18
「ユーシスか」

「兄さんはどうしていますか?」

「寝ているよ……疲れたんだろう」

「全く兄さんったら……何か隠しているんだろうなあとは思っていたのに、まさか妊娠していたなんて。しかもそれを隠して、無茶するし!普通、妊婦のやることじゃないと思うんですけど?」

 ジェスもユーシスの意見に概ね賛成だったが、苦笑するだけに留めた。確かに無茶は否めなかったが、ダリヤにしてみればユーシスを産んだ時に比べれば、無茶をしているという自覚は皆無だろう。

「それで、もう官邸には兄さんを戻さないんですか?……まあ、出産するんだったらあそこでは無理でしょうけど」

 連れ戻した先は大総統官邸ではなかった。郊外の閑静な住宅街から少し離れた、ひっそりとした一軒家だった。

「ダリヤが戻らないというしね……結婚してくれる気もないようだし、それでは官邸に戻すわけにもいかない。こちらにユーシスも連れて来るよ……こちらでひっそりと暮らそうと思う」

 流石に公務がある際は公邸にいないわけにはいかないが、それでもこちらに来ることはできるし、ダリヤもユーシスも公邸にいるよりは自由に行動できるだろう。

「本当はずっとこうしたかったんだ……ダリヤの意思を尊重してこれまでやってきたけれど、本当は部下になどならなくても良い。こうやって、私だけの目の届くところで、他の誰からも傷つけられないように……隠していたかった」

 ダリヤが自分のためを思って尽力してくれることは嬉しかったが、そのせいで謂れのない避難や陰口を叩かれること、更に今回のような危険に巻き込まれることをジェスは危惧していた。

 ダリヤのことはジェスが守るから、ダリヤはユーシスと笑ってくれてさえいてくれれば良かったのだ。

「もしそれでも、ダリヤを傷つけることがあるのだったら…それは私だけでいたいんだ」

 他の誰も、ましてやあんな男に傷つけさせるわけにはいかない。

「欺瞞だろう?もう誰にもダリヤを傷つけさせたくないのに…それが自分なら良いなんて」

「僕も……そう思います。兄さんは無理をしすぎた。ジェスさんのことだけでも兄さんは自分の感情に追いつかないのに、いろんな物を抱え込もうとするから」

「だがそれがダリヤなのだから……もう、仕方がないと思うしかないな」

 ジェスが苦笑すると、そうですね、とユーシスも同様に苦笑した。

「初めて……」

「え?何か、言いましたか?」

 眠っているダリヤを見て安堵していたユーシスが、ジェスのほうを振り向いた。

「いいや、何でもないよ」

 ただの独り言だった。

 ただ、これまで決してダリヤは自分の気持ちをジェスに伝えることはなかった。それを怖がっていた。でも、彼女から初めて愛していると伝えてくれた。同じ気持ちなのだと、もう一度愛することが怖くて、また拒絶されるのを、ずっと認めたくなかったこと。

「ユーシス……幸せにするよ。今度こそ、必ず」

 ダリヤがその気持ちを認めたことは、小さな、けれど大きな前進だった。頑固だから、きっともう言ってはくれないだろうけれど、ジェスと一緒にいて幸せに感じる気持ちも確かにあるのだと認めてくれた。

「ええ……絶対にお願いしますよ」

 大きなユーシスはそう答え、小さなユーシスのほうは意味は微妙に分かっていないだろうが、微笑んでいた。

「パパ……ダリヤの家出は解決したの?」

「ああ……ダリヤもユーシスももう官邸には戻らないが、ここでずっと一緒だ。そうだ……ユーシス、お兄さんになるんだ。ママと弟か妹を、守ってやってくれよ」

「本当?!」

 兄弟を欲しがっていたユーシスは嬉しそうだった。

「あ、でも、じゃあ……ダリヤの家出の原因はそれなの?」

「ああ」

 勿論それだけが原因ではなかったが、根本はそれなので嘘はついていない。もう一度切れ捨てられるのが嫌で、逃げ出したのだ。

「君のママの家出は病気だからな。今度家出しそうになったら、ユーシスもパパの味方をして止めてくれよ?」

「家出は止めるけど…でも、僕ダリヤの味方だよ?」

 暗にパパの味方じゃないよと告げる息子に、ジェスは苦笑し。

「良いよ……ダリヤの一番はユーシスだから仕方がないね。だからね、ユーシスどんな時もママの味方をして、守るんだよ?」

 わざわざ告げる必要はなかったから、真実は告げないけれど。だからユーシスはどれだけ自分の母親が勇敢で、誇らしい女性だったのか、知る術はない。

 だから知っているのは自分ただ一人だけで良い。

「パパは?」

「私は……ダリヤと、ダリヤの大事な物全てを守るから」

 ダリヤと、ユーシスと新しい命と。そして大総統としての役目。どれひとつ失ったとしても、ダリヤの信頼を勝ち取れない。

 そうして彼を守ったとしても、まだ不安を抱かずにはいられないだろう。それでも、そんなときは、そう、これまで以上に、もっと、強く強く抱きしめて離さなければ良い。ダリヤが笑ってくれるまで。


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