながら、焦る心でノブを手にする。それでも周囲に注意することは忘れない。こんなふうに会っている場面を見られたらもう会えないとジェスに言われているからだ。

 急いで入っていった部屋では、ジェスが何時ものように待っていてくれた。しかし疲れているのだろうか、ベッドに横になったままダリヤが呼びかけても起きることはなかった。

 こんなふうに会える日はそう多くは無い。一週間に一度会えたら良いほうなのだ。ジェスは責任ある仕事をしている。本当だったらこんな所に来てはいけない人なのだ。そう分かっていても、会いに来てくれることを楽しみにしている自分がいる。

 この今は閉じられている黒い瞳に見つめられるだけで、何も要らなかった。リヤと呼んでくれるその声があるだけで幸せに浸ることが出来た。



「リヤ……ああ、来ていたのか。すまないね…眠ってしまっていた」

「ううん。大佐、疲れているんだろう?またテロがあったって新聞に書いてあった……忙しかったんだろ?ちゃんと寝たほうが良いよ」

「…まあ、忙しかったがね。だが、こういう疲れている時ほど、男はしたくなるものなんだよ」

 おいでというように手を伸ばされて、ダリヤは自分からジェスの腕の中に納まった。そのまま服を脱がされるのも、ベッドに横たえられるのも、もう慣れた行為だった。ジェスがしたいというのなら、何の異論もなかった。

「大佐、俺のこと好き?」

 何度も同じ事を聞いてしまう。もうその言葉はダリヤにとって抱き合う行為の始まりの儀式のようなものだった。

 正直ジェスに抱かれるのはとても苦痛を伴うものだった。決して嫌なわけではない。ジェスがこんな身体でも欲してくれるのなら、いくらだって差し出しても構わなかった。いくらだってジェスは美しい女性を選べるのに、幼いダリヤを選んでくれたのだ。それは言い表せない幸福感と優越感をダリヤにもたらせた。

 だが大人の男を受け入れるにはダリヤの身体は幼すぎ、何時もその幸福感と後ろ合わせで耐え切れないほどの苦痛があった。ジェスの欲望をねじ込まれる際、苦痛の悲鳴を上げないようにするのに苦労するほどだった。ジェスに知られたらきっと優しい彼はダリヤの体のことを思って抱こうとしなくなるだろう。だから必死で悲鳴を押し殺し、ジェスを受け入れるのだった。

 ダリヤが我慢している限りジェスは他の女のところには行かない。ジェスがダリヤを必要とする限りは他の人には絶対に渡したくは無かった。

「俺のこと好き?」

「好きではないなら…こんなことはしないよ……リヤのような幼い子と関係を持つことはね、私にとってはとてもリスクのあることなのだよ。それでも君を抱きたい…会いたいと思うんだ。本当にリヤのことが好きだと思うのなら君から身を引くべきだと、何時も思ってはいるんだが…」

「そんなことないよ!俺も大佐のことが好きだ!……居なくならないで!俺、大佐にならなにをされても構わないんだ」

 ジェスが世間体を気にして自分から離れていってしまうことを、一番ダリヤは恐れていた。こんな関係が露になったら批難されるのはジェスだと分かっていても、離れていってしまうことがどうしようもなく怖かった。昔は憧れの存在で見ているだけで満足だったというのに、こうやって会って触れることが出来た今、こんなにも貪欲になっている。

「本当は私みたいな歳の離れた男が、こんな幼い君にを抱いてはいけないだよ。リヤの母君が知ったら、どんな男だと思うだろうね……大事な子に手を出して弄んでいると悲しむだろう」

「大佐っ!」

 ダリヤは首を振ってジェスの言葉を拒絶した。勿論ダリヤの母のエリーゼはジェスとの関係など知る由もないだろう。まだ13歳の娘であり息子が娼館の一角で男と逢引を繰り返していることなど、きっと想像したこともないはずだ。

 でも母だってきっと分かってくれるはずだとダリヤは信じていた。だってダリヤのたった一度だけの恋なのだ。きっとあと何十年生きていこうと、ジェス以上に好きになれる男など現れることはないはずだ。

 人が聞けばおままごとのような恋だと笑うかもしれない。母もそうかもしれない。何度も母が知ったらどう思うだろうかと悩んだこともあった。だけどダリヤは誰よりも真剣で、今のジェスと過ごすことのできる一瞬一瞬を過ごしていた。ジェスに要らないと言われるならともかく、ダリヤから離れられるはずも無かった。

「母さんだって大佐が相手なら何にも言わないよ。母さんもね、けっこう良い家のお嬢さんだったらしいんだ…婚約者もいたくらいだって。でも、俺の父親と出会って身分違いだって反対されたらしいんだけど、全部捨てて父親を選んだんだって良く話してくれたんだ。だから、きっと母さんだけは分かってくれると思う」

 少なくともそう信じたかった。そう思えば母親への罪悪感が薄れ、ジェスと会うことに疚しさを感じなくてすむからだ。普通に考えればどこの母親が自分とそれほど歳の変らない男に自分の子を弄ばれていて、平気でいるわけはないことはダリヤだって分かっていた。だけどこの時は、そう信じて、信じていたかった。

「そう…良いお母さんだな。もう少しリヤが大きくなって、結婚できる歳になったら会いに行ってリヤを下さいと、ちゃんと言うから待っていてくれないかい?」

「うん…待ってる」

 ジェスと結婚できる日。彼のお嫁さんになれる日。本当にそんな日が来るだろうか。

「さあ、もうおしゃべりは良いだろう?そろそろ君を感じたい」

 覆いかぶさってくるジェスに肯くと、シーツを握ってその瞬間を耐えた。リヤと甘く呼ぶその低い声を頼りに、ジェスに縋った。

 その声がいつか愛称ではなくダリヤと呼んでくれたらと、ジェスの声を聞くたびに思ったが、ジェスに嫌われることを懸念してジェスにすら本名を言えないままだった。見捨てられるのが怖い。この優しい笑顔が見えなくなることが、何よりも恐ろしかった。

 自分の中に入り込んでいるジェスの楔は余りにもダリヤに負担が大きすぎて、何時も苦しめた。上がる悲鳴の代わりに何度も『大佐』と呼び、その恐怖を打ち消した。

 お願いだから本当のことを知っても、ダリヤのことを嫌いにならないで欲しい。一生知られないようにするからと、心の中でジェスに何度も希った。




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