「あーあ…またやられていますよ」

「最近、間隔が狭まっているって感じっすよね」

 ジェスの部下たちのそんな愚痴を尻目に、ダリヤはつぶさに被害者の観察をした。今日はジェスはいないので、必然的にここにいるメンバーの中ではダリヤが最も高い地位にいた。ジェスは将軍職にいるので、本来だったら現場に出てくることはないのだ。

「暢気にしゃべってないで、聞き取り調査でもしてきてくれないか?」

 憲兵もいるが基本的にこの事件は中央司令部預かりなのだ。ジェスの部下たちに動いてもらわないことには、何も分らない。

「わっかりましたー」

 自分よりも地位が高いものに対する態度とも思えない口の聞き方だ。ジェスは少しはダリヤのことを認めてきているが、部下たちはそうはいかない。彼らはダリヤをジェスに害なる存在だと決め付けて、なるべく内部へ近づかせないようにしている。ジェスがいない場ではダリヤの命令を聞かないといけない立場だというのに、あざ笑うかのような態度を崩さない。

 仕方がないと思うから、特になんとも思わないが。ダリヤだとてそう長い間ここにいるつもりもないのだ。目的を果たしたらこんな場には一秒たりともいたくはない。彼らと

 仲良くなるつもりもなければ、認めてもらう必要もなかった。

 やっとワグナーたちが動き始めたのを横目で確認して、もう一度遺体に向き直る。今日の被害者は娼婦だった。いや、今日もというべきだろうか。被害者の女性たちはそういった商売をしている女性が多かった。そういった女たちほど容易に人気のない場所に連れ込みやすいし、失踪したとしても誰も騒ごうとはしない。そうでなければ、やはり下層階級の日銭にも困るような女たちが犠牲になることが多い。良家の子女は稀だ。犯人も分っている。どんな女を殺せば、追跡が厳しくなるか否か。頭は良い男なのだから。

 犯行の手口も至ってシンプルだ。こうして見るだけでも魔術の精密さは、犯人と同じく医療魔術の第一人者と称されるダリヤといえでもそうそう真似できるものではない。今回の殺人も間違いなく、同一人物だ。

「ハデス少佐。被害者の同僚を連れてきました」

 被害者は魔術の影響で、生前とだいぶ面持ちが異なる場合も多い。家族や知人に確認を取らせたところで無意味な場合も多いが、生前とどのくらいの差があるか参考にもなるために、必ず面通しをさせている。

「ああ…よろしく」

 ワグナーたちが一見して娼婦と分るような派手な外見をした女たち数人を、被害者の遺体に見せると彼女たちからすすり泣くような声が上がる。それをダリヤは無表情で見ていた。ダリヤに犯行を憎む権利もなければ、被害者を悼む感情も持っていなかった。ただダリヤにできるのは、一刻も早く犯人を捕まえることだけだ。しかしその目的は被害者を少しでも減らしたいというジェスのような崇高な目的ではない。ただ自己保身のためだけだ。


「どうしてシンシアがこんな目に……あと2ヶ月もすればやっと借金を返し終えたのに」

「故郷に残してきた子どもがいるって、写真を見ながら戻る日を楽しみにしていたっていうのに」

 シンシアというらしい被害者の女性に縋りつきながら、女たちは涙を流している。みな娼婦というには年を取りすぎていた。被害者と同じ30代前半ほどに見えた。この年代になると10代、20代の頃のようには客は取れないし、金額も下がってしまう。そんな辛い境遇で同じように支えあってきたのだろう。

 そんなふうに泣いている女たちの中で一人だけダリヤを見ている女がいた。栗色の髪をした、細身の女だった。

「ねえ…あんたひょっとして、ローゼットのところで働いていた子でしょう?」

 首を傾げながら、それでも疑問系でありながら確信に満ちた様子でダリヤに問いかけた。ローゼット。その言葉に身体が震えだすのが、自分でも良く分かった。

「俺はアンタなんか知らない。人違いだろう」

 自分でもよくこれだけ冷静な受け答えが出来たと、ダリヤは褒めてやりたい気分だった。こんな場面で、こんな時に、過去に葬った亡霊を覚えている女に会ってしまうなんて。

 どうしてこんな女と知り合いなのかというような視線を感じる。違う。もう何も関係がない。ダリヤ・ハデスとは無関係だ。

「なによ!知らん振りする気?……間違いないわっ…こんな商売していたって知られたくないわけね?また上客でも捕まえたの?あの頃とは随分ちがった格好しているのね?」

「知らないって言っているだろう!」

 そう声を抑えながらも、荒げるのを止めることができなかった。これでは知り合いだとも言っているも同然だと言うのに。舌打ちして、連れて行けと命令をする。ここにいるのはジェスの部下たちだけではない。直接関係のない軍人に命令してその女を視界から消した。

 心臓が逆流しそうだった。どうして誰も気がつかないくせに、あんなほんの数ヶ月ほどしか会っていない女がダリヤのことを覚えているのだろうか。全てを捨て去ったつもりでも、拭いきれない過去がダリヤの中に存在していた。



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