両親観察日記
僕の母親という人はいない。実際にはいることにはいるが、戸籍上はいないことになっている。

 父はこの国の大総統だ。母は父の恋人に世間からは見られているみたいだった。嫌な言い方をすれば愛人っていうものらしいけど。

 でも一緒に暮らしているし、籍を入れていない以外は普通の家庭と変わりは無いと思う。

 でもやっぱり普通とは少し違うと思う。母は、僕は昔からの習慣でどうしてもダリヤって呼んでしまうし、お母さんと呼ぶにはおかしすぎるから、ダリヤってずっと呼んでいる。戸籍上の母親じゃないというのもあるけれど、ダリヤは余りにも僕の母親というには若すぎる。もうすぐ8歳の僕の母親というのに、実年齢は22歳。外見年齢はもっと若く見える。10代と言っても充分通用するんだよね。一緒にいると姉弟というか、あまり似てもいないから赤の他人しか見てもらえない。僕がダリヤの息子だってばれるといけないらしいから、それはそれでちょうどいいんだけどね。

 そんなダリヤは公式的には国家魔術師で、父の仕事の手伝いをしている。父って言い辛いから、何時もみたいにパパって言い方を変えさせてもらうけど、パパはボディーガードは嫌いなんだ。立場上そうもいかないんだけどね。僕的にもパパって別にボディーガードなんか必要ないと思うんだけどね。パパは軍人で魔術師だから一人でも充分なんだけど、部下たちからしてみればそうもいかないからどうしてもボディガードをつけられてしまう。でも外遊なんかはママを変装させて一緒にボディガードだって言って連れて行ったりするんだ。

 ダリヤを一人締めしたいんだろうけど。まあ、しょうがないかもとは思うけど。パパとダリヤ一緒にいられたのはこの数年で始めは一緒に暮らしていなかったんだ。

 僕はあんまり覚えてないけど、真っ白い建物の中でダリヤと一緒にいた。それでパパに連れられていって、パパと暮らし始めた。だからパパとダリヤと僕の三人が一緒に暮らすようになったのって、まだ3年も経っていないんだと思う。

 どうしてそんなにバラバラだったのか、ダリヤがそんなに若い頃に僕を産んだのとか、どうしてパパとダリヤが結婚していないのか、僕には分からないし、ダリヤも何も言ってくれない。
 パパはパパが悪い人だったからって言っていた。ママに酷いことをしてしまったんだって言っていたけど、正直今のパパからは想像できない。どんな酷いことをダリヤにしたんだろうっと不思議だった。あのパパがダリヤにそんなことをするなんて、あり得ないって思うんだよね。

 すごくパパはダリヤのことが好きだって僕でも見てて分かるし、ベタベタに甘やかしている。でも、甘やかしているのはダリヤのほうのような気もするけど。

 だって息子の前でもいちゃいちゃしてるし、忙しいからだろうけど暇さえあればいっつもダリヤにくっ付いてるし。どうしてちゃんと結婚しないのかが不思議だけど、ダリヤには絶対にする気はないみたい。

 公邸の中なら秘密が守られているし、外では極力接触をしないようにしているらしいんだけど、それでも何故かダリヤがパパの恋人って噂されているらしい。まあ、あくまで噂だし、事実だって認定されてはいない。パパがダリヤを見る目があやしいっていうか気があるんじゃないかってくらいなんだと思う。ダリヤは完全に外では部下になりきってるし。僕も外でママに会うと、びっくりするくらいだから。もし事実だって公表されたら、たぶんダリヤはどっか行ってしまう気がしてならない。時々、妙にダリヤは頑固だし。

 まあ、ダリヤにこんな大きな子どもがいるのは余りにも不自然だから隠しておかなければいけないっていうのは僕でも分かるけど、誰も信じないだろうって思うけど、結婚はしてもいいんじゃないの?と思ったけど、色々事情があってできないらしい。

 紙切れ一枚の問題だけど、僕っていう子どもがいてもパパと結婚したいっていう女の人はたくさんいるんだ。僕はパパの死んだ奥さんの子どもだと周りの人は思っているようで。明らかに僕はパパの奥さんが死んだ後に生まれたんだけど、人の記憶なんていい加減なものだから死んだ時期なんて正確に覚えていないらしいんだ。

