「またあの少年の所に行くんですか?」
ダリヤの自宅に向かうように指示をすると、ワグナーが露骨に嫌な顔をした。腹芸のできない体力勝負の男だが、これほど上司に向かって嫌悪を露にするのも珍しい。
「そうだ……どうしてそんな不満そうな顔をするんだ。私が誰とプライベートで付き合おうが勝手だろう」
「それはそうなんですけど…でも俺には、どうして中将があの子のことを好きなのかが理解できませんけどね」
「…何故だ?」
ダリヤは誰が見ても美しい容貌をしているし、聡明で、こんなふうに理解できないと言われるような人物ではない。確かにやっかいな過去を背負っているようだし、その背後からは何が出てくるか分らない人物だが、だからこそ近づく意味もある。
「だって、あの子を見ていると思い出しませんか?4年前の、あの少女に」
『4年前のあの少女』その言葉に思わずジェスは、遠い過去に引き戻された気がした。
あの胸の痛みを忘れることはできない。それなりの年月が過ぎた今でもだ。あの頃ジェスを支配し続けてきた怒りは、いまだに胸の中で燻っていた。どうやっても立ち消えようとはしない痛みだ。
そしてあの少女のことは、苛立ちと共にでしか思い出すことはなかった。
ジェスの言葉を信じられないとばかりに、呆然と首を振り否定し続けていたのが、最後に目に焼きついている。愚かで存在自体が罪深い少年だ。
「ダリヤと、あの娘が似ていると言いたいのか?」
「あの金髪といい、珍しい金色の目といい、色彩はこれ以上ないほど似ていると思いますよ。顔立ちも何とはなしに似ていますし、あの子を連想させるようなハデスに、中将が心を奪われるとは正直信じ難いですね」
「別に好きになったわけではないが……興味があっただけだ。頭も良いし、私を退屈させない。それなりに素敵な子だと思うだろう?何よりも…何かを隠している気になる」
そう、好きになれるはずはない。あの時からジェスの心は凍ってしまっているのだから。女もダリヤも、性欲を処理するだけの道具にしかなりえない。
全てを失った時から、ジェスは誰も愛することはなくなった。
ただ一人の親友も何度も言っていた。もう一度好きな人を作って、結婚してやり直せと。それがお前の傷を癒す早道だと。
「中将の気持ちも分かりますが、俺たちは…もっとちゃんとした人と付き合って…また幸せな家庭を中将に築いて欲しいと思っています……正直ダリヤ・ハデスが相手では歓迎できません」
「お前もロシアスと同じ事を言うな……だが無理だよ」
もう一度結婚して子どもでも作れば、この空虚さから逃れられるとでも言うのだろうか。それは幸せな奴らの理論に過ぎない。自分にはもう二度と必要としないものだった。