「くそっ!一体ダリヤ・ハデスは何者なんだ!?」

「ここまで情報が少ないと調べようがありませんよ……みな、彼が天才だと知っていても、他にも何も知らない……お手上げです。中将のほうこそ、彼と個人的な付き合いがあったんでしょう?何か些細なことでも良いから、ダリヤ・ハデスの情報はありませんか?このままだと、不味いですよ」

「言われなくても分かっている…」

 何時もは飄々としているワグナーも、流石にこんな場面では神妙な面持ちだ。何の情報もないまま、指揮官であるジェスが容疑者として逮捕されているのだ。ジェスを嵌めただろう犯人はダリヤだと分かりきっているのに、何の手出しも出来ない今の状況を苦々しく思っているのは二人とも同じだった。

 こうした面会ですら容易にすることが許されていない。本来だったらこうした情報戦はレンフォードやロシアスのほうがずっと適任なのに、彼らのジェスへの面会は許可されなかった。

 仮にもジェスは中将なのだ。幾ら容疑者とはいえ、一兵卒ではあるまいし、こんな扱いは許されないはずだ。それだけに、ダリヤの背後にいる人物はそれなりの実力を持って人物なのだと想像することだけは可能だった。

「私が彼について知っていることなんかほとんど無いぞ。用心深いのか、核心に触れるようなことは一切言わなかったしな。ろくでなしの父親と病弱な母親と、別々に暮している弟。それに……さっき知ったばかりだが、人殺しだと罵られたくらいだ」

「あーもうそれしかないっすね……復讐が少佐の目的なんですよ。他の…たとえば金が目的で中将を陥れているとかだったら、こっちに寝返らせることもできるのに、復讐じゃ無理ですよ」

 ダリヤへ条件次第ではこちらへ寝返らせることも念頭に置いていかなかったわけではないが、ワグナーの言うように目的が復讐の一点でダリヤが動いているとしたら、それは無理な相談だろう。

 ジェスも何人もそんな感情に動かされるままに破滅していった人を見てきている。その感情に突き動かされている限り、どんな忠告やアドバイスをしたとしても決して耳に入れることはないのだ。ジェスも身をもって知っていた。ダリヤも同様であろう。あの目を見る限りでは、決して止めようとはしないだろう。

 どんなに理性的にどちらについたほうが得か諭しても、何の意味もないだろう。

「身に覚えはないんですか?こんな復讐される覚えを少佐にした覚えは」

「馬鹿を言え……あったら最初に会ったときに気がついている。だいたい復讐ななんて、逆恨みが殆どなんだ…」

 だがダリヤは正統な復讐と言っていた。ジェスとは違うとも。

 ダリヤ自身に全く覚えは無かった。だが、今とはもっと違っていたら。例えばスパイに入る人間は殆どが偽名を使う。ダリヤも本名が違ったりした場合は、とそこまで考えあることを思い出した。

「ダリヤは昔は女の格好をしていたと、あの娼婦は言っていたんだな?……なら、ダリヤと名乗ってはいないだろう」
 娼婦時代、女として過ごしていたのなら、別の名前があるはずだった。ダリヤは男性名だ。

「あ、そういえば!言い忘れていましたけど!ダリヤ少佐のことを、ジェシーっていう娼婦が戻ってきていたんで聞いたんですが、5年ほど前、東方地方でローゼットっていう女将の店で働いていたって言っていました。東方地方にいるやつに今調べさせている最中ですが」

「ローゼットだと!」

「え?中将、知っているんですか?」

「知らないはずは無いだろう!あの情報屋で、娼館の女将をしていた女の名前だ」

「ええ?あの女将そんな名前だったんですか?知らないっすよ俺…中将のお供で行っていただけなんですから」

 そうだ。ワグナーは警護役として連れていただけで、ほとんど詳細は知らないままだ。あの女将の名前もワグナーが知っているはずもない。ローゼットは情報屋としてその名前を使っており、その客と、媒介となる娼婦たち以外に名乗ることはない。ジェスのような上客やジェシーという娼婦のようにその店で働いていない限り分かりはしないのだ。