 お見合いの話もしょっちゅう来るらしいし。パパは軒並み断っているらしいけど、それでは納得のいかない連中も多いらしい。仮にも一国の大総統だし、ファーストレディがいないのも問題らしいけど。パパは独身で初めて大総統になったっていう歴史を刻めて良いじゃないかと言い張って頑張っているらしい。

 パーティーとかでもパパに擦り寄ってくる女の人は山ほどいる。ダリヤがいるんだかそんなにくっ付かないでよと僕は思うんだけど、ダリヤは平気な顔をしている。余裕ってわけでもなさそうだけど。ダリヤのほうがずっと綺麗だし、パパがダリヤ以外の女の人を好きになんかならないって、パパやダリヤの近くにいる人なら皆、分かってるけどね。

 でも息子の僕からしてみたら面白くないんだ。

 そして敵はパパに擦り寄ってくる軍の将軍たちや、財界のご令嬢たちだけじゃなく、パパの身内たちもそうだった。パパに結婚しろとうるさいんだ。僕って言う息子がいるんだから孫を見せろとか、そういう問題はないはずなんだけど。

 昔、ダリヤが僕とパパのところに戻ってきてくれたとき、少しよそよそしかった時があったんだ。僕もダリヤと二年近く会ってなかったし、パパもダリヤも恋人同士のはずなのにぎこちない雰囲気だったり。今思えば初々しいとも言うんだろうけど。

 ダリヤは国家魔術師になっていたんだけど、研究とかはしててもそんなに忙しいわけじゃなくて、会えなかった時間を埋めるように僕と一緒にいてくれた。パパも忙しいんだけど、必死で時間をやりくりして僕たちと一緒にいてくれる時間を増やしてくれていた。一つだけおかしいことは、ダリヤは戸籍的には他人だってことくらいで、あとはたぶん普通の家族と変わらないと思う。

 もうその頃、僕は幼稚園にも行っていたし、兄弟って存在に憧れていた。だからダリヤが戻ってきてくれてすごく嬉しくて、ダリヤに妹か弟を産んでって頼んだことがあった。すると息子の僕が見ても守ってあげたいような痛々しそうな顔をして、『ごめん……それは無理なんだ』って謝られた。何で無理なのかは分からなかったけど、頼んではいけないことを言ってしまったのだと何となく分かった。

 夜パパにそんなことがあったんだって言うと、もうそれは言ってはいけないと、いつもは優しいのに厳しい顔で言われてしまった。その時から、穏やかな雰囲気が一変してしまった。 

 ダリヤはパパに子どもが欲しいなら、健康な女の人と再婚したほうが良いって言っていたのだ。

 次の日パパが仕事に行った隙を見計らって、家出をしてしまった。僕と同じ名前のユーシスおじさんの所に行ってしまい、帰ってこなかった。

 パパは時々情けない男だ。ダリヤに負い目があるらしく、肝心なときに強く出られないところがある。でも、この時だけは違った。その日の内に、項垂れているというかばつの悪そうな顔をしているダリヤを連れ戻してきたんだ。

 その時だけはパパも格好良かったと今でも思うくらいだった。

 ダリヤに一度聞いたことがある。パパと結婚する気があるのって。そしたら、パパが大総統を辞めて取り巻く環境が静かになったら、そんなこともあるかもしれないって。

 みんなの前で、僕のお母さんだって言えなくてごめんなって、こういう話をするときにはいっつも切なそうな顔をして謝るから、もう僕はダリヤに向かってパパとダリヤのことを聞けなくなった。代わりにパパに聞いてみると、もう少し大きくなったら教えてあげると言われた。5歳の僕には複雑すぎて分からないだろうって。

 だからと言って、もうすぐ8歳になってもダリヤとパパの関係はやっぱり良く分からないままだ。それが不満とかじゃない。何も不自由していないし、僕はダリヤとパパの愛情を一身に受けている。ただ不思議に思うだけだ。

 家出の常習犯である不自然なほど若いお母さんのダリヤと、ちょっと情けないところもあるけど格好いいところもある大総統のパパ。

 平和は日々が続くって思っていたのに、ダリヤがまた家出をしてしまった。何時ものように2・3日で帰ってくるようなものだと良かったのに、かなり深刻そうで。パパも怖い顔をしていた。

 何があったんだろう?



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