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「じゃあ、何悩んでいるの?ユーシスのことじゃないのなら、ジェスさんのこと?またお見合い話でも持ってこられたの?」

「違うよ」

 そんなことだったら悩まないし、それでジェスが結婚したいと思うのだったらそれで良いのだ。そんなことで悩んだりしない。

「じゃあ、何?」

「……お前は知らなくて良い」

「良いって……酷いよ!いっつも一人でどうこうしようとして!何か困っているか、嫌なことがあったから僕のところに来たんでしょう?なのに、心配させるだけさせて、何も話してくれないの?」

「…知られたくないことがあるんだ。俺が過去してきたことの半分も、お前には言っていない。お前にここに来た理由を話せば、それを全部話さないといけなくなる…だから、話したくない」

「兄さん…」

 ユーシスが知っているダリヤの過去は、ジェスがオブラートに包んで話したことで、それはダリヤとユーシスが離れて暮していた10年間のほんの数割にしか過ぎない。

「それに……軍にも関わりがあるんだ。一般人のお前に教えるわけにはいかない」

 ダリヤの軍での仕事は実際にはほとんどない。ジェスはたまにダリヤに協力を要請することもだったけれど、それはほんの数えるほどで、実際には国家魔術師としての仕事のほうが大半だった。それほど外部と接触を持つ必要もないし、できることは家に閉じこもっていることのほうが多い。

 それでも外部からしてみれば、充分目だっているということなのだ。大総統の愛人として。そして軍の重要なプロジェクトの関係者としてもだ。

「分かった……兄さんも、言いたくないことがあるよね。なあ、詳しく聞かないから、これだけは教えて」

「何だ?」

「ただの夫婦喧嘩だったら気にしないよ…僕。でも、今回、兄さんは軍にも関係があるって言ったよね?……だったら今回の家出は何時もと違うよね?兄さんに危険はないって言える?僕に断言してくれる」

「たぶん……大丈夫」

 ダリヤはこれでも修羅場を何回も潜り抜けてきた。人を見る目はあるつもりだった。あの男はダリヤの命を狙っているわけではない。そんなものが欲しいわけでもないだろう。欲しいのはおそらくダリヤからの情報と、大総統の愛人としてのジェスへの影響力だろうか。
 デュースがいなくなって、軍に繋がる強力なパイプを失った。しかもジェスは賄賂など通じる人間ではない。反対にこれまで軍に巣食っていた役立たずというよりも老害になっていた上層部の将官たちを一掃していったほどだ。新しい人脈を作ろうにも、できないのが現状だろう。

 そこで過去自分と同じ立場にあったダリヤを思い出したのかもしれない。デュースからジェスに乗り換え、まんまと『愛人』の座を得たダリヤの弱みを握り、利用する。それが目的だろう。

 相手が自分のことをどう見ているか、男なら自分を征服したいという欲望を持って見られているか瞬時に悟ることは可能だった。

 あの男は自分をそういう目で見ていた。




 ダリヤの前歴は何も偽っていない。要するに前科があることですら、調べる手立てさえあれば容易に調べがついてしまう。しかしダリヤはダリヤ・ハデスについては何一つ偽らずに証言したので、そのことで付け入られる隙はないはずだった。ユーシスとエディス・クライスだった頃に行った蘇生魔術について以外は。

 もはや、デュースは死んでこの世にはいない。あれほどダリヤやユーシスを苦しめた男はもういないのに、その残党いわば反大総統派ともいうべきものはまだ残っている。ダリヤの経歴は偽っていない。そのためこうやってこれまでにも何度か反大総統派からの接触は何度もあった。これまでは無視して終わったが、今度はそうもいかないかもしれない。

 ダリヤの表に出ていない影の部分。蘇生魔術をしたこと。ユーシスのこと。どれが知られても致命的だ。デュースが死んだことですべてが終わったと思っていたが、まだ終わりになっていなかったということだ。

 デュースがダリヤを脅すネタだったユーシスのこと、蘇生魔術のことを外部の人間に容易に話すとも思わなかったが、それでもあの男のことだ。死んでもなお、ダリヤを呪縛して止めないのかもしれない。




 今ジェスが進めている政策は、政財界にとって歓迎されないものだ。どこからもかなりの圧力が掛かってきているが、ジェスはそれを推し進めようとしている。今回急にその男が接触してきたのは、きっとそのことが原因だろう。

 どこまで知っているのだろうか。ただユーシスがダリヤの息子だと知っているだけならまだしも、ユーシスがジェスの息子だとばれていたら。

 デュースもユーシスの父親を知らなかった。あの研究所にいたものも、皆知らない。ダリヤはユーシスの父親について何も話さなかったし、デュースたちもユーシスの父親には興味はなかった。ダリヤのことを売春婦だと思い込んでいたから、父親など分かるはずもないとでも思っていたのだ。
 もしユーシスの父親がジェスだと知っていたら、もっとユーシスの扱いは違うものになっていただろう。だから誰にも知られないようにしていた。今も事実を知っているのは数人しかいない。ジェスと弟と、ジェスの腹心の部下数名だけだ。

 けれど、ダリヤの子どもがジェスの息子とされているユーシスだと分かったら。いるはずのないジェスの子どもが何時の間にか存在していて、いるはずのダリヤの子どもはいない。それが何を意味するか少しの知恵とダリヤの研究所時代の情報があれば、これくらい推測できるだろう。ダリヤの子どもがジェスの子どもになっていると。

 あの男はどこまで知っているかは言わなかった。だけど、こんな時どうするべきかダリヤは分かっている。常に最悪のケースを想定しておかなければならない。

 かつてユーシスを救い出すためにダリヤがそうしたように。非情になりきることが必要だ。

 過去ダリヤはジェスの暗殺が失敗に終わった時を想定して、反対にジェスと取引をしデュースを失脚させる手段、情報を処分しないでおいた。デュースとジェスとどちらが勝っても良いように、どうなってもユーシスだけは助け出す手段を選択肢の岐路に立つたびに、考え直し、実行していった。結果としてダリヤが想定していなかった事態、ジェスが自分のことを愛するという場面に直面して、それすらを利用した。ジェスの愛を盾にユーシスの救出を彼に託した。




 だから離れていれば良かったのかもしれないと、今更ながらに思った。あのままユーシスとも一生会わず、ジェスからも永遠に姿を消せば良かったのかもしれない。



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