「ワグナーお前だったら、ダリヤの愛称と言ったら、どんなものを連想する?」

「ええっ?……ダリヤの愛称ですか?ダーニャとかリヤとか」

「それだ……」

「え?」

「リヤだ……くそ!どうしてあの金色の目を見たときに気がつかなかったんだ!父親と同じあの色は滅多にいないというのに!」

「リヤって、あの?」

 ワグナーもジェスの指摘に青褪めた。二人ともがその少年の名前に覚えがあった。

「まさか!確かに俺、色彩は似ているって言いましたよ!でも全くの別人ですよ!あれは!……兄妹か親戚とかじゃ」

「リヤには弟しかいなかった。親戚も、皆縁を切って関わりを断っている。間違いなくダリヤはリヤ本人だろう……そうではなければあれほど」

 ジェスを憎む目で見たりはしないはずだ。

 今思い返せば、ダリヤは幾つもジェスにヒントを与えていたのだ。家族のこと、弟のこと、そしてろくでもない男のこと。あれはジェスのことだったのだ。気がつこうともしないジェスのことをきっとダリヤは内心馬鹿にしていたのだろう。

「だから…俺があの子に似ているって言ったじゃないですか!あの時中将が気が付いていればこんなことにはならなかったのに」

「お前だって似ているとしか思わなかっただろう。だいたい、とうに野たれ死んでいるとでも思っていたさ……あのリヤに最後に会った時のことを思い出せば、お前だってそう思っただろう?…だいたい誰が想像できる?あの小汚い娘が、国家魔術師として表れるなどということを」

 余りにも違いすぎた。リヤは痩せ過ぎた貧しい小さな子どもで、いつもおどおどしたような態度の馬鹿な、そんな子どもに過ぎなかった。ダリヤのように誰もが振りむくような美しさを持っているようなわけでもなく、聡明さも感じさせなかった。おまけに当時はきちんとあったはずの左足は義足になっていたのだ。

 同じ金色の髪と目を持っていたからといって、同一人物だと思うほうが難しいはずだ。ワグナーのように色彩から、類似点を導き出すくらいが精々だろう。しかも、客観的に見てはじめて感じることができるくらいだ。ジェスのようにダリヤと深く関わっていたとしたら、類似点よりも先に相違点のほうに目が行く。

 あまりにも違って見えるのだ。当時のやせ細った少女と、今の神々しいまでに美しいダリヤとでは。あの頃は貧相な少女にしか見えなかった。今は女とも男ともつかない性別を感じさせない、冷たい芳情をする軍人だった。

 今思えば、ダリヤが示唆していることも、類似点も良く分かったのに。
 両性であること、彼が持つ色彩と、よく似た名前。まるで早く気がつけとばかりに示されていたものたちだ。

「本当にダリヤ・ハデスがあの子だとしたら……中将を恨んだとしても無理は無いですよ……ご自分でも分かっているでしょう?どんなにあの幼い少女に酷い仕打ちをしたか」

「酷い?……あんな父親を持つ子どもに相応しい扱いをしただけだろう」

「まだそんなことを言っているんですか!なんで今ここにいるのか、よく考えてみてくださいよ!身から出た錆も良いところですよ……俺は同情しませんよ…あの子が中将に復讐しようとするのも当然のことです」

「そうだな……漸く、どうしてダリヤが私に近づき、私を陥れようとしているのかが納得がいったよ。私をこんな目に合わすためだけに、国家魔術師にまで上り詰めたとしたら褒めてやりたい気分だよ」

 大方あの体でも使ったのだろうが、それでも当時のダリヤを知るジェスからしてみれば、今のダリヤは余程努力したのだろうと想像がついた。何も持っていなかったダリヤが、医療魔術の権威と称されるほどになったのだ。並大抵の努力ではそうはなれなかっただろう。それだけは褒めてやっても良い。

「それで…どうする?自業自得な私を見捨てて、ダリヤの味方についてやるか?」

「……そんなことをしませんよ。俺は今さらダリヤ・ハデスの…リヤの真相を知ったわけじゃありませんからね。今さら中将を軽蔑したりはしませんよ……同情もしませんけどね。俺も同罪ですから」

 同罪か。ワグナーのしたことなどたいしたことはない。ただ見て見ぬ振りをしていただけだからだ。ダリヤからしてみれば、最も罪深い男はジェスということになるだろう。

「人殺しだと言われたな…確かに私はリヤの大事なものを葬った。だが仕方が無いだろう?あんな汚らわしいものを見たくはなかったからな」

 この世で一番汚らわしいものの象徴、それがジェスにとってリヤという少女だった。



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